« 2018年2月 | トップページ | 2018年4月 »

2018年3月26日 (月)

川端香男里・由良君美・新谷敬三郎(1979).「批評の大転回点」を読む(『早稲田大学第8次』)

ロシア・フォルマリズムに関する討論会を書き起こしたものとなります。討論会であるがゆえに、あまり論文では書かれないような様々な関連情報が掲載されています。また、ロシア・フォルマリズム関係年表も掲載されています。

 

川端香男里・由良君美・新谷敬三郎(1979).「批評の大転回点」.『早稲田大学第8次』,334-22

 

感想

この論文には様々な情報が含まれていますが、この記事では私が非常に面白いと感じた点を列挙しておくにとどめたいと思います。

 

1. 1960年代になって急にソビエトでもヨーロッパでも注目され出した(p. 5

2. 1960年代にモスクワで記号論の研究会が組織され、その中でサイバネティックスや情報理論が研究される中でバフチンが再評価され、エストニアを拠点としたタルトゥー学派が生まれた。このような一連の流れの影響から、フランス構造主義、バフチンの紹介と並行してロシア・フォルマリズムが再評価される形となった。(p. 5

3. ロシア・フォルマリズムが注目を集めたのは、マルクス主義の凋落、実存主義への飽き(主体や主体性がくたびれてしまった。ただし、あくまでも実存主義の主体主義的側面のみが飽きられただけであって、その他の側面についてはフォルマリズムの深い部分でつながっている)も関係している。(p. 5

4. 西洋ではソクラテス主義、デカルト主義、ヘーゲル主義、人間中心主義が限界を感じられるようになったところに構造主義的な考えが現れた。このように進歩観念ではなく、仕組みの合理性と意味を理解することの方が重要であると考えられるようになったところに、ロシア・フォルマリズムの再評価も起こり、当時隆盛を極めた構造主義と同様にロシア・フォルマリズムも高く評価されることになった。(p. 6

5. フォルマリズムはシンボリズムの付随的な運動と捉えることができる。(p. 7

6. ロシア・フォルマリズムは、後のロシア文学史では現実反映論の方に入れられたトルストイの作品に注目し、トルストイの手法を「異化」と名付けた(p. 15)。なお、トルストイの手法とは、言葉自体に芸術としての機能を回復させるために、「今まで見慣れたものでも全く別な視点を入れるとか、別な人物を登場させるとか、人間ではなくて別世界の馬の目で見るとか、植物の目で見るとか、新たな要素をもってきて、つまり日常生活のごくありふれたものの中に全く異質なものを入れることによって、逆に今までの生活を全部新しく見直して、そこに新鮮な驚きを入れる」(p. 16)というものと説明されています。

7. ロシア・フォルマリズムはテクストの表層部分の分析以外はうまくいかなかった。しかしながら、長編や下等文学ジャンルとされてきたものに挑戦しようとした点は強みである。(p. 17

8. ロシア・フォルマリズムは読者の問題をうまく扱えなかった。また、批評をあまりにも理論的な言葉や文体で語りすぎており、一般読者が望む批評(楽しいものであってほしい、己の生き方を知りたい、人生の鏡を知りたい、など)にもう一度道をつけることができなかった。(p. 19

9. ロシア・フォルマリズム自体はなくなってしまったが、アメリカでは新批評以降も様々な批評理論がその考えを部分的に取り入れている。具体的には、パラ・クリティシズム、感情文体論、記号学、エール・ジュネーヴ学派、構造派、原型論派、バッファロー学派、デリダ派、受容美学、などが挙げられる。また、解釈学を参考にしながら「主観的パラダイム」と「コミュニティー・コンセンサスのパラダイム」を組もうとする研究があるが、これはバフチンの遺産を意識している模様である。他にも、ガダマーを援用しながらフォルマリズムの拡大を考える研究者、夢のシンタックスを作ろうとする研究者もおり、フォルマリズムは広い影響を与えている。(pp. 21-22

10. 日本のフォルマリズムとしては国語学者垣内松三によるものがある。ただし、あまり国文学研究には応用されていないようである。(p. 22

| | コメント (0)

音在謙介(1990).「教科書に現れたヘミングウェイ」を読む(『日本英語教育史研究』)

