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2016年7月26日 (火)

西原哲雄・高橋潔・中村浩一郎(2014).『現代言語理論の概説』を読む(鷹書房弓プレス)

言語学の概論書ですが、各領域の初歩的事項から先端の研究まで一気にその流れを知ることができる、非常に優れた一冊です。また、一般的な言語学概論書では言及されない事柄も指摘されており、言語学の知識がかなりある方でも新しい発見があると思います。誤植が多いのが気になるところです。

西原哲雄・高橋潔・中村浩一郎(2014).『現代言語理論の概説』.鷹書房弓プレス.

概要

本書は、統語論、音声学・音韻論、形態論、意味論、語用論、英語史が扱われています。

統語論については、X'理論、ミニマリスト・プログラムが中心的に扱われています(生成的アプローチのみが扱われています)。そして、ミニマリスト・プログラムについては、Chomsky (2001) で議論されたフェーズというカテゴリーを想定した研究(フェーズごとに派生が進み、情報が意味解釈部門と音韻部門へ送られ、派生は移動と併合の2種類の統語操作から成るという考え)も解説され、さらにカートグラフィー分析も紹介されていました。

音声学・音韻論については、この領域の基本概念を解説すると同時に、様々な言語の音声的特徴に触れて英語と日本語が特徴づけられています。また、音韻論については、生成音韻論、自然音韻論、語彙音韻論、音律音韻論、音韻論と統語論のインターフェイスの研究、最適性理論、の基本的な考え方が紹介されていました。

形態論では、この領域の基本概念を解説しつつ、生成形態論が紹介されていました。

意味論では、形式意味論、概念意味論、認知意味論などの解説がなされています。

語用論では、オースティン、サール、グライス、ポライトネス理論(ブラウンとレヴィンソンによるもの)、関連性理論に加えて、新グライス学派、わきまえの理論(井手によるもの)などの紹介もあります。

英語史については、全体的には従来的ですが、一般的な英語史入門の書籍ではあまり言及されないような様々な豆知識がちりばめられています。

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2016年7月 6日 (水)

外池力(2006).「社会主義リアリズムについての一考察-なぜリアリズムが社会主義に好まれたのか?-」を読む(『政経論集』(明治大学政治経済研究所))

社会主義リアリズムの特質及び社会主義がリアリズムと結びついた理由が非常に分かりやすく解説されています。

外池力(2006).「社会主義リアリズムについての一考察-なぜリアリズムが社会主義に好まれたのか?-」.『政経論集』(明治大学政治経済研究所),74 (3-4),381-407.

概要

著者は、まず社会主義リアリズムの特徴として以下の点を指摘しています。

  1. 国民を共産主義に導いていく教育文学としての役割を担っていた
  2. 勧善懲悪を推奨し、最後には対立のない共産主義的社会の構築を目指していた

次に、「なぜ、反抗の文学のはずの革命文学が、体勢に迎合する社会主義リアリズムに行き着いたか」(p. 385)という問題を考えるために、リアリズムが社会主義と結びついた理由が考察されています。著者は次の点を指摘していました。

  1. 写実的に現実を描写するという行為自体が、資本主義体制批判と結びついていたから
  2. 「革命に「疲れ」、実験に「飽き」、現実(生活)での安定性を求めた人々が、リアリズムを志向した」(p. 387)
  3. ユートピア的な夢を放棄して、生活の真実を見つめる必要性を体制側(スターリン)が重視していた
  4. マルクス主義によって「個人から社会性へ」と「空想から現実へ」という志向が社会主義リアリズムに要請された(p. 390):「社会主義は、階級としてのブルジョワを敵とするのであるが、イデオロギー的には個人主義やエリート主義がブルジョワ的志向として排撃される。また空想的、抽象的な芸術も、大衆から遊離したブルジョワ的な芸術至上主義として批判される。個人主義やエリート主義が反発を受けるのは、社会主義のもつ集団的志向や平等志向に基づいている。さらに空想性が嫌われるのは、マルクス主義にある科学性の主張に基づいて、科学的根拠がない「現実離れ」した空想が批判されるからである。」(p. 388)
  5. マルクス主義においては主観を排し、科学的認識に基づいた客観主義が好まれた
  6. マルクス主義においては、受動的な反映論(対象内容説)が好まれた:芸術の内容は現実それ自体とされ、「「現実(=対象=内容)」を「反映(=認識=表現)」するのが「芸術」であり、まさにリアリズムが理想となるわけである。つまり「優れた現実」=「優れた芸術」となる。」(p. 395)

