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2016年3月30日 (水)

P.Dixon,M.Bortolussi,&B.Mullins(2015).「Judging a Book by Its Cover」を読む(『Scientific Study of Literature』)

これまで、読者が本屋などでフィクションを選ぶ際に、そのカバーは彼らに大きな影響を与えるということが研究者にも出版業界にも直感的に理解されてきました。この論文では、はたして本当に本のカバーは読者の本の選択に影響を与えているのか実証的に検証されています。

Dixon, P., Bortolussi, M., & Mullins, B. (2015). Judging a book by its cover. Scientific Study of Literature, 5 (1), 23-48.

概要

著者らは、ミステリーとSFのカバーを合計で80用いて、各ジャンルに関して、読者に3~7のサブジャンルに分けるように指示しました(sorting task)。調査参加者は、どちらかのジャンルのファンであると自称する人々60名です。彼らは、sorting taskを行う傍ら、各ジャンルに関してどの程度知識を持っているかも尋ねられました。

sorting taskの結果をクラスター分析にかけたところ、各ジャンルにおいて、知識が豊富な読者と乏しい読者で、クラスターが分かれ、さらにカバーの分類も異なっていたという結果が得られました。

このことから、著者らは、ブックカバーは有意義な読解経験を探す上で有効に機能するincidental feature( = they "are not effective in themselves but may be correlated with other hidden features" (p. 44))であると主張しています。そして、"a book cover can communicate information concerning the sbub-genre of the work to knowledgeable readers seeking that information." (p. 44) とまとめています。それに対して、そのジャンルの経験や知識が乏しい読者は、カバーからその作品の内容を推測することは難しいようです。

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2016年3月28日 (月)

G.Murdoch(2001).「Scheming Ways: Preparing Lower Level EFL Learners to Interact With Literary Texts」を読む(『CAUCE: Revista de Filologìa y su Didáctica』)

初級英語学習者に対して、文学作品の使用(language-based approaches to literary texts)は有効に機能するという立場から、Tony Harrisonの "Long Distance II" を題材に、その指導法が提案されています。ただし、この論文で述べられていることは、実際に日本の文脈に置き換えると、大学英語教育の中級以上のクラスでないと難しいと思います。

Murdoch, G. (2001). Scheming ways: Preparing lower level EFL learners to interact with literary texts. CAUCE: Revista de Filologìa y su Didáctica, 24, 493-506.

概要

著者によると、近年の外国語教育では、グローバルで真剣なトピックに取り組める教材が求められているそうで、文学作品は格好の教材であると考えています。しかし、実際に文学作品を使用する際には、作品の背景知識について学習者に補助を行う必要があります。そのための活動として、著者は7つの方法を挙げ(pp. 499-500)、さらにTony Harrisonの "Long Distance II" を教材として使用する際の指導手順及び発問例を例示しています(pp. 500-504)。特に目新しい主張はないのですが、著者が提示している発問例はとても面白く、明日にでも授業で実践できるほど具体的なものとなっています。

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C.テイラー・宗宮喜代子(2014).「『アリス』における催眠誘導的な言語使用について」を読む(岐阜聖徳学園大学外国語学部(編),『ことばのプリズム:文学・言語・教育』,彩流社)

テイラー,C.・宗宮喜代子(2014).「『アリス』における催眠誘導的な言語使用について」.岐阜聖徳学園大学外国語学部(編),『ことばのプリズム:文学・言語・教育』(pp. 131-168).彩流社.

概要

『アリス』の作品には催眠誘導的な表現があることが指摘されてきており、心理療法や催眠療法の文献等において、この作品に言及されることがしばしばあるそうです。この論文では、クライエントをトランス状態に導いて催眠療法を施し問題解決をさせる技法と言語パターン(「ミルトン・モデル」と呼ばれ、ミルトン・エリクソンの実践をバンドラーとグリンダーが整理したもの)を紹介し、それが『アリス』の作品内にもちりばめられていることが示されています。

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2016年3月25日 (金)

J.Lauwers,T.Deneire,&D.Eelbode(2015).「The Question of Literary Quality: A Rhetorical and Game-Theoretical Approach」を読む(『Scientific Study of Literature』)

