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2018年5月30日 (水)

江川泰一郎(1996).「英文法今昔」を読む(『日本英語教育史研究』)

かつての文法書に記載されていた文法規則の中で修正・補足が必要なものを数点取り上げ、よりよい規則が提示されています。

 

江川泰一郎(1996).「英文法今昔」.『日本英語教育史研究』,1181-92

 

概要

著者が執筆された『英文法解説』に言及しながら、以下の点が取り上げられています。『英文法解説』の記載が少し補足されており、取り上げられている文法事項の理解を深めることができます。なお、この論文で取り上げられていたのは以下の項目です。詳細は本論文を直接ご参照ください。

 

1. 仮定法過去は「現在の反対の事実を表す」だけではない

2. used towouldの違い

3. unlessif notという公式化の問題点

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2018年5月29日 (火)

C.Painter,J.R.Martin,& L.Unsworth(2014).『Reading Visual Narratives:Image Analysis of Children's Picture Books』を読む(Equinox)

絵本の分析方法が選択体系機能文法に則って豊富な例と共に示されています。

 

Painter, C., Martin, J. R., & Unsworth, L. (2014). Reading visual narratives: Image analysis of children’s picture books. Sheffield, England: Equinox.

 

感想

英語教員の中には絵本を英語の授業に使いたいと考えている人もいると思います。本書は、絵本の絵を分析するための視点、絵の情報と言語情報を結びつける方法が体系的に示されているため、教材研究の方法に非常に役立つと思います。また、面白い絵本もたくさん紹介してあり、情報リソースとしても非常に価値があります。ただし、3つの言語メタ機能やプロセスなど選択体系機能文法の基礎知識があった方が理解が進むと思います。絵本の構造について非常に深い洞察を得ることができる一冊です。

 

本書は、5つのセクションから成り、導入のセクションの後、主に絵の情報に着目しながら、絵本における対人的メタ機能、観念構成的機能、テクスト構成的機能の3つのメタ機能が解説されます。そして、最後のセクションで絵の分析と言語分析を関連付けた統合的分析が扱われます。

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2018年5月28日 (月)

梅田祐喜・八尋茂樹(2002).「文学性の研究Ⅱ:RPGのレトリックに関する考察」を読む(『静岡県立大学短期大学部研究紀要』)

RPGの言語及び意味構造を分析した論文です。現在の認知言語学の観点を取り入れた分析となっています。

 

梅田祐喜・八尋茂樹(2002).「文学性の研究Ⅱ:RPGのレトリックに関する考察」.『静岡県立大学短期大学部研究紀要』,16(ウェブ号),1-17

 

概要

この論文では、RPGの中に隠喩(あらゆる能力を数値で表現する手法)、換喩(マップ上の建物を表すアイコン)、提喩(パーティー全員をマップ上に表示しないという手法、RPGというジャンルのスキーマ構成)、撞着法(非力な勇者という存在)、婉曲法(「死に絶えた」の代わりに「おとなしくなった」など)、音喩(キャラクターの命名法など)、引喩(中世や他作品、ゲーム発売当時の流行へのほのめかし)、擬人法(動物が人間のように動き回るなど)、誇張法、統語的文彩(簡潔な文による付随的な画面解説がスピーディーな戦闘シーンを表現している点、戦闘場面における「行為→変化→状態」というパターンの繰り返しによるスキーマの確立、RPG内に見られる複雑な意味ネットワークなど)、が指摘されていました。

 

また、「虚構の世界がリアリティを持てばもつほど、かつてテレビゲームに熱中したファンが反比例的に離れていくという声」(p. 11)に対して、小説の映画化と同じような問題が原因ではないかと指摘しています。

 

1987年の粗い画像の戦士は、その粗さゆえに、断片的な情報しかプレイヤーに伝えられないが、逆にプレイヤーは戦士に対する自分の中の想像力をかきたてられ、自分の感性が物語に入り込む余地がある楽しみを無意識の中で確認しながらRPGに接していたのではないだろうか。現在のようにCGが精巧になればなるほど、より多くの情報が直接的に伝えられるため、プレイヤーはすでにできあがったキャラクターへの感情移入を迫られ、かつての楽しさを知るファンが、美しいCGに対して言いようのない違和感を感じることにつながってはいないだろうか。」(p. 12

