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2015年1月30日 (金)

M.A.K.Halliday(1979).「'The Teacher Taught the Student English': An Essay in Applied Linguistics」を読む(M.A.Jazayery,E.C.Polumé,&W.Winter(編),『Linguistics and Literary Studies in Honor of Archibald A. Hill: IV』,Mouton)

"The teacher taught the student English." という文を5通りに分析し、その分析結果から言語教育の在り方(教授法)について整理をするというかなり変わった趣向の論文です。

Halliday, M. A. K. (1979). 'The teacher taught the student English': An essay in applied linguistics. In M. A. Jazayery, E. C. Polumé, & W. Winter (Eds.), Linguistics and literary studies in honor of Archibald A. Hill: IV: Linguistics and literature / sociolinguistics and applied linguistics (pp. 233-242). The Hague, Mouton.

概要

著者は、言語学は言語教育に対してどのように貢献できるかということについて考えており、この論文ではThe teacher taught the student English. という文を言語分析し、そこから言語(英語)教育はどのような形態を取り得るのかを議論しています。著者によると、この文は次の5通りに書き換えることが可能だと述べています。この文の各要素をどのように解釈し、それぞれをどのようなプロセスとみなすかによってかなり違ってくることが分かります(言語分析自体についてはこの記事では省略します)。

(1) The teacher imparted English to the student.
(2) The teacher instructed the student in English.
(3) The theacher caused the student to learn (study) English.
(4) The teacher enabled the student to come to know English.
(5) The teacher enabled the student to become a speaker of English.

各分析に基づいた指導法の整理に関しては、この記事では省略したいと思いますが、(1)などは伝統的な知識伝達型の指導法、(3) (4) (5) などになっていくと、学習者主体の指導法という形になっていきます。

とはいえ、著者は最後に次のような注意書きを示しています。

"It is quite likely however that really effective language teaching is not tied methodologically to any one interpretation of the teaching process or of the learning process. Learning a language is a complex and demanding task which needs to be understood not only in psychological but also in sociocultural terms; it is not by any means the same task to all learners, and in a class of thirty students there will probably be thirty different ways or styles of learning. It would be surprising if any one conception of the process was equally suited to all." (p. 241)

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2015年1月29日 (木)

A.Akyel&E.Yalçin(1990).「Literature in the EFL Class: A Study of Goal-Achievement Incongruence」を読む(『ELT Journal』)

トルコで高校英語教師(22名)と高校2年生英語学習者(150名)を対象に、文学を使った英語教育に関するアンケートを実施し、その結果が報告されています。

Akyel, A. & Yalçin, E. (1990). Literature in the EFL class: A study of goal-achievement incongruence. ELT Journal, 44 (3), 174-180.

概要

この論文で述べられている内容は以下の通りです。

(1) 調査結果報告

(2) 文学を使った英語教育に関する提言

●調査結果報告

この論文で報告されていた事柄は以下の通りです。

(1) 教師は "a. to broaden students' horizons by giving them a knowledge of the classics of literature; b. to improve student's general cultural awareness; c. to stimulate student's creative and literary imagination and to develop their appreciation of literature; d. to introduce students to masterpieces in British and American literature as an educative experience, and to add to students' knowledge of the world at large." (p. 175) といった目的を持っている一方、the development of language competenceといった目標を掲げたものは少なかった(第2の目標として、language-based approachを使って高度なoral and written competenceを習得することが必要だと述べる教師はいた)。また、文学は芸術と言語材料の両方の観点から扱うべきであるという主張をしていた者もいたものの、どのような指導法によってこのことが可能となるのかという点に関しては自信がないようであった。さらに、学習者は大学での高度に学術的な内容に対応できる英語力を身に付ける必要があり、文学の使用はこの目的には合わないと主張した教師もいた。
(2) 学習者は言語技能と文化意識を高揚させる文学教材としては小説が最良だと感じており、ドラマは口頭表現や英語使用における自信を向上させる上で最適と感じていた。その一方で詩と短編小説は、教師がその魅力や貢献度を十分に学習者に伝えられるような場合を除いては、役に立たない教材だと感じていた。
(3) 学習者は、言語的または文化的に難しい教材は言語学習には役に立たないと感じており、感情や態度などの面で最も入り込めるような教材が最も効果的であると感じていた。
(4) 教師は、教師主導型の活動を多用しているが、学習者は読解力の向上には有用と考えているものの、口頭技能や英語への自信、ライティングなどはこのようなタイプの指導では向上を見込めないと感じていた。
(4) 教師は、学習者は自身の知性の高さとそれを英語で表現する能力の間、言語力とそれを論理的なエッセーに仕上げる経験の間、にギャップを感じているのではないかと感じていた。
(5) 学習者は文学作品を扱う中で言語技能の向上という面を重視してほしいと感じており、さらに文学作品の解釈に関して議論やディベート、文章作成といった活動を取り入れてほしいと感じていた。また、雑誌や新聞など様々なジャンルの教材を扱ってほしいとも感じていた。