読者が特定の作品を優れたものと見なす際にどのような文学的特性(literary quality)がその判断に影響を与えているのかを、ゲーム理論のモデルを用いて明らかにしようとしています。著者らは、ゲーム理論(この論文では、the location game)を応用した数理モデルの確立を目指しており、その手始めとして、the location gameの説明およびこのことによりどのような研究が可能となり、どのような限界点があるのかが説明されています。なお、著者らはこのような数理的なアプローチは従来的な文学の経験的研究のアプローチと相補的な関係をなすものと考えています。

Lauwers, J., Deneire, T., & Eelbode, D. (2015). The question of literary quality: A rhetorical and game-theoretical approach. Scientific Study of Literature, 5 (1), 3-22.

概要

著者らは、まずliterary qualityは、特定の形式に対して受容者が反応することで具現化するという立場を取っています。したがって、literary qualityは、テクストと読者の相互作用ということを念頭に置きながら研究される必要があると考えています。その上で、著者らの研究アプローチでは、次のような前提が立てられます。

"the programmatic search for literary quality narrows the literary experience down to its rhetorical capacity to achieve literary success." (p. 7)

"The rhetorical function of a literary work will here be understood as its ability to convince people of its quality through a various set of parameters that are, simultaneously, constituting the literary discourse of the work." (p. 7)

次に、the location gameの基本的な考え方を説明した後(この記事では省略します)、これを文学理論に応用することについて次のように説明しています。

"If we can define literary success - for as far as literary quality is concerned -  as the capacity to find the right measure in the application of certain literary features, the hermaneutic search for the rhetorical middle position that successful works appear to strike can offer important elements to address the question of literary quality in a systematic manner." (p. 9)

著者らは、多くの読者に様々な作品を読んでもらい、その際に様々な特性(著者らはパラメータと呼んでいます)の効果を尋ねることで、多次元からなるliterary qualityの数理モデルを作り上げたいと考えています。例えば、読者にPride and Prejudiceを読んでもらい、literary qualityの中でemotionというパラメータを調査する場合は、次のような質問が作品読解後に読者に与えられます(p. 16, wmphasis in original)。

  1. How would you rate the work?
  2. Do you believe the author made good use of emotions in the work?
  3. To what extent do you believe the author made use of emotions?

様々な作品の様々なパラメータに対してこのようなデータを集めることで、特定のパラメータがどの程度literary qualityとして読者に重視されているか、重要度という観点から他のパラメータとどのような関係であるか、といったことが分かるとしています。著者らは、もちろんこのような研究法の先にはliterary qualityに関して絶対唯一の解というものは存在しないとしています。しかしながら、文学という読者によって多少揺れのある現象を捉えるにはこのような特性をもったモデルの方がむしろ適切であろうとも述べています。

最後に、この研究法の限界点も示されています。著者らは次の点を挙げていました。

  • 現代の作品受容しか扱えない。したがって、文学史上評価が一貫している作品であれば問題はないが、時代により評価に揺れのある作品の過去の特定の時期について結果を一般化することは難しい。また、過去の特定に時代には斬新だった技法が現在ではあまりに当たり前になっているケースなどについてもその扱いが難しい。また、今後現れる新しい技法等によってモデルから導き出された結果がひっくり返される可能性もある。
  • 作品を読み終えた結果として、読者がliterary qualityに関して新しい考えを得ることがあるが、どのようにその考えが変容するのかを捉えたり予測することができない。
  • 調査では、キャノンに属す作品を読者に読ませることになるが、そもそも誰の基準を参考にキャノンに属す作品を抽出すればよいのかが分からない。さらに、どのような文学読者のデータをどの程度の人数分を集めればよいのかも判断が難しい。
  • literary qualityをどの程度別のパラメータに分離することができるか分からない。さらに、特定の作品を高く評価した結果として、たまたまその作品で用いられていた特定のパラメータが高く評価されてしまう可能性にも注意が必要である。

今後の展開が楽しみな研究です。

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2016年3月23日 (水)

長尾純(2014).「ビートルズの曲に見るアメリカ英語訛りとその変化」を読む(岐阜聖徳学園大学外国語学部(編),『ことばのプリズム:文学・言語・教育』,彩流社)

ビートルズは当初はアメリカ訛りで歌っていましたが、その訛りが徐々に消えていきました。著者は、/r/の発音に着目しながら、その原因を探っています。

長尾純(2014).「ビートルズの曲に見るアメリカ英語訛りとその変化」.岐阜聖徳学園大学外国語学部(編),『ことばのプリズム:文学・言語・教育』(pp. 109-129).彩流社.

