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2020年5月30日 (土)

F.Parente,K.Conklin,J.Guy,G.Carrol,& R.Scott(2019).「Reader Expertise and the Literary Significance of Small-scale Textual Features in Prose Fiction」を読む(『Scientific Study of Literature』)

アイトラッキングを使って、英語母語話者(英文学を専攻する学部生、大学院生、理系科目を専攻する学生)が語彙や句読点に注意が向くかどうかが調査されています。Charles DickensOliver TwistHenry JamesThe Portrait of a Ladyそれぞれには2つのバージョンがあり、バージョン間で書き換えが起こっている部分を使用して、読解中にその書き換えに気づくかどうかが調査されています(変化が起こっていない箇所もダミーとして使用されています)。調査は2つ報告されており、1つ目のバージョンを読む段階で「2つ目のバージョンに違いがあればどこが違うか報告する」という課題を知っている状態で2つ目のバージョンの文を読む場合と、このことを事前に知らないまま2つ目のバージョンを読む場合の2つが調べられています。

Parente, F., Conklin, K., Guy, J., Carrol, G., & Scott, R. (2019). Reader expertise and the literary significance of small-scale textual features in prose fiction. Scientific Study of Literature, 9 (1), 3-33.

概要

調査方法などの詳細はこの記事では省略して、本調査で示された主な結果のみまとめておきます。

  1. 読者は語彙の変化の方が句読点の変化よりもよく気づき、1つ目と2つ目のバージョンを提示する時間的間隔が長くなってもこのことは変わらない(E. E. Cummingsなどを見れば分かるように、句読点の使用も創造性と関わることが文体論や文学批評で示されていますが、これらの文学的価値は一般的にはあまり知られておらず、重要視もされていないのかもしれません)。
  2. 2つ目のバージョンを読む際にその処理時間が長くなればなるほどその反応の正確性が増す。
  3. 句読点の書き換えを伴う文については、読者はその文全体を読み直していた(どこかが違うという感覚は持っているものの、どこが違っているのかがなかなか判断がつかない状態と考えられます)。結果として、語彙の場合よりも読解時間が長くなったと考えられる。
  4. 語彙の違いについては、読者は書き換えられた部分のみを注視する傾向がある。2つ目のバージョンの読解時間が長くなる場合には、書き換えられた語から視線を動かさない傾向があり、意味理解をしているようである(単語は意味解釈に重要な働きをするという意識の表れと考えられる)。
  5. 句読点の書き換えは、読者にはあまり重要視されていないようであった。
  6. 本研究で明らかになったことは、読者の背景(専門分野)の違いによっては影響を受けなかった。つまり、専門知識の有無はこれらのことにあまり影響を与えていないようだった。ただ、ひょっとしたら英文学専攻の学生はまだ句読点の解釈といった技能を身に付けていないだけ、あるいはそのような技能は持っているものの今回の調査ではその技能を発揮できなかっただけ、といった可能性もあるので、専門知識の影響については継続調査が必要である。

 

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2020年5月26日 (火)

R.A.Zwaan(1996).「How Empirical Is the Empirical Study of Literature?」を読む(H.Hendrix,J.Kloek,S.Levie,& W.van Peer(編),『The Search for a New Alphabet: Literary Studies in a Changing World』,John Benjamins)

文学の経験的研究がある程度形になってきた1990年代に一部の研究者に認識されていた問題点が議論されています。主に2点挙げられていますが、今現在でもこれらは重要な課題として日々研究者によって取り組まれていると言えます。また、著者がなぜ文学読解を実証的に調査しようとしたのか、その際にどのような葛藤があったのか、といったことがかなり赤裸々に語られています。

Zwaan, R. A. (1996). How empirical is the empirical study of literature? In H. Hendrix, J. Kloek, S. Levie, & W. van Peer (Eds.), The search for a new alphabet: Literary studies in a changing world (pp. 321-326). Amsterdam: John Benjamins.

