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2015年5月29日 (金)

安田優(2014).「文学・映像作品を用いた英語教育の可能性について」を読む(『北陸大学紀要』)

文学を使った英語授業を過去に受けた経験、文学を使った英語教育を受ける際の意見(希望や考えなど)、といった情報が大学生からアンケートを通して収集されています。5つの大学で計472名(日本人学生は434名)に実施したかなり大規模なアンケート調査です。

安田優(2014).「文学・映像作品を用いた英語教育の可能性について」.『北陸大学紀要』,37,183-206.

概要

細かい調査項目や調査方法等は割愛し、主な結果のみをまとめておきます。本研究では以下のような結果が得られました。

  1. 英語教員が想定している以上に、学生は文学作品を英語の授業に使用することに対して好意的である
  2. 言語を専攻している学生、または英語力が求められる職業に就きたいと考えている学生ほど英語学習に対する目的意識が高く、文学作品に対する関心も高い
  3. 理系学部の学生の方が文系学部の学生よりも文学教材に対する興味が低いとは必ずしも限らない
  4. 偏差値50前後の入学難度を境として、それより上の大学では文学作品に対する関心は高くなり、それより低い大学ではその関心が弱くなる傾向がある
  5. 学生は長編小説よりも短編小説を好む傾向がある
  6. 英語学習の進捗状況が進んでいる学生には、長編小説と短編小説の両方を扱ってほしいと考える者が多い
  7. 文学作品を扱う際には、文化・社会的背景も合わせて学びたいと考える学生が多い
  8. 文学作品を扱う際には、映画やその他の映像メディアと一緒に扱ってほしいと考えている学生が非常に多い

上記5点目に関して、著者は次のように補足しています。

「限られた授業時間内で様々な作家の文体や表現に接したり、様々なジャンルの作品に触れたりする方が興味深く、有用であると考える学生が多いのである。また、いずれの大学にも文学作品を読んでみたいと感じながらも、読書には慣れていないという理由で長編を扱うことには抵抗感があり、消極的な理由で短編を選択した学生も見られる。」(p. 200)

以上、上記8点の結果を踏まえて、著者は次のようにまとめています。

「文学教材は他国における文化的・社会的背景など真のコミュニケーション能力の育成に不可欠な事柄を学び、しっかりとした中身のある対話ができるように学生を導く素材として有用である。この意味で文学教材は「実践的」なのである。英語教材としての文学作品に、学生が抵抗感を持っているというイメージも誤解に過ぎない。むしろ、学生は様々な教養や文化的背景なども含めしっかりとした内容を有する教材を通じて、英語を学びたいと考えている。そうだとすれば、英語学習教材としての可能性を有する文学教材を排除することは大きな誤りなのである。」(p. 201)

最後に、著者は『感動のスクリーン・イングリッシュ』という教材を使って副教材的に文学素材を扱う際の授業展開や近年出版された文学を使った大学英語教科書の紹介を行っています。

なお、文学作品は会話力と縁が薄そうに考えられるのに対して、映画・映像作品の教材は文脈に沿った対話が含まれるため実践的なコミュニケーションと結びつけて考えられやすい(したがって一般的に人気が高い)という指摘(p. 184)は重要です。

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K.Takahashi(2007).「Is the English of Literary Works Really "Unique"?: Doubts About Its Exclusion from Second Language Learning」を読む(『言語情報科学』)

WiddowsonやCarter & Nashの議論に基づき、文学教材を英語教育から追いやることの問題点が議論されています。

Takahashi, K. (2007). Is the English of literary works really "unique"?: Doubts about its exclusion from second language learning. 『言語情報科学』,5,113-126.

概要

著者は、教科書の言語と文学作品の言語を比較し、前者はusageしか養成することができないと指摘します。それに対して、文学作品はusageはもちろんのことuseに対しても有益な教材になると述べられていました。

また、文学作品の言語は特殊であるとする考えが根強いですが、文学性は程度問題とみなすべきです。著者は、Carter & Nash (1990) の考えに基づきながら、medium dependence(他のテクストに依存する度合い)、re-registration、polysemyの3点に限定して、いわゆるオーセンティックなテクスト(広告文)と文学テクストの含む文学性について分析をしています(いずれも「家」に関する文章が選ばれています)。そして、オーセンティックとされる文章にも文学性が含まれていること、しかし文学作品に比べるとその度合いが弱いことが確認されています。

最後に、著者は文学作品を外国語教育に取り入れる有用性に関して、以下の2点を強調しています(p. 124)。

  1. they give clear and interesting contexts to L2 learners, and they can be used to teach both language usage and use.
  2. literary works meet most of the criteria for literariness; for example, they admit a variety of materials by the process of re-registration.