概要

これまで、このような訛りの変化について、観客に合わせたのではないか、彼らの楽曲のジャンル性の変化が関係しているのではないか、といった考えが提案されてきました。しかしながら、この論文ではこれらの説を否定する結果を得ています。著者は、Trudgill (1983) と同様に、ビートルズは、アメリカでポップカルチャーの頂点に君臨した後にアメリカのグループへ似せようとする情熱が覚めてしまったのではないかと考えています。そして、彼らはアイデンティティを再確立させていった結果としてイギリス英語へとシフトしていったのではいかと述べられていました。

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M.Lehne,P.Engel,M.Rohrmeier,W.Menninghaus.A.M.Jacobs,&S.Koelsch(2015).「Reading a Suspenseful Literary Text Activates Brain Areas Related to Social Cognition and Predictive Inference」を読む(『PLoS ONE』)

ドイツ語母語話者に、サスペンス(宙ぶらりん感)の強い文章を母語で読ませ、その時の脳の反応がfMRIによって調査されています。長い作品を短くぶつ切りにし、その部分を読むたびに、そのセクションのサスペンス性について評価をさせるという方法で調査を行っています。ですので、調査参加者は十分に作品世界に入り込めなかった可能性があることを著者らは認めています(今回の調査では、サスペンスと辺縁系の関係が確認されなかったのですが、著者らはこの調査方法が影響している可能性があると述べています)。

Lehne, M., Engel, P., Rohrmeier, M., Menninghaus, W., Jacobs, A. M., & Koelsch, S. (2015). Reading a suspenseful literary text activates brain areas related to social cognition and predictive inference. PLoS ONE, 10 (5), 1-18.

概要

まず、the left superior temporal sulcusの活性が確認されました。この部位は、書き言葉や話し言葉の意味処理、物語処理との関わりが先行研究で示されています。また、書かれた単語の処理と関わるとされるthe left fusiform gyrusの活性も確認されています。さらに、視覚野の活性も確認されています。これらの結果から、今回の調査では、言語刺激がちゃんと言語処理されていることが確認されています。

そして、本論文の主目的である、サスペンスの脳内処理に関する結果が報告されています。今回の結果では、サスペンス度とthe medial frontal cortex、posterior temporal and temporo-parietal regions、the dorsolateral prefrontal cortex along the inferior frontal sulcus including the IFG and premotor cortexの活性の間に相関がみられました。このことから、著者らは "Our results indicate that text passages that are experienced as suspenseful engage brain areas associated with mentalizing, predictive inference, and possibly cognitive control." (p. 13) とまとめていました。

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2016年3月 9日 (水)

K.S..McCarthy(2015).「Reading Beyond the Lines: A Critical Review of Cognitive Approaches to Literary Interpretation and Comprehension」を読む(『Scientific Study of Literature』)

文学読解に対する認知的アプローチ研究(L1での研究)のレビュー論文です。著者は、最後に文学読解を「特定の読解方略の適用」という観点から研究していくことを提唱しています。広範な論文がレビューされていますので、この領域に関心のある人には非常に有益な論文だと思います。

McCarthy, K. S. (2015). Reading beyond the lines: A critical review of cognitive approaches to literary interpretation and comprehension. Scientific Study of Literature, 5 (1), 99-128.

概要

この論文では、以下の内容が議論されていました。

(A) 文学読解研究の背景

(B) 先行研究のレビュー

(C) リーディングの一般モデルの中で文学読解を捉えようとする際の問題点

(D) 特定の読解方略の適用としての文学読解

●文学読解研究の背景

著者によると、文学は独特の特質をもったジャンルを形成しているという点では研究者の見解の一致を見ています。現に、研究者は次のような事柄を示してきました(p. 101)。

  • both computational models and real readers can distinguish literary texts from nonliterary ones
  • readers read literary texts differently than nonliterary texts
  • literary texts have differential effects on other cognitive processes