概要

著者は、文学の経験的研究が今後も存続していくためには、以下の2つの問題に取り組まなければならないとしています。

  • empirical」という語をもっと真剣に考えなければならない。
  • 文学の経験的研究をフォルマリズム、構造主義、読者反応理論の延長線上にとらえて研究しなければならない。

2点目については、フォルマリズムなどで指摘されてきた理論的な概念が実際にどのように文学読解の中で影響を与えるかなど、実証的な調査が現在も行われています。

1点目については、依然として文学の経験的研究で問題点として指摘される事柄です。著者は、empiricalと名乗っておきながら、メタ理論的な議論ばかりに終始している研究者もいるとのことです(文学の経験的研究の中心となるIGELという学会には、少なくともそのようなメタ理論的な研究者と本当の意味で実証的な研究者の2派がいると述べられています)。そのような研究者は本当の意味で実証的な研究に対して、あたかもポスト構造主義の研究者が文学の経験的研究に対して向けるのと同じような言葉で、批判の言葉を向けていることを問題視しています。ちなみに、この論文を書いた著者は本当の意味での実証的な研究者ですが、彼が学会で経験した様々な理不尽がかなりはっきりと語られています。文学読解を実証的に研究することへのアレルギー反応は、文学の経験的研究内部でも大変強いものがあったようです。

著者は最後に、今後の研究について次のような提言をおこなっています。

"What I think we need is (1) a stronger focus on rigorous empirical studies of literary processes (for instance, in comprehension, production, reviewing, dissemination, and so on) and (2) more efforts to theoretically demonstrate the continuity in literary research from Formalism and Structuralism to empirical research." (pp. 325-326)

 

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2020年5月23日 (土)

R.A.Jacobs(1973).『Studies in Language』第9章を読む(「Transformational Analysis and the Study of Style」, Xerox College Publishing)

変形生成文法標準理論ないしは生成意味論の立場から、文学テクストの統語レベルの文体的特徴及びその意味的効果が検討されています。現在の研究には少し当てはまらなくなってきている主張や理論もありますが、文体と意味の関係について面白い考え方が提示されており、参考になります。

Jacobs, R. A. (1973). Studies in language. Lexington, MA: Xerox College Publishing.

概要

著者によると、文学批評は統語にはあまり注意を払わず、語彙レベルの分析から一気に作品テーマの議論にジャンプしてしまうとして批判をしています(その一例として、Northrop Fryeの研究が紹介されています)。著者は、本章を通して、以下のことを示したいとしています。

"It is our contention that an awareness of the syntactic choices available to the writer and knowledge of the particular repercussions of each choice should play an important, though not necessarily crucial, role in the critical examination of literary language." (pp. 87-88)

著者は、basic meaningsurface meaningという2つの概念を提示し、議論を進めています。前者は、例えば出来事を受動態で表現しようと能動態で表現しようと変わらず伝達される意味内容のことを指し、後者はこれらの書き換え(つまり変形操作)によって生じる意味("the extra dimension of meaning communicated by the style of the writer" (p. 91))に該当します。ちなみに、surface meaningという名称ですが、文体という表層構造に起因するという理由からこのように名付けられています(現在の研究でこの概念を使うと少し語弊があるかもしれません)。著者は、これまでの議論を受けて以下のように述べています。

"Now a consideration of the stylistic effects of particular surface forms will in a transformational analysis involve consideration of at least some of the transformations relating what we have labeled as basic meaning to the alternative surface meaning." (p. 92)

"Style is the result of linguistic choice and surface meaning is the result of style." (p. 97)

Geoffrey ChaucerThe Canterbury Tales("The General Prologue")とT. S. Eliotの "The Waste Land" の比較、John UpdikeThe Poorhouse Fairの書き換え、James BaldwinNobody Knows My Nameの書き換えを例として、passive transformationrelative clause reduction transformationindefinite deletion transformationpassive deletion transformationagent deletion transformationpseudo-cleft sentence transformationといった変形規則がどのようなsurface meaning(及び文学的効果)をもたらしているかが分析されています。また、Baldwinの作品については、作者が狙った効果を変形操作が実現できていない箇所が1つ指摘されており、大変面白いです。