 

また、プレイヤーの特性に関して、日米で文化差があることも紹介されています。例えば、アメリカのRPGでは、「すばやさ」「つよさ」「運のよさ」などに加えて、「善悪」、「信仰心」といった項目が設定されています。また、呪文名は日本語ではメガンテ、ラリホー、ホイミなど凝った表現が使用されているのに対して、アメリカではSacrificeSleepHealのように直接的な表現で翻訳されているとのことです。

 

まだこの論文の第1弾を読んでいないので、また近いうちに読んでみたいと思います。この論文の第3弾については以下のリンクをご参照ください。

http://takayukinishihara.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/2003rpgwo17web1.html

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2018年5月25日 (金)

土屋結城・伊澤高志(2015).「文学という行為と英語教育」を読む(『実践英文学』)

お世話になっている先生が執筆された論文です。引用していただきありがとうございました。英語教育学をバックグランドとしている私ではなかなか思いつかない角度からの論考で、大変参考になりました。日本英文学会または英文学者ならではの英語教育研究の形が模索されています。
 
土屋結城・伊澤高志(2015).「文学という行為と英語教育」.『実践英文学』,67,1-16.
 
概要
この論文では、日本英文学会で行われた英語教育研究の特徴が考察され、日本英文学会独自の視点からの英語教育研究が模索されています。著者らはNew Horizonから1つのユニットを取り上げ、精読を行っています。そして、「コミュニケーション能力向上を目的としているようで実はコミュニケーションが抑圧されているという矛盾」(p. 12)(著者らはこれを「ポスト・フォーディズムに内在する矛盾」(p. 12)と指摘しています)が教材の中に現れていること、そしてコミュニケーションが抑圧されている人物にこそ共感を感じてしまうという私たちの特性、が指摘されています。そして、日本英文学会独自の英語教育との関り方の一例として、「ポスト・フォーディズム下の現在の日本でコミュニケーション能力育成を教育の目的に据えることが可能/妥当なのか」(p. 13)という検討などが挙げられていました。大変面白く読ませてもらいました。

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2018年5月15日 (火)

Y.トゥイニャーノフ(1979).「文学的事実―ヴィクトル・シクロフスキイに捧ぐ」を読む(斎藤俊雄(訳)、『早稲田文学第8次』)

ロシア・フォルマリズムの論文です。文学史とは何かという観点から、文学の定義、文学というジャンルの可変性について簡潔にまとめられています。なお、副題に「シクロフスキイに捧ぐ」とありますが、シクロフスキイ流の逸脱という観点からの文学性の定義では不十分であるということを指摘しようとしているのかもしれません。

 

トゥイニャーノフ,Y.(1979).「文学的事実―ヴィクトル・シクロフスキイに捧ぐ」(斎藤俊雄(約)).『早稲田文学第8次』,3338-46

 

概要

ここでは私個人が重要と感じた指摘を挙げておきます。

 

(1) 文学の変化とは、「規則正しい発展ではなく、飛躍、発達ではなく転位なのだ」(p. 38)。その変化は決して平和な継承、系統的な発展現象ではない。闘争と交代が原則である(p. 40)。

(2) 文学の変化に関する文学的事実を鑑みるに、文学の定義(特に静的な定義)は不可能である(p. 39

(3) 「あるジャンルの崩壊期に、そのジャンルは中心から周辺へと移る。そして新しい現象が文学の枝葉の人目につかぬ低地から、中心へと入り込む」(p. 39

(4) 「新しい構成の全核心は、古い諸手法の新しい使い方、新しい構成的意義のうちにある」(p. 40

(5) 文学的個性の問題を作家の個性ですり替えるのは間違いである(p. 41

(6) 文学とはその変化の中で定義されなければならず、「文学は、まさに構成として感知されることばの構成である。すなわち、文学はダイナミックなことばの構成である。」(p. 41