上記1~3点目と関係しますが、著者は「リアリズムは、現実批判という体制に嫌われる性質をもつ一方、理想(空想)の追求にもとづいた既存の秩序への反抗を懸念する体制側に好まれるという意味で、常に伝統的、保守的方法の一翼を担っていることになる」(p. 388)と指摘しています。

また、社会主義リアリズムの特質をまとめる形で、著者は「リアリズムでは「対象→作者→(媒体)→鑑賞者」というように、対象化が現実の平面でストレートに伝わっていくことが望ましい(価値のある)方法とみなされ、しかもその価値の鍵となる「内容・意味」は、対象にあるとされるのであるから、社会主義のすばらしい現実を忠実に描けば、すばらしい作品と評価されることになる」(pp. 398-399)と述べています。

しかしなら、その現実とは、結局は社会主義体制に都合のよい現実を選別したものにすぎず、結局は上記4~5点目と反して極めて主観的で空想的なものであるということを十分に認識しておく必要があると著者は指摘しています(p. 399)。

また、上記4点目に関して、「現実に対する「優れた認識」は「優れた科学」であるだけでなく、「優れた文学」の要件にもなってしまうことになり、文学も、科学と同じく、現実の反映にすぎなくなってしまう」(p. 396)、つまり、科学と芸術の区別がつかなくなってしまうという問題点も指摘されていました。

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2016年7月 5日 (火)

遠藤喜雄(2009).「話し手と聞き手のカートグラフィー」を読む(『言語研究』)

英語の副詞句の分析を通して、生成文法の枠組みで談話情報や語用論的な事象を取り扱おうとしているカートグラフィーの解説がなされています。カートグラフィーの解説もさることながら、副詞句についても非常に面白い事例が示されています。

遠藤喜雄(2009).「話し手と聞き手のカートグラフィー」.『言語研究』,136,93-219.

概要

カートグラフィーについて、著者は「the cartography of syntactic structuresの略で、1990年代半ばに、Luigi RizziとGuiglielmo Cinqueが共同で開始した、生成文法の枠組みの中にある研究プロジェクトである。その趣旨は、普遍的な統語構造を地図のような形で出来るだけ綿密で詳細に提示しようというところにある。」(p. 94)と説明がなされています。

なお、カートグラフィーにおいては、文の構造は以下の3つの領域からなるとされます(p. 94)。

  1. peripheral field:話し手や聞き手の情報を含めた「談話/スコープ」が関わる領域。
  2. inflectional field:一致、屈折等の文法範疇が関わる領域。
  3. lexical field:主題役割/意味役割が関わる「語彙範疇」の領域。

著者は、上記1は文の左端に位置し、統語的に最も高い位置にある領域としています。上記2は従来的な統語論が研究対象としてきた部分になります。そして、上記3は、統語的に最も低い位置にある領域とされています。

そして、peripheral fieldでは、Force(文のタイプや発語の力(illocutionary force))、Topic(主題)、Interrogative(whyに相当する要素)、Focus(焦点)、Modifier(際立ちの意味を賦与するために前置された副詞的要素)、Question(why以外のwh疑問要素)、Finite(文の定形/非定形)、といった機能範疇が構想されており、Forceが最も高い位置に存在し、Finiteが最も低い位置にあると考えられています。