 

 

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2020年5月20日 (水)

A.Ensslin(2007).『Canonizing Hypertext: Explorations and Constructions』第4章を読む(「Literary Competence – Conceptual Adaptations」,Continuum)

ハイパーメディアを活用した文学作品を扱うにあたって、文学能力モデルをどのように発展させる必要があるか考察されています。

Ensslin, A. (2007). Canonizing hypertext: Explorations and constructions. London: Continuum.

概要

著者は、まずCuller (1975) のモデルをChomskyの言語能力モデルと比較しながら、その特徴を記述した後、このモデルの限界点を指摘します(この記事では省略します)。さらに、Ivo (1971) のモデル(文学能力はpoetic competencecritical competenceから構成されるとするモデル)と、それをさらに発展させたHaas (2001) のモデルを紹介します。

著者によると、Haas (2001) のモデルは、文学能力を他の関連する能力の1要因と捉えており、文学読解には以下の能力が関わるとしています。各概念の詳細は本書を直接ご参照ください。

  • Literary competence (著者はreceptive-interactive competenceと言い換えています)
  • Emotive competence
  • Creative competence
  • Emancipatory competence
  • Projectory competence
  • Aesthetic competence
  • Critical competence

これらのうち、著者はcreative competenceという概念を中心とした上で、さらにhypermedia competenceといった要素を組み込んだ、新たな文学能力モデルを構築する必要があるとしています。

著者は、ハイパーメディアを利用した作品に対応するためには、学習者は以下のような力を育む必要があるとしています。

"learners need to:

  • "become aware of the potentially discouraging effects caused by associative browsing, which I consider the most common manner of navigating other than sequential proceeding
  • "develop accessing and reading strategies which take account of such adverse effects and integrate them into their reading experience, which eventually results in an aesthetics of revis(itat)ion (see Chapter 1.5)
  • "incorporate considerations of hypermedia synaesthetics in their interpretive strategies, i.e. they need to be sensitized to the aesthetic interplay between various semiotic systems in order to include it in their interpretation of hypermedia artefacts
  • "develop an awareness of the vast diversity of linking types and strategies, which form the foundation of a distinctly hypertextual reading experience, and take them into account when interpreting hyptetexts
  • "enter the paradigm of 'productive reception' as the foundation of aesthetic pleasure, for which the physicality of hypertext, which, due to its virtual nature, can only be of an abstract kind, only serves as the building blocks or the 'raw material' for individualized, autonomous understanding (Kuhlen, 1991: 43)" (pp. 128-129)

ちなみに日頃からコンピューターーゲームをしている人は、ハイパーテクストへの対応も容易であると著者は考えています。以下の指摘は大変面白く感じました。

"readers who often play computer games will apply more explorative, exhaustive reading strategies in their intention to find out about the scope of a hypertext, its layers and boundaries. Inexperienced hypertext readers, on the other hand, will most likely transfer their habitually linear reading styles to hyper-documents and thus spend a lot of time reading them thoroughly and comprehensively." (p. 126)

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2020年5月15日 (金)

P.C.Hogan(2014).「Literary Brains: Neuroscience, Criticism, and Theory」を読む(『Literature Compass』)

(1) 脳科学研究で示されているどのような概念や発見が文学研究と関わるのか、(2) 文学研究の目的として挙げられれている項目のそれぞれが脳科学研究によってどのようにより充実できるのか、(3) 文学研究は脳科学研究にどのように貢献するのか、という3点について議論されています。やや情報が古くなってはいますが、文学研究は脳科学研究とどのように付き合ってゆけばよいのかということについては、現在でも非常に有益な指摘がなされています。

Hogan, P. C. (2014). Literary brains: Neuroscience, criticism, and theory. Literature Compass, 11 (4), 293-304. 