著者らは上記の結果を踏まえ、トルコの中等教育における文学を使った英語教育に関して以下のような問題点があると指摘しています。

(1) "a careful analysis of learner needs is usually neglected"
(2) "there is limited use of communicative language teaching methodology which brings to the foreground learner-learner interaction"
(3) "students' attitudes and goals in terms of linguistic and literary competence are not given due importance in curriculum design." (p. 174)

●文学を使った英語教育に関する提言

著者らは、以下のことを提言として挙げています。

(1) 様々なテクストを指導に取り入れること(学習者がそれほど重要性を感じていない短編小説なども)
(2) 課外で多読をさせること
(3) 文学作品をその他の談話タイプの文章と常に関係づけながら指導すること
(4) テクストの内容に関して学習者の背景知識を活性化させて指導にあたること
(5) 言語構造およびテクストの修辞構造に関する学習者の意識を向上させること

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2015年1月26日 (月)

関戸冬彦(2011).「英語教材としての文学作品の可能性-ヘミングウェイ作品の場合-」を読む(『横浜国立大学大学教育総合センター紀要』)

ヘミングウェイの作品を使って並び替えをさせるという活動の実践報告がなされています。

関戸冬彦(2011).「英語教材としての文学作品の可能性-ヘミングウェイ作品の場合-」.『横浜国立大学大学教育総合センター紀要』,1,28-35.

概要

ヘミングウェイはどの大学英語教科書に掲載され、さらに文体論で研究者の興味を引いてきたことが指摘されています。また、「「文学作品を教材として扱うな」という裏には、一字一句訳すだけの旧態然とした工夫のない授業、という考えがあり、そうした授業は好ましくないという警告に思える」(p. 29)という指摘は非常に鋭く、なるほどと思いました。

著者はライティング指導の一環として、ヘミングウェイの作品中の文を並び替えさせる活動を行っています。興味深いのは、作品の解釈は行わないという点でした。文学作品を英語教育に用いる場合、ある意味教師は一歩引いて指導する勇気を持つことが重要なのだと考えさせられました。著者は「まずナラティヴというスタイルの紹介、その一例として文学作品の存在を紹介、そしてそれを実際に読み考えることを体感する」(p. 33)ということをこの実践のポイントと考えています。なお、著者によると、学習者はそれまでの受験勉強の影響でかなり論理的に(論理、指示代名詞、接続詞の整合性に基づいて)このタスクをこなそうとしていたとのことです。各グループで文の順番を考えさせたり、学生が作成したものと本物を見比べさせてどちらが原作か考えさせる、といった活動がなされています。この活動を通して、学生は何回も本文を精読し、辞書も積極的に引いて、相手を説得しようとしていたとのことでした。

なお、ヘミングウェイの作品にはGraded Readersがないという点は知りませんでした。とても意外に思いましたが、版権等の問題でこのような事態が生じているとのことでした。

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R.Elliott(1990).「Encouraging Reader-Response to Literature in ESL Situations」を読む(『ELT Journal』)

The University of BruneiのBA in TESL programで、文学を使って授業を行った際の実践報告(言語技能を育成するためのLanguage Developmentという必修科目の一部として実践したものの報告)となります。学習者の作品への反応を重視した実践となっています。

Elliott, R. (1990). Encouraging reader-response to literature in ESL situations. ELT Journal, 44 (3), 191-198.