著者によると、「これらの機能範疇の主要部は、lexical fieldやinflectional fieldから談話やスコープの意味が付与される要素を探索(criterial probe)し、その指定部のポジションに牽引する。そして、そのポジションで、音や談話/スコープに関わる情報が付与される。」(p. 96)ことになるとのことです。これらの機能範疇の主要部は、指定部の要素をその機能範疇が表す事柄を具現するものとして解釈し、補部をその機能範疇に関連する形で適切に解釈するように命令を出すとされています。たとえば、Topicの場合は、「指定部の要素をトピックとして解釈し、補部をコメント(comment)として解釈せよ」(p. 96)という命令になるとのことです。また、機能範疇は音のインターフェイスについても指令を出し、例えば「フォーカス要素をトピック要素よりも高いピッチで発音し、後続する前提部分を平板なピッチで発音せよ」(p. 98)といった命令が下ることになるとのことです。

また、この論文では、Haegeman(2006)による以下の2種類の副詞節の中で、周辺的な副詞節に関する分析をカートグラフィーの枠組みでよりよいものにしようとしています(p. 99)。

  1. 中核的な副詞節:主節の表す事象を修飾/限定する;主節と共に一つの発話の力を持つ。
  2. 周辺的な副詞節:主節の背景を表す;主節と独立した発話の力を持つ。

著者は、Haegeman (2006) による分析は不十分であるとして、日本語学の知見に基づいた修正案を示します。そして、周辺的な副詞節には2種類あるとみなした方がよいこと、および「「文末」に生じる周辺的な副詞節には、「話し手」のみが関わる対事的なムード要素も「聞き手」を巻き込む対人的なムードの要素も生じることが可能であるのに対して、「文頭」に生じる周辺的な副詞節には、「聞き手」を巻き込む対人的な要素が生じない」(p. 115)という分析を示しています(もちろん、カートグラフィーでの分析になります)。

英語教育研究では、談話的ないしは語用論的な側面を扱う際に、しばしば生成文法のことを批判してから本論に入る(この論文では主題-題述といった要素を扱うため、このような語用論的な要素を扱う生成文法ではなく、機能言語学をその理論的枠組に用いる、など)というパターンが見られますが、改める必要があると思います。生成文法の進展に十分に目を配っておかなければなりません。

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2016年7月 1日 (金)

福村虎治郎(1963).「伝統主義と構造主義」を読む(『北海道大学文学部紀要』)

伝統文法(JespersenやKruisingaまでの文法理論)とアメリカ構造主義の違いについて考察されていますが、著者は実際の言語分析においては両者に思ったほどの違いはないのではないかと結論づけています。

福村虎治郎(1963).「伝統主義と構造主義」.『北海道大学文学部紀要』,11, 146-134.

概要

著者はアメリカ構造主義言語学の特徴と言えるものとして以下の3点を指摘し、それらが実際の研究の中でどのように扱われているか考察しています。

  1. 形態の重要視(意味の除外、音声の重視)
  2. 分布に基づいた研究方法
  3. 直接構成素

1点目については、意味を何らかの形で研究に取り込んでいる学者もいたり、あるいは取り込まざるを得ない現状がある点が指摘されていました。また、文字の取り扱い方が研究者によってまちまちであることも指摘されています。

2点目については、その具体的な研究法が研究者によってばらばらである点が指摘されていました。

3点目については、その分解方法が研究者によってばらばらである点が指摘されていました。

また、著者は実際の研究の中には、伝統文法の考えをかなり取り入れている研究も散見されることを指摘しています。

著者は、アメリカ構造主義言語学は確かに「言行為の聴者の立場に立って客観的に認知し得る形態の構造を客観的な基準によって認知し記述する」(p. 135)という共通な要素が見られるものの、実際の言語研究では、「ある者は伝統主義を部分的に認め、またある者はその主張にもかかわらず、実際は部分的に伝統主義と同じになっていて、そこにはかなりの幅があることがわかる。また構造の規則正しさを主張するあまり現実の言語から遊離した記述をなす場合も生じている。」(p. 135)と評しています。

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