概要

著者は、脳科学研究で明らかにされている事柄のうち、文学研究と関わりそうなこととして、以下の事柄を指摘しています。

  • 空間表象プロセス
  • メタ機能(複数のネットワークから出力された情報の統合システム)
  • 興奮を高めるコネクションと抑えるコネクション
  • 記憶システム(記憶の内容は経験などによって変化するという立場のモデル)
  • Theories of situated cognition

また、文学研究には以下の4つの目的があるとしています(p. 297)。この記事では省略しますが、King Learの分析を例に、脳科学研究の知見がどのように各目的の研究を充実させることができるかが示されています。ただ、4点目についてのみ簡単に述べておきますと、脳科学をベースとしたテーマを設定したり、記号化プロセスをとらえ直したり、テキストに書かれていない情報(興奮を抑えるシステムによって最終的に読者の頭の中に顕在化しなかった情報など)を考察に組み込むなどして、面白い研究ができるのではないかとしています。

  • aesthetic evaluation of works and the establishment of principles for such evaluation
  • ethical and political evaluation of works and the establishment of principles for such evaluation
  • isolation of broad patterns across works and explanation of those patterns
  • interpretation of particular works and the establishment of principles for such interpretation

また、著者は脳科学的な研究が文学研究の課題をすべて解決するわけではないということも強調しています。文学研究は、伝記的情報や文化的情報なども参照する必要が当然あり、それらと組み合わせながら脳科学的な知見も利用するというスタンスでいなければならないとしています。

最後に、文学研究は脳科学研究にも資するという点も指摘されています。ただし、脳科学向けに文学研究の形を変える必要があるというわけではなく、今のままの研究を進めていくことが大切だとしています。そのような研究を続けていくことこそが脳科学研究にとって大きく資することになるとしています。この点は大変興味深い指摘だと思いました。

 

 

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2020年5月13日 (水)

V.A.Richings(2017).「Student Responses to Literary Text and Timed Reading Activities」を読む(『LET関西支部研究収録』)

高校生を対象とした文学教材の効能に関する研究が不足しているとのことから、2年計画のプロジェクトが立ち上げられ、その1年目の成果報告がなされています。ある選択科目において、制限時間を設けた上で文学教材を読ませ(1年で15回実施)、その効果が検証されています。CEFRで言うところのA1~A2レベルの高校2年生を調査対象としています。大変貴重な研究結果が示されています。

Richings, V. A. (2017). Student responses to literary text and timed reading activities. LET Kansai Chapter Collected Papers, 16, 21-33.

概要

ここでは、本論文で報告されている結果のみ簡単にまとめておきます。詳細は本論文を直接ご参照ください。

  • 多くの学習者がプロジェクト開始当初よりもリーディングと文学読解を楽しんでいるとアンケートで回答した(そして半数の学習者が来年以降も文学教材を使った英語の授業の継続を希望していた)。
  • 彼らの一般的な英語技能や読解技能は1年間をかけて向上することは残念ながら観察できなかったが、文学読解活動は有用(英語技能一般や読解技能の向上に役立つ)と感じているようであった。ただし、文学読解活動はあまり有用ではないと感じる学習者も1年目の最後に2名ほど見られた。
  • 時間制限を設けた読解活動については、学習者は肯定的にとらえていた。しかしながら、残念ながら読解力自体と読解スピードの向上は確認できなかった。ただし、学習者自身の感覚としては英語力の向上を感じていた。

 

 

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2020年5月 7日 (木)

J.M.Guy,K.Conklin,& J.Sanchez-Davies(2018).「Literary Stylistics, Authorial Intention and the Scientific Study of Literature: A Critical Overview」を読む(『Language and Literature』)

文学理論の概論書などを読むと、作者や作者の意図について考えることは非常に不適切ないように思えてきますが、一般的な読者の読解プロセスを見る上では、作者や作者の意図はメンタル・モデルの1つであり、読者自身がそれらについて考えることは極めて自然なことと言えます。したがって、作者や作者の意図は研究されるべき重要な側面であるとして、その研究の必要性及びその研究方法について考察されています。著者らは、作品の深い意味を考える上で作者について考えることは必須であるとも述べています(p. 206)。近年の研究のレビュー論文となっており、多くの情報を得ることができます。

Guy, J. M., Conklin, K., & Sanchez-Davies, J. (2018). Literary stylistics, authorial intention and the scientific study of literature: A critical overview. Language and Literature, 27 (3), 196-217.