しかしながら、その特質が何であるのかということについてはいまだ意見は一致していません。

また、文学読解の研究法としては、専門家が文学と認めたテクストに対して様々な複雑性に関する分析を行い、そのような分析を施された文学テクストの読解プロセスを説明文的テクストや文学賞などを受賞していないフィクションの読解プロセスと比較する、といったものが多かったと指摘しています。

また、文学の定義もまだ完成はしていませんが、分かりやすいものとして、著者はShraw (1997) の定義を紹介しています。

"He defines literary texts as narratives that are "richly symbolic and include both an interpretable surface meaning and one or more coherent subtexts (i.e., implicit interpretations that run parallel to the explicit surface-level meaning of the text)" (p. 436) (p. 102)

ただし、"richly symbolic" や "interpretable" という語が一体何を指すのか、依然として不明なままです。著者によると、これまでこれらの特質はテクストに起因するとする立場と読者に起因するという立場があるとしています。なお、本論文では、テクストと読者(読みの状況もこの論文では「読者」の要因に含められています)の相互作用という形で文学読解を捉える必要性が主張されています。

●先行研究のレビュー

著者は、テクストの内的特質の観点から文学読解を調査した研究と読者による要因という観点から調査した研究を分けてレビューしています。前者については、ジャンル、前景化、といった概念に基づいた研究が整理されています。後者については、読者による期待、専門知識(スキーマ)、文学に関する信条(多様な意味解釈、テクストの構造面に基づいて解釈をするという文学読解慣習)、読みの目標(自身のうちにある読みの意図、他者による指示)、に基づいた研究が紹介されていました。

これらのレビューに加えて、テクストの内的特質と読者の両方が文学読解において重要な働きをしているということの証左となる先行研究もレビューされています。その中で、前景化などは文学読解をもっとも豊かなものにする一方で、文学読解初心者が最も処理に苦労をする点である、という指摘は非常に示唆的に思いました(p. 114)。

著者は先行研究を次のようにまとめていました。

"The data indicate that the construction of a nonliteral interpretation requires a shift from a literal, story-driven stance to an interpretive, point-driven stance. This interpretive stance puts more emphasis on global coherence, which requires the integration of multiple parts of the text, as well the activation of prior knowledge into the reader's representation." (p. 116)

"When real people read real texts, the adoption of a point-driven, interpretive stance, and the subsequent generation of appropriate interpretive inferences, appears to be a strategic and effortful process. Readers must move beyond a literal stance to an interpretive stance. This leap from one to the next is guided by textual and extratextual features that may be more or less reletant, given a particular reader who is reading a particular text for a particular purpose. " (p. 116)

"In short, a reader may approach a text with the intention of constructing a deeper meaning, but if the text does not have foregrounding and literary stylistic variation, it may be difficult to produce an abstract interpretation. Conversely, a text with abundant rules of notice and foregrounding will not yield interpretation if the reader (a) does not have a literary reading goal in mind or (b) does not possess enough domain-related prior knowledge to construct an interpretation." (pp. 116-117)

さらに、これまでの先行研究の結果に基づいて、上級文学読者と初級文学読者の特徴づけも行っています。前者は次のようにまとめられていました。

"Because of their knowledge of and familiarity with the domain, experts more easily adopt appropriate reading strategy. They are sensitve to rhetorical devices, and foregrounding in the text. These textual features act as signals to switch to a point-driven stance. Experts also possess more relevant content knowledge, which can then help them to construct a nonliteral interpretation, he or she can then turn to understanding how the linguistic aspects of the text guided the reader to that interpretation. While minimal empirical data speaks to this aspect of the process, identifying such linguistic aspects, and connecting them to particular themes and interpretations, likely comes from the activation of prior knowledge." (p. 116)

初級文学読者については次のようにまとめられています。

"Novice readers, on the other hand, are less likely to adopt an interpretive stance, and even thought they notice stylistic variation, they struggle with making sense of it. If novice readers are able to construct a satisfactory plot-level representation, they may be oblivious to the foregrounding of the text, and not move to a global, point-driven stance. Given no instruction, it seems readers initially approach a text with a generic reading strategy, as this strategy is most familiar. In theory, a heavily-foregrounded text that does not sustain local coherence should drive the novice to switch strategies, but, in practice, it seems that the novice reader merely gives up. It seems the only effective way to get novice readers to adopt an interpretive reading strategy is to explicitly ask them to do so. Further, even if the novice reader employs such a strategy, the construction of a nonliteral interpretation is dependent upon how much related knowledge he or she can bring to the text." (p. 116)