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2015年5月28日 (木)

柴田仁夫(2012).「弁護士広告の広告コミュニケーション効果に関する一考察:関連性理論による分析から」を読む(『社会科学論集』(埼玉大学経済学会))

日弁連が自主規制をかけている弁護士広告の顧客への効果が関連性理論に基づいて分析されています。

柴田仁夫(2012).「弁護士広告の広告コミュニケーション効果に関する一考察:関連性理論による分析から」.『社会科学論集』,135,17-33.

概要

著者は東京地下鉄にある車内広告を分析対象としています。この研究によると、弁護士広告は、自分たちの信頼性を積極的に伝えることはできず、逆に自分たちが顧客から搾取する要因がないことを伝えるなど消極的にアピールしていることなどが明らかにされました。

また、弁護士広告では受け手に推意を促す表現に制約がかけられており、「受け手の解釈労力は低くならざるをえず、また認知環境に与える変化は少ないと想定できるため認知効果も低くなってしまう。つまり、現在の弁護士広告で利用されているキャッチフレーズは広告の受け手に対する関連性は低く、広告コミュニケーション効果も低くなっていると考えられよう。」(p. 27)とまとめられていました。

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2015年5月27日 (水)

N.M.Phillips(2015).「Literary Neuroscience and History of Mind: An Interdisciplinary fMRI Study of Attention and Jane Austen」を読む(L.Zunshine(編),『The Oxford Handbook of Cognitive Literary Studies』,Oxford Unviersity Press)

Literary Neuroscienceの確立を目指す著者が、fMRIを使って行った実験の報告及びLiterary Neuroscienceとはどのような研究分野であるべきかということについての説明を行っています。

Phillips, N. M. (2015). Literary neuroscience and history of mind: An interdisciplinary fMRI study of attention and Jane Austen. In L. Zunshine (Ed.), The Oxford handbook of cognitive literary studies (pp. 55-81). Oxford: Oxford University Press.

概要

著者はJane Austenを専門とする研究者です。著者によると、Jane AustenもfMRIもともにattentionということが問題となっており、この2つが結びつくのは著者にとっては必然であったそうです。この論文では主に以下の2点が議論されています。

(A) fMRIを使って行った実験の結果報告

(B) Literary Neuroscienceとはどのような研究分野であるべきか

●fMRIを使って行った実験の結果報告

著者は英文学・比較文学を専攻する博士課程の読者18名に、Jane AustenのMansfield Park(予備調査ではPersuationが使用されました)をclose reading及びpleasure readingするように指示し、その際の脳の賦活の違いを調査しています。なお、調査参加者はまずfMRIの外でこの作品の第1章を読み、それからfMRIに入ります。そして、その中で各部分をどちらのモードで読むのか指示がされます。調査終了後には、close readingをするように指示された箇所に関して、調査参加者はエッセーを書きました。

なお、close readingは次のように指示されました。

"For close reading, we prompted them to read as if they were preparing a formal literary essay: "[paying] attention to how the sotry's structure is constructed, or crafted, noticing literary details such as setting, narration, tone and characterization ... [as well as] literary themes and patterns, word choice, syntax and the order in which sentences and ideas unfold"" (p. 58)

pleasure readingについては次のように指示されています。

"To cue reading for pleasure, we asked our subjects to read "as you normally would ... as though you just picked up this book off the bookshelf, and are reading in your favorite place."" (p. 58)

調査結果は次の通りです。

  1. 2つの読解で血流が大きく変化した
  2. close readingでは広範な領域が賦活し、注意や実行系以外の箇所も賦活した
  3. close readingでは、somatosensory cortex、motor cortexといった予想外の部位も賦活した
  4. pleasure readingでも広範な領域が賦活し、言語と関係する側頭葉が強く賦活した者もいた

この結果から、著者は以下の指摘を行っています。

  • close readingとpleasure readingは単にattentionの違いではなく、異なる2つの読解モードであると考えるべきである(また、単純に前者をactive reading、後者をpassive readingとみなす考えにも問題がある)
  • 最も脳を活性化させるためには、単にclose readingだけをさせるのではなく、close readingとpleasure readingの両方の方法で読ませるのがよい
  • どんなテクストを読むかということだけでなく、読み方も十分に配慮して考えることが必要である

また、今回の調査ではclose readingとpleasure readingを比較する形を取りましたが、pleasure readingの中にもcognitive demandsが、そしてclose readingの中にもpleasureがあることも忘れてはならないと著者は注意喚起しています。重要な留意点です。

