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2018年5月28日 (月)

梅田祐喜・八尋茂樹(2002).「文学性の研究Ⅱ:RPGのレトリックに関する考察」を読む(『静岡県立大学短期大学部研究紀要』)

RPGの言語及び意味構造を分析した論文です。現在の認知言語学の観点を取り入れた分析となっています。

 

梅田祐喜・八尋茂樹(2002).「文学性の研究Ⅱ:RPGのレトリックに関する考察」.『静岡県立大学短期大学部研究紀要』,16(ウェブ号),1-17

 

概要

この論文では、RPGの中に隠喩(あらゆる能力を数値で表現する手法)、換喩(マップ上の建物を表すアイコン)、提喩(パーティー全員をマップ上に表示しないという手法、RPGというジャンルのスキーマ構成)、撞着法(非力な勇者という存在)、婉曲法(「死に絶えた」の代わりに「おとなしくなった」など)、音喩(キャラクターの命名法など)、引喩(中世や他作品、ゲーム発売当時の流行へのほのめかし)、擬人法(動物が人間のように動き回るなど)、誇張法、統語的文彩(簡潔な文による付随的な画面解説がスピーディーな戦闘シーンを表現している点、戦闘場面における「行為→変化→状態」というパターンの繰り返しによるスキーマの確立、RPG内に見られる複雑な意味ネットワークなど)、が指摘されていました。

 

また、「虚構の世界がリアリティを持てばもつほど、かつてテレビゲームに熱中したファンが反比例的に離れていくという声」(p. 11)に対して、小説の映画化と同じような問題が原因ではないかと指摘しています。

 

1987年の粗い画像の戦士は、その粗さゆえに、断片的な情報しかプレイヤーに伝えられないが、逆にプレイヤーは戦士に対する自分の中の想像力をかきたてられ、自分の感性が物語に入り込む余地がある楽しみを無意識の中で確認しながらRPGに接していたのではないだろうか。現在のようにCGが精巧になればなるほど、より多くの情報が直接的に伝えられるため、プレイヤーはすでにできあがったキャラクターへの感情移入を迫られ、かつての楽しさを知るファンが、美しいCGに対して言いようのない違和感を感じることにつながってはいないだろうか。」(p. 12

 

また、プレイヤーの特性に関して、日米で文化差があることも紹介されています。例えば、アメリカのRPGでは、「すばやさ」「つよさ」「運のよさ」などに加えて、「善悪」、「信仰心」といった項目が設定されています。また、呪文名は日本語ではメガンテ、ラリホー、ホイミなど凝った表現が使用されているのに対して、アメリカではSacrificeSleepHealのように直接的な表現で翻訳されているとのことです。

 

まだこの論文の第1弾を読んでいないので、また近いうちに読んでみたいと思います。この論文の第3弾については以下のリンクをご参照ください。

http://takayukinishihara.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/2003rpgwo17web1.html

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