●リーディングの一般モデルの中で文学読解を捉えようとする際の問題点

著者は以下の点を挙げていました。

  • 文学読解を捉えるために、the surface code、the textbase、the situation modelに対して第4の表象レベルを設けようとする動きがあるものの、操作化が難しく、実証的な研究で扱うことができていない
  • なぜ文学読解では表層情報に注意が向けられるのかという点が十分説明されていない(Bortolussi & Dixon (2013) は文学読解で表層情報に注意が多く向けられることをthe surface structure puzzleと呼んでいます)

上記2点目については、アイトラッキングなどを活用していくことが提案されています。特に短い詩を使って研究することが推奨されていました(p. 119)。

●特定の読解方略の適用としての文学読解

著者は次のようにまとめていました。

"readers search for meaning to explain why the particular element of the text exist. This may account for the fact that even though readers of literature take a more holistic perspective on meaning-making, they still put more time and attention into metalinguistic aspects of the text than during nonliterary reading. The explanation assumption would predict that the reader would work to understand why the author chose to write the text the way that he or she did, rather than in a more straightforward way. This would suggest that the reader reads the language more slowly (at a local level) in service of understanding and maintaining global coherence in terms of the deeper meaning of the work." (p. 122)

"I propose foregrounding signals to the reader that he or she should use a particular reding strategy. As literary texts have a different purpose than other kinds of texts, a more domain-specific reading strategy would be more effective. It has been suggested that literary devices are rules of notice, or conventionalized signals within the text, left by the aythor to draw attention to certain aspects of the text, particularly that the reader should not take the text at face value. These rules (such as repetition, a shift in tone, juxtaposition, privileged position, and deviations from norms or disruptions and discrepancies) indicate to the reader how to approach the text. Unlike previous accounts of foregrounding that put emphasis on trying to establish local coherence, this stratgy-activation account suggests that foregrounding encourages effort to be put into constructing global coherence and interpretive inferences. That is, when readers struggle to understand a text at a literal level because of defamiliarization, they shift their attention to making higher-order interpretive representations to make sense of the text." (pp. 122-123, emphasis in original)

"A literary reader could bypass this gap in local coherence by shifting to understanding the text as a whole and the words' aesthetic purpose instead of their semantic one. The foregrounded features of the text are signals that encourage the reader to adopt a new purpose for reading that focuses on the bigger picture of the text, rather than specifit plot elements." (p. 123)

"Experts seem to be able to activate the relevant standards of coherence without explicit instruction, suggesting that these standards of coherence are part of their domain-specific schema and are an internal intention, as opposed to an external intention." (p. 123)

著者は最後に、"A strategy-activation explanation suggests that understanding who adopts a literary stance, and when and how they do so, is particularly crucial to understanding literary reading." (p. 123) と述べていました。

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2016年3月 3日 (木)

J.トラバント(1976/1979).『記号論の基礎原理』を読む(谷口勇(訳),南江堂)

著者はかつては言理学を文学作品の分析に用いていましたが、本書では一転して言語理論を記号とみなされた他の現象の分析に用いることに警鐘を鳴らしています。また、本書が出版された当時は記号概念が著しく拡大されていたそうですが、著者はより簡素に、記号とは「人間の共同生活にとり重要な、人間の行動・所産の特別な種類」(p. iii)とみなしています。今回は、本書の中で第Ⅱ部9節「儀法と魔法」、第10節「≪審美的コミュニケーション≫」、付論「審美的行動における記号」を読みました。

なお、非常に紛らわしいのですが、著者は「記号」という概念を2つの意味で用いています。1つ目は、ソシュールをはじめとした従来の記号論による「記号」という意味です。2つ目は、言語行動の型、行動図式、という著者独自の意味です。著者は、前者の「記号」という意味で様々な現象を隠喩的に包括して考えることを批判しており、後者の「記号」の意味で、個々の現象を見ていくべきではないかと主張しています。本書のタイトルである「記号論」は2つ目の意味の「記号」を意味しています。