ヘミングウェイのどの作品がそれぞれ何回高校英語教科書に現れているかが調査されています。分析対象は昭和63年使用の教科書までとなっています。論文の最後には、ヘミングウェイ作品を掲載した教科書一覧が示されており、貴重なリソースと言えます。

 

音在謙介(1990).「教科書に現れたヘミングウェイ」.『日本英語教育史研究』,5101-129

 

概要

著者によると、戦前にはヘミングウェイの作品は教科書には掲載されておらず、昭和29-30年にLight and Delightの中で“A Day's Wait”が掲載されたのが最初としています。この短編小説は今回の調査範囲では8回観察されており(編集スタッフが共通するものは1回と数えた場合の回数。総計では11回。)、最も掲載が多いとのことです。ちなみに、2番目に多かったのは掲載7回のThe Old Man and the Seaでした。3位以降は大きく掲載回数が落ち(2回など)、様々な作品が掲載されているようです。この時期に急にヘミングウェイの作品の教科書掲載が増えたのは、彼のピューリッツァー賞とノーベル賞の受賞が関係しているようです。ヘミングウェイは戦前の段階ですでに有名作家としての地位を確立していたことを考えると、教科書掲載の時期はずいぶん遅れていたと著者は指摘しています。

 

この論文では、“A Day's Wait”を掲載した教科書に見られる本文の改作が分析されています。この記事では詳細は割愛しますが、教科書によって(さらにこの作品が登場する学年によって)様々な改作の形があり、非常に興味深いです。

| | コメント (0)

2018年3月20日 (火)

南精一(1993).「英語教科書に現れた英詩について:昭和・平成期を中心として」を読む(『日本英語教育史研究』)

昭和から平成にかけて(昭和52年告示分まで)の中学校の教科書に現れた英語詩の整理がなされています。英語詩は英語のリズムを学習する上で有益であるという主張が論文のところどころでなされています。大変な労力をかけて執筆された論文です。

 

南精一(1993).「英語教科書に現れた英詩について:昭和・平成期を中心として」.『日本英語教育史研究』,81-21

 

概要

以下、時代順に調査結果をまとめておきます。

 

●昭和初期:教科書2種類計10冊を調査

1. 詩の内容は大正期と変わりがない

2. 童謡、人生頌歌、悲しい内容の詩、戦争詩、教訓詩、懐郷詩が含まれている

3. Oak ReadersViolet English Readersでは各学年でどの程度の数の英語詩を配置しているかが大きく異なっている

4. Oak Readersでは45年にはかなり長い詩が収録されている

5. Violet English Readersではテクストに楽譜をつけてリズムとライムに親しませる工夫がされているケースも見られる

 

●昭和10年代:教科書58290冊を調査

1. 1冊あたり約4編の詩が収録されている

2. Alfred TennysonRobert Louis StevensonWilliam WordsworthHenry Wadsworth LongfellowChristina G. RossettiJohn KeatsPercy Bysshe ShelleyWalter John de la Mareの作品が多く掲載されている

3. 童謡、教訓詩、戦争詩の採用回数が多い

4. 特にAlfred Tennyson“Sweet and Low” の採用が多い。この作品は、漁師である夫の船の帰りを念じながら子供を寝かしつける様子を歌った作品である。女性に好まれた作品であり、情操教育にも役立ったと考えられる。

5. 詩を扱いつつも、その鑑賞などは避けて、純粋に文法ドリルに使うケースも見られた(Henry Wadsworth Longfellow“The arrow and song” などをもとに、「“know not where”という表現を普通の言い方に変えなさい」など)

6. 当時の段階で、英語詩を授業で飛ばして指導しなかったケースも見られた模様

 

●戦後当初の教科書における詩の位置づけ

昭和2110月に、希望する英語学習内容を調査した文部省の調査結果が報告されています。保護者約1,000名にたずねたところ、「物語、伝記、詩歌」を希望する人は51%だったそうで、中等学校生にも同様な質問をしたところ詩歌の読み方を希望した学習者が一部いたそうです。昭和22年度の学習指導要領と教科書はこの調査結果をもとに作成されたそうですが、詩については、散文のように読みやすい詩は極めて少なく、仮にあったとしてもそのような作品は味わいがないので、第1学年では扱いづらいと英語指導計画では述べられています。詩は散文の言語で書かなければならないと述べたWordsworthですら、彼の優れた作品では言語は散文のようにはなっていません。当時の英語指導計画では、第1学年では歌の文句を音読させ、リズムに親しませるのがよいと考えられていました(読経のようにならないように注意すべきとも書かれています)。