●Literary Neuroscienceとはどのような研究分野であるべきか

著者は次の点を強調しています。

  1. 科学から人文学へという一方向的な流れに限定されることなく、両分野がお互いに高め合う関係であること
  2. 歴史と認知を相互に関係づけて研究をすること(その際、現在の読者と例えば18~19世紀の読者では精読をはじめとして異なった読解の実践をしていることを忘れてはいけない)
  3. 読解における個人的違いを明らかにしていくこと

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根岸雅史(1990).「英語教科書の談話分析」を読む(『東京外国語大学論集』)

著者は「あるコミュニティーにとって自然なディスコースを展開する能力を養うためには、そのコミュニティーがもっとも自然とする 'discourse input' が必要であり、したがって、その主たるinputとなる教科書も自然なディスコースから成り立っていなければならない」(p. 53)と考えています。そして、この考えから、教科書がどの程度自然な言語環境を学習者に提供しているのか調査をすることとしました。1990年時点での中学校英語検定教科書の中で次の2つのディスコース・パターンを例として、それぞれにどのようなバリエーションがあるのか、分析されています。また、英米で作成された教科書との比較検討もなされています。教科書は現行のものとは異なりますが、その結果はとても示唆的です。

  1. 第1話者が判断を下した事柄に対して、第2話者が判断を下す場合
  2. 第1話者がある判断(この論文では「好み」に限定)を求めて、それに対して第2話者が答える場合

根岸雅史(1990).「英語教科書の談話分析」.『東京外国語大学論集』,40,43-54.

概要

この論文では、日本の英語教科書はディスコース上のバリエーションが少ないことが明らかにされました。著者はこのことの原因として次の3点を挙げています。

  1. 決められた文法項目をはめ込もうとした結果、談話上の自然さが失われているため
  2. 教科書に語彙制限があるため
  3. 登場人物の人間関係のバリエーションが少ないため

特に3点目については、次のように補足されています。

「一般に日本の英語検定教科書には、無色透明か明朗活発な性格の「善人」しか登場せず、それゆえそこに成り立つ人間関係は概ね友好的なものとなっているのである。したがって、そこで交わされる会話は当たり障りのないものとなりがちである。日本の英語教科書の中には、意地悪な人間どうしが罵り合う場面などは登場し得ないのではないだろうか。」(p. 51)

それに対して、英米の英語教科書には多くのディスコース・バリエーションが観察されました。その理由として、著者は以下の点を指摘しています。

  1. ディスコースの自然さを重視して教科書を編纂しているため
  2. 厳格な語彙制限がなく、必要に応じて必要な語彙が使用できるため
  3. 登場人物の性格や人間関係のバリエーションがあるため

3点目に関して、英米の教科書では、登場人物がひどく不機嫌であったり、退屈そうであったりすることも多々あり、さらに、お互いの敵意や猜疑心を露骨に表していることもあるとのことです。

以上の議論から、最後に著者はよりよい教科書を作成するための方策として次の3点を挙げています。

  1. 自然なディスコースの展開をさせること。
  2. 適切な語彙を適宜使用し、現在のように「意味の幅の広い」語だけでなく、「強めの表現」と「弱めの表現」、さらに現状の語彙の範囲でも可能な「表現を強めたり、弱めたりする」言語的措置を盛り込むこと。
  3. 多様な登場人物と多様な人間関係を扱うこと。これと当時に多様な筋の展開および多様な場面とトピックを扱うこと。

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2015年5月26日 (火)

宇波彰(1979).「バフチーンとフランス」を読む(『早稲田文学.第8次』)

1960年代に行われたクリステヴァによるフランスへのバフチンの紹介が高く評価されています。日本同様、フランスでもこの時代にロシアの文学理論研究が紹介されたそうです。

宇波彰(1979).「バフチーンとフランス」.『早稲田文学.第8次』,33,34-37.

概要

著者によると、クリステヴァはバフチンはフロイトを知らなかったと考えていたそうですが、実は彼はフロイトを知っていたことが後に明らかになっています。このようにこの論文が執筆された時点では、クリステヴァのバフチン紹介にはいくつか問題点があるのは事実です(この論文では言及だけですが、バフチンとソビエト構造主義の関係についても問題があるそうです)。しかしながら、著者は以下の点を高く評価していました。

  1. ロシア・フォルマリズムを正確に位置づけていたこと
  2. バフチンとロシア・フォルマリズムの違いを正しく理解していたこと
  3. バフチンはフロイトを知らなかったという前提に立った紹介ではあったが、バフチンをフロイトに非常に接近させて紹介していたこと

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2015年5月20日 (水)

M.J.Beeman,E.M.Bowden,&M.A.Gernsbacher(2000).「Right and Left Hemisphere Cooperation for Drawing Predictive and Coherence Inferences During Normal Story Comprehension」を読む(『Brain and Language』)

健常な母語話者の推論時の脳活動がナラティブ(文学的なナラティブではありません)を使用して調査されています。

Beeman, M. J., Bowden, E. M., & Gernsbacher, M. A. (2000). Right and left hemisphere cooperation for drawing predictive and coherence inferences during normal story comprehension. Brain and Language, 71 (2), 310-336.