概要

作者や作者の創造性、作者の意図については主に2つのアプローチから研究が試みられているようです。1つ目は、Sotirova (2014) に見るように、作者によるlinguistic choiceという観点(さらに、コーパス文体論などに見る言語パターンという観点)からの分析です。もう1つは、literary biographylife-writingbook-historytext-editingliterary recovery projectsといった研究によるアプローチで、インタビューや写真などの伝記情報を使った分析(テクスト外の情報に基づいた分析)です。しかしながら、両者はともに重要な情報であり、両者がどのように相互作用しながら作者、作者の創造性、作者の意図などが読者の中に作り上げられるのか、その関係性についてはまだ研究が不足しているとしています。

"the role of inferences about authorial creativity, and how they are influenced by information about a biographical author in the kinds of 'interpretive moments' which are typically the focus of linguists' descriptive attention (see Hakemulder and van Peer, 2016: 191), has been largely neglected by both literary stylistics and empirical studies of literature." (p. 200)

著者らによると、近年こういった問題に取り組もうとしている研究も現れてはきているそうですが、まだ不十分であるとして批判的な考察が加えられています。

この問題に積極的に取り組もうとしている分野の代表例として認知詩学があります。認知詩学では、作者の創造性や意図はmind-modellingという観点から検討され、

"Mind-modelling, then, is 'the sort of readerly-located framing of authorial intention' that is elsewhere referred to as 'hypothetical intentionalism' (Stockwell and Mahlberg, 2015: 132, see also Irvin, 2006; Lahey, 2016: 54-56)" (p. 201)

"they [these readerly creative concepts of the author and authorial intention] are understood as 'mental representations' that are 'co-produced in the mind of the reader by the author' choices in providing textual patterns'." (p. 202)

と説明されています。しかしながら、テクストの言語的パターンなどがベースとなって作者の意図といった意味が生成されるという前提に立っており、果たして本当にそのように前提的に考えてよいのか検証をしていないという問題点があるとしています(p. 206)。さらに、実際の読者というよりは、特定の理想的読者を想定しているという問題点もあるようです(p. 204)。

次に、著者は今後の研究が進むべき方向性を示していきます。繰り返しになりますが、著者らは、作者について考える上で、認知詩学のように言語的パターンだけを考えているのではだめであり、読者がその読解に持ち込む様々なテクスト外的情報にも着目すべきと考えています。さらに、両者がどのように影響し合って作者、作者の創造性、作者の意図が読者の中に作り上げられるのか調べる必要があるとしています。(作者の意図についてどのように取り組む必要があるのか、pp. 206-207にかけて説明されており、作者の意図を扱いたいと思っている人には大変参考になると思います)

また、近年進められている脳科学的研究やアイ・トラッキング研究は大変参考になりますが、研究方法上、どうしても不自然な状況での読解を調査する形になってしまうことも指摘されていました。

さらに、本題からは逸れますが、詩を使った調査の方が散文を使った調査よりも多い理由に関して興味深い指摘もなされています。

"To date, most experimental studies of literature take as their subject poetry rather than prose, as short lyrics make it considerably easier to achieve ecological validity when studying the experience of reading the text of an entire literary work." (p. 212)

一般的な読者の文学読解を研究する上では、作者という概念について扱うことは避けられないと思います。そのような研究の理論的基盤を与えてくれる貴重な論文と言えます。

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