 

一般に戦後は、童謡が多く、教訓詩や戦争詩は姿を消しました。

 

●第1期(昭和2426年度):Jack and BettyThe Gate to the WorldOur English Classの教科書39冊を調査

1.       Jack and Bettyでは、1年でRobert Louis Stevenson“Rain”が、2年でChristina G. Rossetti“Who Has Seen the Wind?” が、3年でRobert Burns“My Heart’s in the Highlands” が掲載されていた。“Rain”に関しては当時映画化されていて、“Who Has Seen the Wind?” に関してはレコードの吹込みが完備されていたので、オーディオ・ヴィジュアルな形でこれらの作品を学習することが出来たと考えられる。“My Heart’s in the Highlands” には楽譜がついていた

2. The Gate to the Worldでは、1年には詩はなく、2年で童謡(楽譜付きのものも1つあり)、3年でAlfred Tennyson “Sweet and Low” Robert Louis Stevenson“Farewell to the Farm” が掲載されている。

3.       Our English Classでは、基本文法と会話練習に焦点を当てているため12年には英語詩の掲載はない。3年で簡単な詩や童謡が登場するが、リズムに注意した音読が重視されている。

 

●第2期(昭和2736年度):教科書1852冊を調査

1. 掲載される英語詩全体の中で童謡ないしは歌の割合が増えた

2. 恋愛詩は除外されている

3. Christina G. RossettiRobert Louis StevensonAlfred TennysonHenry Wadsworth Longfellowの作品も相変わらず掲載されている一方で現代詩人の作品も収録されている

 

●第3期(昭和3746年度):教科書618冊を調査

この時期の教科書は文型練習によって知識を身に付けるように編纂されているため、英語詩がほとんどの教科書から姿を消しており、2編しか確認されていない。

 

●第4期(昭和4755年度):教科書412種を調査

1. 歌が復活した。詩は少ない。

2. 巻頭、巻末、折り込み付録に歌が掲載されている

3. 歌の内容は伝統的なフォーク・ソングとポップ・ソング両方が掲載された

 

●第5期(昭和56〰平成4年度):教科書618

1. 4期同様に、掲載される場合はほとんどが歌であり、詩は少ない。その割合は第4期とほぼ変わっていない。

2. 歌は巻頭、巻末、折り込み付録に多く、中には楽譜とともに掲載されているケースもある

3. ポップ・ソングも掲載されている

 

中学校の英語教科書における英語詩は、常に時代を反映してきたことが非常によくわかります。

| | コメント (0)

梅田祐喜・八尋茂樹(2003).「文学性の研究Ⅲ:RPGの間テクスト的性質に関する考察」を読む(『静岡県立大学短期大学部研究紀要』)

この論文には「Ⅰ」「Ⅱ」があるのですが、手元にあった「Ⅲ」を読んでみました。この論文ではRPG(ロールプレイング・ゲーム)の言語に見られる関テクスト性が分析されています。具体的には、RPG中の登場人物の言葉遣いや言動に注目し、その中で現実世界でのステレオタイプやバイアスがどのように再生産されているかが検討されています。著者はRPGの言葉は極めて関テクスト的な性質をもつと指摘しています。

 

梅田祐喜・八尋茂樹(2003).「文学性の研究Ⅲ:RPGの間テクスト的性質に関する考察」.『静岡県立大学短期大学部研究紀要』,17Web号),1-22

 

概要

ここでは、論文の結果のみ簡単にまとめておきたいと思います。

 

●高齢者像

高齢者に対する肯定的ステレオタイプを反映した老賢者も一部現れるが、ほとんどは「威信や地位、役割を剥奪されていく高齢者の実像を表した」(p. 7)老愚者である。RPG内での老愚者には以下のような傾向が見られる。

1. 「じじい」「おいぼれ」「死にぞこない」といった蔑視的な指標が与えられる

2. 痴呆、視力低下、言語障害、子ども返りなどの疾患が与えられていることがある。仮に難聴からくるコミュニケーションの不成立による可能性があったとしても、呆けているとみなされてしまう。