概要

調査方法等は省略し、この論文で得られた結果のみをまとめます。今回の調査では次のような結果が示されました。

"RH coarse semantic coding makes the RH more likely than the LH to activate concepts that could support predictive inferences: When there is semantic overlap of distantly related information from multiple words of the story, weak activation from the related words passively summates (but is not selected) as a predictive inference in the RH. When a break in coherence occurs, LH fine semantic coding makes the LH more likely than the RH to selelct coherence inferences to be incorporated into the representation of the discourse." (p. 332)

著者らは、右脳は広範な情報を弱く関係づけることに秀でており、左脳は狭い範囲の情報を強く関係づけることに秀でているとしています。このように、両半球は異なる意味処理を並行的に行いますが、必要に応じて情報を共有し、特に文章の一貫性を補う必要がある場合などには左脳は右脳が産出した推論を利用し、それを心的表象に組み込むこともあるとしています。

ちなみに右脳は、多くの推論がなされますが、その多くは賦活の強さが弱すぎるために、心的表象に組み込まれることはなかなかないとしています(強くフォーカスされる、予想しやすい、その読者が作動記憶に高いスペックを持っている、情報の関係が明確に示されている場合には組み込まれる可能性があると考えられています)。ほとんどの場合、心的表象に組み込まれる情報は一度左脳で処理されると考えられています。

著者らは、自身が構想するモデル(今回の調査結果に合致したものです)も提示し(pp. 327-328)、また仮説(右脳は左脳に情報を出力すると、その情報を右脳内では抑制するという仮説)も示していますが、この記事では省略したいと思います。

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2015年5月 5日 (火)

P.C.Hogan(2014).「Stylistics, Emotion and Neuroscience」を読む(M.Burke(編),『The Routledge Handbook of Stylistics』,Routledge)

文学と感情面の関係について先行研究が整理されています。著者によると、文学と感情の関係についての研究はこれまでなされてきていますが、文体と感情の関係についてはまだあまり研究がされていないそうです。そこで、著者は絵画や彫刻など視覚芸術の先行研究を多く取り上げて議論を進めていました。また、タイトルにneuroscienceとありますが、それほど脳科学的な話は出てきませんでした。

Hogan, P. C. (2014). Stylistics, emotion and neuroscience. In M. Burke (Ed.), The Routledge handbook of stylistics (pp. 516-530). London: Routledge.

概要

この論文では次の事柄が議論されています。

(A) 用語の整理

(B) 感情文体論と神経科学の関係性

(C) 文学と感情

●用語の整理

著者はまず、emotionとstyleについてこの論文内での意味を定義します。emotionの定義は次の通りです。

"In the following pages, 'emotion' refers to any motivational system, which is to say, a system that provides an impetus to self-conscious action. These motivational systems are neurologically defined, largely by subcortical structures, and they are open to prefrontal modulation (unlike reflexes). Emotion systems are closely related to what might be characterised as the 'pre-emotional' system of attentional orientation." (p. 516)
"More precisely, emotion systems involve neural circuits that are activated by eliciting conditions. ...  Eliciting conditions may be external or internal and they may result from perceptions, memories, or imaginations, sometimes called 'simulations'." (p. 516, emphais in original)
"Eliciting conditions lead to a variety of outcomes. These fall into three broad categories: physiological, actional, and expressive." (p. 517, emphasis in original)

physiologicalなものとは、心拍数の変化などが該当します。actionalなものとは実際の行動、expressiveなものとは泣くことなどが該当します。なお、emotionが具体的に何らかのトーンを持ったものがfeelingとされています。

次にstyleの定義です。著者は論文の前半では以下のようにstyleを定義しています。

"Style is a distinctive pattern in features in one constructed level that are not determined by features at a lower level. Specifically, plot or emplotment is the selection and ordering of events and situations from the story world. Insofar as the ordering of events is not determined by the story world, we make speak of recurring patterns in that ordering as 'style of emplotment'. Similarly, insofar as diction is not determined by either discourse or story world, we may say that there is 'style of diction'." (p. 519)

