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2018年9月13日 (木)

P.Stockwell(2000).『The poetics of Science Fiction』を読む(Longman)

SFを題材とした認知文体論の研究です。SF作品の言語的特徴について広く理解することができます。著者は入門書と考えているようですが、かなり難解です。ですが、SFに関して造詣が深い人であれば、それほど苦にはならないかもしれません。著者は、要所要所で説明をしてくれていますので、根気強く読めば、議論についていけなくなることはないと思います。また、認知言語学に関する知識はそれほど必要ないように思いました。また、SFの言語研究についてもたくさんの文献紹介がありますので、SF作品を題材とした文体論研究をする人にとってはとても役立つと思います。

 

Stockwell, P. (2000). The poetics of science fiction. London: Longman.

 

概要

1章では、本書の読み方、SF史の概略、本書の立場などが記述されています。また、近年の文学の経験的研究の研究成果を取り入れてか、人はSFを読めば読むほど多くの作品をSFとして読むようになるということも指摘されていました(p. 7)。

 

2章では、過去のSF作品がどのような未来を描いてきたのか(すでに現実世界では過去となってしまったケースも含めて)が紹介されています。さらに、未来を描くに際して、ダイクシスが重要な働きをしていることが指摘され、それがどのように用いられてきたのか、そのバリエーションが紹介されています。また、作品中におけるダイクシスの使用に関して、初期の作品とより現在に近い作品の違いも紹介されています。

 

3章では、SFの中で宇宙人の言語がどのように描かれてきたのか、さらにSF作品の背後にはどのような言語に関する考え方が想定されているかが紹介されています。さらに、言語に関する実験的な試みをした作品の技巧の紹介もされています(ただし、他の章ではより慣習的な書き方がされているSF作品が分析対象となります)。また、いわゆる文学史とSFの関係についても考察されています。様々な立場があるようですが(同時代の文学作品が使用していた技巧がSFにも使用される場合なども紹介されています)、著者としてはSFは文学史の外で考えた方がよいという立場のようです。しかも、SFは可能世界を扱うという点で考えれば、SFの中に文学史を取り込んでしまうということも可能かもしれないとの見解も紹介しています。

 

4章では、大衆雑誌(pulp)について、その特徴や具体的な影響が分析されています。Pulpの出版に関わる様々な問題が初期のSF(しばしば、それらはpulpの中で発表されることが多かったようです)の文体に大きな影響を与えていることが示されており、大変興味深いです。具体的には読者への迎合、他SF作品の技巧の真似、多くの造語、直接話法の多用、科学的背景・百科事典的情報の急な挿入、直接話法伝達節における副詞の多用、代名詞や省略の少なさ、作品中でのテーマの反復、などが挙げられていました。特に、後者3つの特徴は、pulpの出版事情が影響しているようです。それは、当時の作家は長く書けば書くほどたくさん給与がもらえたということです。したがって、作家は作品を少しでも長くするために、このような手段を講じたと考えられています。

 

また、文学専攻の学習者のSFに対する反応の調査結果も報告されています。学習者らはSFを読んだ経験はあまりなく、実際にSFを読んだ感想としては、暇つぶしの読み物以上の価値は見出さなかったようです。ただし、もともとpulpを読んでいた当時の人々(現実社会では一般には弱者とされる人たちで、若年層の読者や白人移民)にとっては、虚構世界の中でそのヒーローに代理で強者になってもらえるという点で、価値の高い読み物であったのではないかと指摘されていました(また、先に挙げた直接話法、代名詞と省略を避ける傾向、テーマの反復などの特徴は彼らにとってはテクストを読みやすくしたと考えられます)。

 

最後に、このpulpstyleはより新しい作品にも影響を与えているとして、その具体例が紹介されています。また、SFをポストモダンと同一視する人がいるそうですが、それは間違いであると著者は指摘しています。むしろSFはポストモダンへの批判と捉えるべきものであり、表現に関してより大きな可能性があると著者は指摘しています。

 

5章では、著者は本書の後半でキー概念となる「マッピング」(現実世界とSF世界のマッピング)について認知言語学的な解説をしています。また、SFの研究がなぜ重要なのかということに関して、教育的価値があること(特に文学教育と哲学教育における価値が議論されています)、言語に関する理解を深めることができること、が指摘されていました。このことに加えて、SF作品の言語的特徴はSF独自のものというわけではなく、他の一般的な文学作品にも見られるということを認めた上で、その使い方が独特であるという点も指摘されていました(p. 107)。

 

6章では、SFに見られる語形成、新概念の創出のバリエーションが形態論的に記述され、具体例が紹介されています(これに引き換え一般的な文学作品での新語・新概念は、せいぜい固有名詞が創出されるぐらいです)。SFでは新語・新概念は盛んに使用されるものの(ただし、その屈折の仕方に限って言うと、一般文法規則から外れることはほとんどないとのことです)、登場人物の心理面に中心が置かれた作品ではその数は少なくなる傾向があることが指摘されています。

 

7章では、可能世界理論との関係でSF世界が考察されています。様々な実験的なSF世界が紹介されています。なお、著者はSF世界を記述するは、従来の論理学ベースの可能世界理論ではだめで(このモデルに基づいてしまうと、SF世界はすべて不可能世界と認定されることになり、何ら有益な分析はできません)、読者の認知をベースとしたモデルが必要であると指摘しています。そして、そのような認知的なモデルに必要な概念(points of differentiationenactorsframeframe projectionframe modificationframe replacement)が説明されています。

 

8章では、SFに見られる比喩のバリエーションが記述されています。比喩に関して、明示的比喩と暗示的比喩の2つに分けた上で、それぞれに対して包括的な枠組みが提示されており、純粋な比喩研究をする人にとっても有益だと思います。また、この章で指摘されていることの重要な点に、SFでは比喩表現が字義的表現になってしまう(「あなたは太陽だ」と本当に太陽化した話し相手に述べる場合など)ということがあります。

 

9章は終章となります。SF世界が描く地球の状況にはいくつかのタイプがあり、それが私たちの現実世界の理解にマッピングされることになります。著者はユートピア的地球、ディストピア的地球、破滅的地球、エルゴート的地球、を挙げています。特にエルゴート的地球では、読むこと自体を読者に省察させる形になり、非常に興味深い事例であると言えます。

 

 

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