3. 露骨なセクシャル・ハラスメントを行う役割が与えられていることが多い。高齢者に対する無性欲神話が下敷きになっていると考えられ、高齢者であれば生々しい性的表現にならずに済むという考え方が定着しているのかもしれない。

 

●精神障害者像

幼児退行した存在として描かれることが多い。言葉遣いも幼児語が用いられる。この傾向は、過酷な冒険や凶悪な怪物などとの戦いの恐怖から精神疾患にみまわれた者にも適用されている。

 

●特定の職業集団と他民族の人々

1. 商人は関西弁を、職人は江戸っ子言葉を、農民は田舎語を話している。それに対して、主人公は必ず標準語を話す。

2. 他民族の人々は、片言の日本語を話す形になっている。

3. 上記の2点から分かるように、「物語内に言語的力関係を持ち込むことで、間接的に、社会的・政治的権力構造をテクスト内に構築している」(p. 11)。

 

●性役割

1. 架空の種族などが出て来て外見では性別が分からない場合でも、女性語や男性語を話させることで性別の判定ができるようになっている。

2. さらわれたり生贄にされる役割はたいていは女性に割り当てられている

3. 「男の子であれば~しなければならない」「女の子であれば~あるべき」といったジェンダー・ステレオタイプを下敷きにしたセリフが含まれている

4. 仮に女性を主人公にした作品であっても、必ず「姫、女らしくしていただかないと」「女だと思ってなめてかかると、痛い目に遭うぞ」などジェンダー・ステレオタイプの裏返しになっていることが多い。

 

●まとめ

これらのステレオタイプは、ゲーム制作者が、過去の文芸作品や映画の中に含まれていたイデオロギーやステレオタイプを受け継ぎ、RPGの中に再生産したものと考えられます。そして、子どもたちは先行文芸作品よりも先にRPGでこれらのイデオロギーやステレオタイプに触れる可能性が高いと言えます。この点で。RPGの影響力は大きく、またその功罪も大きいと指摘されています。非常に重要な指摘であると思います。

 

なお、著者らは1996年までに発表されたRPGソフトを調査対象としています。というのは、1997年に日本国内のゲーム表現に対する倫理規定が定められており、それ以前は各社が自由に表現活動をしていたためと説明されています。RPGを対象とした研究をする際には重要な点だと思います。

 

また、多くのRPGJ. R. R. TolkienThe Lord of the Ringsの中にその源泉を持つそうです。RPGファンの間では常識とのことだそうで、RPGの言語研究をする上ではこの点も肝に銘じておくことが必要だと思います。

| | コメント (0)

2018年3月16日 (金)

南精一(1991).「英語教科書に現れた英詩について:明治・大正期を中心として」を読む(『日本英語教育史研究』)

日本の英語教科書にどのような英語詩が掲載されてきたのか調査した論文です。この論文では、明治、大正期の教科書が調査対象となっています。貴重なデータが示されています。
 
南精一(1991).「英語教科書に現れた英詩について:明治・大正期を中心として」.『日本英語教育史研究』,6,185-202.
 
概要
明治期の段階で、英語詩は学習者にとって読みにくい教材であることが教科書編集部には認識されており、読みやすい作品を掲載する必要性が感じられていたそうです。そして、読むだけでそのまま文型学習になるような作品を掲載するなど、様々な工夫が凝らされていたとのことです。
 
以下、本論文で示されていた明治期の調査結果を列挙します。
  1. 英語詩は明治期ではLessonの中で重要な役割を占めており、高学年ではかなり長い作品が掲載されている
  2. 明治期の旧制中学校教科書6種30冊を調査した結果、1種の教科書あたり約20編の英語詩が掲載されている(ただし、Book 1に英語詩が掲載されることは稀である)
  3. Henry Wadsworth Longfellowの作品が圧倒的に人気であること(詩の持つ教訓がその人気の理由ではないかと推察されています)。次点はAlfred Tennysonですが、その数にはかなりの差があります。その他、Mrs. Hemans、William Wordsworth、James Russell Lowell、John Howard Payne、Thomas Moore、Anne & Jane Taylorの作品が複数回掲載されています。
  4. 当時の社会思潮(富国強兵)を反映してか、男性の勇気づけとして戦争詩が掲載されていること。女性向けには悲しい内容の詩が掲載されています。
  5. 故郷をしのぶような作品(John Howard Payneの "Home, Sweet Home" など)が掲載されていること
また、この時代は英語詩の研究も広まりつつあり、英語詩専門書が多く出版されたそうです。
 
