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2018年4月17日 (火)

磯谷孝(1970).「ウラジミール・プロップと構造主義」を読む(『東京外国語大学論集』)

プロップの理論(形式主義)とレヴィ=ストロースの構造主義理論(構造主義)の相違点がとても分かりやすく整理されています。

 

磯谷孝(1970).「ウラジミール・プロップと構造主義」.『東京外国語大学論集』,2011-22

 

概要

著者はまずプロップの理論の概要を示します。具体的には、「機能」「動き」「結合的要素」「モチヴェーション」「人物の登場法」「形容的要素」について簡潔に解説されています。

 

レヴィ=ストロースはプロップの理論に刺激を受けて研究を行っていますが、そこにはいくつか違いがあると著者は指摘しています。

 

(1) プロップは機能の非創造的関係を検討する段階にとどまり、物語の意味を引き出すレベルまでいかなかった(つまり、シニフィアンの分析にとどまった)が、レヴィ=ストロースは意味するものと意味されるものの関係を見つけ出し、そこから意味にせまろうとしていた(シニフィアンとシニフィエの相互関係を研究の対象にした)。

(2) プロップはおとぎ話を一連のヴァリアントとみなして、それを派生する原型の再建、そしてそれによる変形プロセスの追求を目指した。それに対して、レヴィ=ストロースは、神話をラング、その顕在物である変異をパロールとみなし、構造分析による弁別的特徴の抽出を通して、個々の変異を可能にする神話のラング体系を明らかにしようとした。

 

なお、著者はプロップの理論は形式主義、レヴィ=ストロースの理論は構造主義として、その違いを端的に説明しています。

 

「形式主義の功績は、それまで言語というものを正面からとりあげることなくして作品を云々してきた批評に対してsignifiantとしての言語の重要性を強調し、「言語と批評の出会い」を実現したことにあるが、しかし記号の体系のみが研究の対象とされ、記号の総数以上のものである全体的な意味というものに対する考慮が欠落してしまっていた。あまりに顕在的な要素の収集と分類作業、それにもとづく帰納的結論といったものがこの形式主義を特色づけるのである。」(p. 21

 

「この形式主義、あるいは超形式主義の落ちこむ行詰まりを打開する可能性を与えてくれるものがフランス構造主義的研究である。記号の体系であるsignifiantのみにとどまらず、対象をsignifiantsignifiéの相互関連のうちにとらえ、絶えず検証吟味するような形で対象にせまろうとする構造は、ジュネットがいっているように、一つの出来上がったものとしてそれが存在し、その宝さがしが行なわれるのではなくて、きめの細かい検証吟味によって論理的に組み立てられてゆくものである。その際、強い感受性によって感得されたところの意味的な統一物が、signifiantの検証によって分析されていくかもしれないし、sifnifiantの精査によって今まで見えなかった新しいsignifiéの世界が開かれてくることもあろう。こうしてえられる構造は多元的である。それで共感にもとづいて有効な構造が選択されることになるであろう。」(p. 22

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