しかし、美の特性は予期しないようなパターンだけでなく、プロトタイプへの接近によっても生じるという先行研究(視覚芸術の研究です)に基づき、上のように定義しなおしました。

"style is a distinctive pattern in features or a distinctive prototype approximation in one constructed level that is not determined by features at a lower level. Alternatively, we may simply consider prototype approximation to be a sort of pattern in which the patterned features are categorised as a single object." (p. 525)

なお、著者は「物語世界<談話(プロット、語り)<言語表現」の順で上位の階層になると考えています。

●感情文体論と神経科学の関係性

emotional stylisticsと神経科学は、文学作品への反応を神経科学的に調査する際に最も直接的に連携することになります。しかし、文体論研究者にとって脳機能調査用の器具の使用は様々な意味で困難です。ただし、間接的にも以下のような形で両分野は連携すると著者は述べています。

"Insofar as neuroscientific and related research establishes a general pattern in human emotion or cognition, we can assume that the general pattern applies to emotion or cognition regarding style, unless we have reason to believe otherwise." (p. 518)
"The second use of neuroscience is, roughly, analogical extension." (p. 518)

●文学と感情

著者によると、まず物語世界というレベルで生起するemotionとして、sustaining emotions(特定の作品を読み続けるための感情)と、outcome emotions(読解の最後から読解終了後にかけての感情)があるとしています。両者はともに感情移入的です。また、前者に典型的なものとしてattachment、sexual desire、anger、hatred、prideなどが挙げられていました。

次に談話レベルとしてプロットと語りに関連する感情が説明されています。まず、プロットではストーリーに関する知識とストーリーの予測可能性という2つの事柄を基軸として、典型的にはsuspense、curiosity、surprise、などが生起するとしています。また、語りに関しては、登場人物が語り手を務める場合は、普通の感情的反応が生起することになります。さらに、このことに加えて信頼できるかできないかという感情も生起します(この感情は、感情移入的ではありません)。

最後に、作品を人工物としてとらえる際に生起する感情(artefact emotion)についてもまとめられています。著者は、"For our purposes, the most important form of artefact emotion is aesthetic, prominently the feeling of beauty, although also the feeling of sublimity." (p. 523) と述べ、この感情こそが文体への反応であるとしています。

著者は関連する先行研究をレビューし、次のような考えを提示していました。

"Thus the aesthetic response to beauty appears to be, first of all, a matter of reward response to unexpected patterning, including prototype approximation. This response bears primarily on style in the sense of features at one level that are not determined by features at some embedded representational level - thus prominently language or visual properties, to a lesser extent narration, and so on. This initial response is supplemented by empathic attachment feelings." (p. 525)

なお、著者は実際に作品内の特定の特徴に関してどのような感情を感じるかは、人、時、場合によって異なるとしています。しかし、この分野はその中でも何らかの傾向性等がないかどうか、あるとすればそれはどのような傾向なのかということを調査していくことが必要であるとしています。論文の最後の部分では、この論文で示した枠組みをもとに、著者自身がある作品を視聴している際に感じた感情が分析されています。

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2015年5月 3日 (日)

H.Nesi&K.H.Tan(2011).「The Effect of Menus and Signposting on the Speed and Accuracy of Sense Selection」を読む(『International Journal of Lexicography』)

EFL学習者の英英辞典の検索について実証的に調査がされています。

Nesi, H., & Tan, K. H. (2011). The effect of menus and signposting on the speed and accuracy of sense selection. International Journal of Lexicography, 24 (1), 79-96.

概要

この論文の主な結果は以下の通りです。調査方法等はこの論文を直接ご参照ください。

  1. サインポスティングの有無とサインポスティングの位置は意味の検索スピードに影響を与えなかった。
  2. サインポスティングの種類(メニューとショートカット)は検索の正確さに影響を与えないが、ショートカットの方がメニューよりはやや効果があるようであった。
  3. 外国語の熟達度は検索の正確さと相関する傾向があるが(弱いが正の相関)、検索のスピードとはそのような関係は見られなかった。
  4. 各語句で、最初と最後の意義は検索の正確性が高く、スピードも速かった。そして、最初のものよりも最後のもののほうが検索しやすいようであった。
  5. 辞書項目の記載の長さは辞書検索の正確さに影響を与えなかった。
  6. 定義の長さと検索のスピードの間には正の相関が確認された。
  7. 形容詞で検索ミスが多く、逆に名詞は正確に検索される傾向が高かった。

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