次に大正期の調査結果を列挙します。
  1. 6種30冊を調査したところ、1種の教科書あたり約19編の作品が掲載されている(明治同様に、Book 1に詩が掲載されるのは稀である)
  2. 明治期同様にHenry Wadsworth Longfellowの作品が一番人気で、次点はAlfred Tennysonであること(しかし、Tennysonが数を増やしており、明治期よりもかなりその差が小さくなっています)。他に、Mrs. Hemans、Isaac Watts、Thomas Campbell、John Howard Payne、Anne & Jane Taylor、William Wordsworth、Christina Rossettiの作品が複数回掲載されています。
  3. 童謡詩が増えていること
  4. 第一次世界大戦などの影響を受けてか、明治期同様に戦争詩が採用されていること
  5. 大正デモクラシーの影響からか、人道主義的な作品も掲載されていること(Isaac Wattsの作品)
著者は最後に本論文出版当時の英語教育に関して以下の指摘をしています。
  • 英語教師自身が英語詩を扱う方法(韻律構造を細かく分析させるような方法は改める必要がある)と英語詩に対する態度(大学受験に関係ないからと言って飛ばしてうような態度は改めるべきである)を改善する必要があること
  • 中学校の段階で歌などによってリズムを学習しておくことが英語詩入門の第一歩となること
また、当時の学習指導要領準拠の高校用英語教科書には、生徒が作成した英語詩が採用されていたそうです。
 
非常に重要な情報がちりばめられた論文です。

| | コメント (0)

砂澤雄一(2008).「『スラムダンク』72頁の無音:非映画的手法について」を読む(『マンガ研究』)

『スラムダンク』はちょうど私が高校生の頃にブームとなった作品です。この論文では、その最終巻における無言の効果(この無言は72頁の長さにわたって続いています)について考察されています。
 
砂澤雄一(2008).「『スラムダンク』72頁の無音:非映画的手法について」.『マンガ研究』,13,87-97.
 
概要
マンガは手塚治虫的な形式からリアルな劇画に移行した際に、「コマからコマへと一直線に進む線状性=映画性を獲得していった」(p. 89)、「青年・少年マンガはリアルを求める一つの方法としてカメラアイを意識しコマの連続がより明確な構造をとり、結果的として映画的な紙面構成となった」(p. 89)という伊藤(2005)の主張に基づき、そのような中で『スラムダンク』の無音の72頁はどのような効果があるのか考察されています。なお、伊藤(2005)の言う特徴を備えた典型的な作家としては、井上雄彦と浦沢直樹となるそうです。
 
著者は特にマンガのなかの「音」を表す描き文字に着目します(夏目(1997)は「音喩」と呼んでいます)。この文字は読者の頭の中に「音」を創出するという働きをしています。そして、「音」の描き文字は物語世界の中のリアルな時間の流れを読者の中に再現することができるとしています。いわゆる「シーン」という表現も、無音を表しているとはいえ、描かれているコマの中でリアルな時間が流れていることを表現できているとしています(「シーン」という描き文字がない場合と比較すると非常にわかりやすいと思います)。
 
さて、著者は無音のページに関しては、「音」を表す描き文字の効果を逆手にとって、「紙面に流れる時間がノーマルなものではないことを告げている。というより、登場人物たちの時間がノーマルなものではないことを表現している。(中略)この72頁に流れている時間はあるときは静止しあるときはコマ送りで進み、またある時はスローモーションとなり、またある時はリアルに流れている。その変幻自在な時制のコントロールを描き文字なしの無音空間で行っている。」(p. 96)と指摘しています。
 
さらに、上記の効果を一層強める仕掛けとして、頁番号をこの72頁の間には打っていないことも指摘されています。このことも無音と同じ効果を与えていると著者は指摘しています。
 