ちなみに、J.トラバントはE.コセリウの弟子なのだそうです。

J.トラバント(1979).『記号論の基礎原理』(谷口勇(訳))南江堂.(原著は1976年出版)

概要

●儀法と魔法

ここで言う「儀法」とは、挨拶などの交話的言語使用のことを指しています。交話的言語使用は現実について何か報知することはありません。それに対して、「魔法」とは、宣言的な発話機能のように、話者が何かを宣言することによって現実に対して社会的資格や機能を生じさせることを指します(pp.. 120-121)。儀法は話者と聞き手の共同作業になるのに対して、魔法は話者の一方的な行動となります。なお、宣言型の発語行為に対して「魔法」という語を使ってしまったのは、かなり誤解を招くと私は感じています。

●審美的コミュニケーション

著者は審美的行動は儀法同様に協同的であり、かつ現実について何も報知しません。ただし、現実と間接的な関係は持っており、文学作品などは何か理解されるべきものとして読み手に呈示されることになります。

さらに、審美的コミュニケーションの研究においては、著者や作品生産にかかわる諸条件も研究の対象にすべきであると主張されています。

●審美的行動における記号

著者は、一般的な記号論の理論を用いずに検討を行うことについて次のように述べています。

「審美的行動をひとつの固有の型の行動として分類する場合―の方が、記号の理論もしくはコミュニケーションの理論へ圧し込むよりも、芸術や文学がそれらの特殊な行動構造において、より正しく、より容易に把握されはしないか」(pp. 142-143)

例えば、ムカジョフスキーなどは、文学テクストの全体的な意味を1つの記号とみなします(しばしば二次的記号といった言葉が使用されたりします)。著者はテクスト内の個々の単語などは確かに約定的な意味を持っているので記号と言えるが、テクスト全体の意味にはそのような約定的な意味は存在しないため、記号とみなすことには大きな問題があると考えています(p. 159)。

著者は、まず語用論的な立場に立ち、一般的には言語テクストにおいて理解者は次の4点を行わなければならないと述べます(pp. 149-150)。

  1. かれは言語能記と結びついた意味を活性化しなければならぬ
  2. しかしその上さらに、かれは、テクストが―通例のことだが―複数の記号から成り立っている場合には、これらの記号の意味をひとつの≪陳述≫へ結びつけねばならない
  3. その≪陳述≫をひとつの現実に関連付けねばらない
  4. 発話者がその言表で何を意図したか、その言表がいかなる発語内的機能を有するかを見つけ出さねばならない

しかし、文学テクストにおいては、必ずしも上記4は必要ではなく、さらに上記3については完全に中止されます。著者は、このような文学テクストの特性を、「眺める」「観照する」という語で表現し、そのテクスト内に含まれている指図に読者が従うことはないとします(例えば「立て!」と作品内に書いてあっても読者はその指示に従うことはありません)。著者は、「利害抜きの快感」という表現や「目的なき合目的性」(Kant)という表現は、芸術の特徴をよく言い当てていると述べています。

しかしながら、文学作品は私たちにとって無意味なものでは決してありません。この点について、著者は次のように述べています。

「文学テクストは、読者に、世界についてかれが知らぬ何か新しいことを伝達することは問題ではないので、しばしば、すでに久しい以前から周知の事柄を呈示することがある。もちろん、文学テクストにおいて重要なことは、場合によってはすでに久しい以前から周知であり、そしてまた、周知だと予想される事が、いかに語られるかという点なのだ。ここでは、語られる内容ではなくて、何かについての語られ方が、≪新しく≫なければならないのである。」(pp. 153-154)

「人が文学を読むのは、ひとつの世界を心に描くことによって、実践的な生活連関から抜け出るためなのだ。つまり、文学および芸術の一次的目的は、読者、観衆、聴衆に、作品へ―生活実践の外の、作品によって呈示された世界へ―関与するようにさせることなのだ。その上さらに、文学は、われわれを生活の実利的連関において導き得るような知識や行動確率をも供給することができるのである。」(p. 156)

なお、上記の引用の最後の一文は、文学作品にとっては主目的ではないが、おまけとして実利的なその他のテクストと似たように機能する場合も稀にある、ということを意味しています。

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