(7) 「≪新しい形式≫の全核心は新しい構成原理のうちに、構成要因とそれに服する要因(素材)の関係を新しく活用することのうちにある」(p. 42

(8) 「文学的発展を分析する際、次の諸段階に直面する。一、自動化した構成原理に対して、弁証法的に反対の構成原理が芽生える。二、その応用が進む。構成原理は最も容易な応用を求める。三、その構成原理が最大量の現象に広まる。四、自動化し、(また)反対の構成原理を呼び起こす。」(p. 42

(9) 反対の構成原理は、偶然の結果、偶然の脱落・間違いから現れる(p. 42

(10) 「芸術において基本的、中心的構成原理が発達していくとき、新しい構成原理は≪新しい≫、新鮮な、≪自分のものでない≫現象を求める。崩壊した構成原理と結びついた古い、普通の現象はそのようなものにはなりえない。(改行)そして新しい構成原理が新鮮で、近しい生活現象へと及んでゆく。」(p. 43)→この論文では手紙という構成原理が文学の中に取り込まれていく過程が示されています。

(11) 「確固とした文学の定義を築いた文学史家や文学理論家達が、生活から浮上しては再び生活の中へと沈潜してゆく文学的事実の巨大な意義を見落とした」(p. 44

(12) 「ある何らかの領域で遂行される構成原理は、可能なかぎりより広い領域へと広がり拡大される傾向がある。…だから韻律を持った散文が書かれる時期と、散文に対して詩が優勢な時期が一致している。自由詩の発達は、韻律の持つ構成上の意義が、可能なかぎり広い現象系列に行きわたるほど十分深く認識されたことを証明している。」(p. 45

(13) 「構成原理はそれにとっての通常の限度を超えようとする。というのは、通常の現象の枠内に留っていたのではすぐに自動化してしまうからである。詩人のテーマの交代もこのことによって説明される。」(p. 45

(14) 「現在、この構成原理は生活の中へ下降している。新聞や雑誌は長年存在しているが、それらは生活の事実としての存在だった。現在、独特な文学作品、構成としての新聞、雑誌、文集に興味が高まっている。」(p. 45

(15) 「私が語った≪構成原理と素材の結合≫は無限に多様であり、全体として様々な形式の中に実現される。けれども、どの文学潮流にも歴史的に一般化されるとき、単純で簡単なものへ還元されるときが必ずくる。(改行)亜流的模倣の現象がそのようなものであり、主要な潮流の交代を早める。ここでも、この交代の中に、様々な規模、様々な深さの変革がある。家庭的な変革があり、≪政治的≫な変革があり、≪社会的≫な種類の変革がある。そしてそのような変革は普通、≪文学≫に固有の領域を突破し、生活の領域へと広がる。(改行)この文学的事実の種々の成分は≪文学≫について語られるそのたびごとに考慮されていなければならない。(改行)文学的事実は多成分から成り、この意味で文学は〔非〕断続的に発展してゆく系列である。(改行)文学理論の用語はみな具体的な事実の具体的な帰結でなければならない。形而上学的美学の文学外、超文学的高みから出発して、無理に用語に≪見合った≫現象を≪選択≫してはならない。用語は具体的であらねばならず、文学的事実自体が発展してゆくように、定義も発展していくのである。」(p. 46

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2018年5月14日 (月)

大森裕實(2002).「British Englishの最近の発音変化に関する一考察―Received PronunciationとEstuary English―」を読む(『愛知県立大学外国語学部紀要』(言語・文学編))

大森裕實(2002).「British Englishの最近の発音変化に関する一考察―Received PronunciationとEstuary English―」.『愛知県立大学外国語学部紀要』(言語・文学編),34,73-96.
 
概要
英語の発音で生じつつある変化として、エリザベス女王の発音の変化、単語におけるRPのアクセント型に生じている変化、河口域英語、が様々な事例とともに整理されています。また、RPという概念の発展史も整理されているところもとても勉強になります。非常に面白い論文です。なお、音声学・音韻論の基礎知識を要する専門的論文ですので、この領域の知識がないと理解するのは難しいかもしれません。

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