著者は、このような技法は映画では不可能であり、「映画的手法による新たなマンガの可能性がひらかれてからほぼ半世紀。マンガは映画を独自の手法で凌駕する可能性を持った。」(p. 97)と指摘しています。
 
マンガの言語研究においては非常に重要な論文であると言えます。
 
 

| | コメント (0)

2018年3月15日 (木)

C.Bubel & A.Spitz(2013).「The Way to Intercultural Learning Is Through the Stomach:Genre-Based Writing in the EFL Classroom」を読む(C.Gerhardt,M.Frobenius,& S.Ley(編),『Culinary Linguistics:The Chef's Special』,John Benjamins)

科目横断型の英語教育実践が今後進んでいくと思われますが、その1つの参考になるかもしれません。CEFRでB1レベルのドイツ人英語学習者に英語のレシピの例をいくつか示し、その言語的特徴をミクロレベルとマクロレベルで検討させた後に、自分の出身地の郷土料理(学習者がなじみのあるその土地の料理)のレシピを英語で作成させる(グループで作成)という実践の報告、及び学習者が作成した英語レシピの分析、が中心となる論文です。
 
Bubel, C., & Spitz, A. (2013). The way to intercultural learning is through the stomach: Genre-based writing in the EFL classroom. In C. Gerhardt, M. Frobenius, & S. Ley (Eds.), Culinary linguistics: The chef's special (pp. 157-187). Amsterdam: John Benjamins.
 
概要
著者らは、レシピはその言語だけでなく、それを伝達すること、料理を作成するまえの準備行為、すべてが文化的実践行為であり、したがって自身の文化の料理レシピを他言語で表現することは文化的翻訳(cultural translation)であると考えています。このような前提に立っているため、レシピ翻訳は異文化間学習に非常に有益な活動になると考えられています。
 
次に、著者らはレシピの言語研究の流れを簡単に整理した後、英語のレシピの言語的特徴をマクロレベル(内容の展開)とミクロレベル(文法的特徴及び語彙的特徴)に分けて整理します。詳しい内容はこの記事では省略しますが、自然な英語でレシピを作らせるには特にミクロレベルで標準英語とは少し違った言い方(冠詞や前置詞の使い方、主語の省略など)が必要になることがよく分かります。英語レシピの言語的特徴として重要なポイントが列挙されているので、非常に勉強になります。
 
最後に、著者らは学習者が作成した英語のレシピの言語的特徴を分析しています。学習者はマクロレベルでは見本のレシピ通りに作成できていたそうです。しかしながら、ミクロレベルでは、うまく英語のレシピの言い方を再現できているケースもあれば、そうではないものも見られたとのことです。うまく再現できなかった理由としては、主に母語の干渉(ドイツ語のレシピの表現方法を転移させてしまったケース)、特定の構造の過剰一般化、英語ライティングの授業の影響、が指摘されていました。英語ライティングの授業の影響について少し補足をしておきます。実はレシピでは類似した構造ないしは表現が反復される傾向があるのですが、通常のライティングでは同じ表現を繰り返すと稚拙な文章になってしまいます。その結果として、今回の実践では、学習者は表現にバリエーションをつけようとした結果、英語レシピの表現と乖離してしまったのではないかということが指摘されていました。この点から、著者らはジャンルに応じたライティングの必要性を強く指摘しています。
 
この論文は、異文化理解教育とライティングに大きな示唆を与える論文だと思います。また家庭科と英語科を横断するような実践をする場合には必読の論文と言えると思います。
 
なお、この論文集の他の論文では、料理ショーのトークの分析などもされていて、非常に面白い論文が目白押しです。

| | コメント (0)

高橋和子(2018).「小学校英語教育における物語教材―その可能性と大学リメディアル教育への示唆」を読む(『関東英文学研究』)

いつもお世話になっている先生が新たに論文を刊行されました。
 
高橋和子(2018).「小学校英語教育における物語教材―その可能性と大学リメディアル教育への示唆」.『関東英文学研究』,10,9-20.
 
概要:
この論文では、小学校の教材に見られる物語教材を通して大学リメディアル教育における物語教材の可能性を検討し、将来的には文学教材の活用についてつなげていくことが意図されています。非常に面白い試みの論文です。
 
文学教材と物語教材(小学校英語教育で望ましい物語教材の特性も含む)についての定義づけを示した後、小学校英語教材に見られる物語教材の特徴が詳しく記述されています。著者は、小学校での物語教材を記述する中で、(1) 次期学習指導要領でも小学校で物語教材が積極的に活用される見込みであること、(2) 「授業ごとに扱う内容や基本表現のつながりが希薄になりがちな小学校英語教育において、物語は意味ある文脈の中で英語教育を行う可能性を示している」(p. 13)こと、(3) 表現の繰り返しが意味ある文脈の中で現れること、(4) 挿絵など非言語的な情報も重要な働きをしており物語を複層的に読むことが可能であること(Hi, friends! Story Booksの教材には巧妙な仕掛けがあることが分かります。様々な授業展開ができそうです。)、が指摘されていました。上記の特に(2) (3) に関しては、大学リメディアル教育への大きな示唆が詳しく示されています。
 
大学リメディアル教育における物語教材の可能性について考察されたセクションでは、特に以下の2つの指摘を興味深く思いました。
  • 「物語には意味ある文脈が内包されているため、たとえ同じ表現が繰り返し現れたとしても、意味を伴うパタン・プラクティスの実践が可能になる」(p. 16)
  • 「学生たちの英語力に応じた物語を読む場合、彼/彼女らの精神的レベルに見合った内容のテクストを見つけることが困難な場合もあるだろう。そのような際は、<誰かに教えるために>という動機を与えたり、<自分が主人公の物語を作る>・<英語の絵本を作る>というような座学中心ではない活動を取り入れることで、新たな授業展開が開けるのではないか。」(p. 17)
上記の2点目は、2017年に著者が大学生と小学校4-6年生対象のワークショップを行ったことに基づいた言葉となります。
 
物語教材は、テクストに文脈があり、表現の繰り返しがあってもそこに意味ある文脈が備わっていることが、その有意義性のポイントとなっていくようです。
 

| | コメント (0)

2018年3月12日 (月)

高橋和子(2015)『日本の英語教育における文学教材の可能性』を読む(ひつじ書房)

いつもお世話になっている先生が執筆された本です。郵送していただきまして、恐縮しております。部分的にはすでに読ませていただいていたのですが、この度通して読ませていただきました。
 
高橋和子(2015).『日本の英語教育における文学教材の可能性』.ひつじ書房.
 
感想:
本書は、文学教材が日本の中高大の英語教科書から消えつつある状況を非常に緻密に分析した上で、文学教材の指導法や活動例について具体的な提案を行っています。文学を使った英語教育研究を行う上で必須となる情報がちりばめられています。英語教育以外の資料にも広く言及し、文学教材と英語教育の関連性が多角的に考察されているのも本書の特徴です。また、文学教材を文学性という観点からだけでなく創造性、物語性という尺度からも考察し、文学教材といわゆる実用的な教材との関連性を考察している点も非常にユニークです。様々なジャンルのテキストが引用され、素材を活かした活用法が状況別(教科書の文学教材を複数回の授業にわたって使う場合、1回の授業だけ文学教材を扱う場合、授業時間最後の5分間だけ使用する場合)に示されています。文学を使った英語教育研究を行う人には必読の書と言えます。

| | コメント (0)

川原繁人(2017)『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』を読む(ひつじ書房)

川原繁人(2017).『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』.ひつじ書房.
 
感想:
いわゆる音声学の概論書とはかなり異なっていて、音象徴を中心とした構成となっています。通常の音声学では音象徴は取り上げられることが少ないのですが、その点で本書はとてもユニークです。通常の音声学に挫折してしまった人、通常の音声学を一通り理解した人、両方の人に学びがある1冊だと思いました。また、本書では、日本語を対象とした事例が中心となっており、メイド名、人名、ポケモン名、商品名、ドラゴン・クエストの呪文など、様々な身近で面白いトピックが取り上げられています。また、第2フォルマントの計算法(多くの音声学の概論書ではフォルマントといった話もあまり出てきませんが、これも本書の特徴だと思います)、対数変換、重回帰分析など、実験音声学などで必要となる数学的知識がとても分かりやすく説明されている点もその特徴だと思います。知的好奇心がとてもくすぐられる非常に面白い一冊です。

| | コメント (0)

« 2018年2月 | トップページ | 2018年4月 »