感想

著者は、文学を使った英語の授業では、学習者の文学能力(literary competence)を伸長させなければならないと主張しています。そして、そのためには、伝統的な "the transmission of knowledge approach" でも文体論が行っている "the linguistic analysis approach" でもだめで、間主観的に意味を構築していくようなprocess-basedなアプローチでなければならないと述べています(p. 192)。

著者はこのような考えを背景として、2つの授業実践を報告しています。1つは、Lord of the Fliesを用いた即興劇&ロール・プレイの活動です(作品が扱っているのと似た状況を設定して劇を作っていく、など)。もう1つは、Animal Farmを用いたcreative writingの実践です(登場人物の1人になったつもりで作文をする、など)。

著者は、文学作品は学習者の動機づけを高め、かつ他のジャンルよりもrichな学習教材であると述べています。ただし、これらの効果は学習者が文学作品の理解にちゃんと従事していなければ得られることは期待できず、著者はこの論文で提唱したような活動が有意義であると述べています。また、richな学習教材であるという点に関しては、"If students can gain access to this material by developing literary competence, then they should effectively internalize the language at a very high level." (p. 198) と述べていました。

最後に受講生の感想が紹介されています。受講生は非常に高度な英語力が要求されたにもかかわらず、この実践を非常に有益と感じていたそうです。また、他の科目よりも知的に負荷が少なく、プレッシャーもなかったが、いろいろなことを創造的に考えさせるよい機会となったと感じていたとのことでした。

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2015年1月20日 (火)

R.Mackay(1992).「Lexicide and Goblin-Spotting in the Language/Literature Classroom」を読む(『ELT Journal』)

文学を使った英語教育でcloze procedureを用いることの問題点を指摘している論文です。

Mackay, R. (1992). Lexicide and goblin-spotting in the language/literature classroom. ELT Journal, 46 (2), 199-208.

概要

著者は、文学を使った英語の授業(または文学の授業)でCLT関係の指導技術が応用されることを非常によいことと評価する一方で、特に詩に関してcloze procedureを用いることには大きな問題点があると主張しています。

なお、cloze procedureを文学作品に応用することを擁護する立場としてvan Peer (1989) によるものがあります。van Peerは、文学作品の読解では読者は「空所」(Iser的な意味です)を埋める必要があり、テクスト中に明示的に作られた空所に入る語を考えることは、このことの訓練になると考えています。

このような立場に対して、著者は次のように反論しています。

(1) cloze procedureによって作られた空所を埋める作業は、文学作品の「空所」を埋める作業とは全く別である。また、同じcloze procedureによって空所が作られたとしても、論説文と詩ではその空所に入る語を考えることは全く別の作業である(著者は、論説文等ではcloze procedureは有益に機能すると考えています)。
(2) 文学作品では、それぞれの語が多面的な観点から選択されており(論説文等で語の選択を統括しているのはsemantico-grammatical appropriacyですが、文学作品ではまったく別の基準が機能しており、その基準のことを著者は "goblin" と呼んでいます)、その空所に入る語としてどのような語がよくて、どのような語が他に可能で、どのような語が間違っているか、ということは、素人である教師には判断できず、生徒の答えに対しても適切に対処できない。

著者は、Ted Hughesの "Slump Sundays" という作品を例に取りながら、作家の弁も引用し次のように述べています。

"For Ted Hughesm then, each time we, as teachers, remove words from a poem, insert words into a poem, substitute words in a poem, disrupt the sequence of words in a poem, etc., we are aiding and abetting the possibility of lexicide - of words killing each other - and increasing the probability of bad poetry. It is this aspect of literature that users of literature are often unaware of, simply because they are not producers of literature. By using literary texts in this way, by treating them as though they were similar to newspaper editorials we are, in our ignorance, effectively destroying the very quality that made us choose literature in the first place." (p. 205, emphasis in original)

なお、著者はここでの議論に関して、"Indeed, I believe that what I am going to say about the use of cloze applies not only to completion activities but also to activities involving the replacement of certain elements of a text and the ordering of elements in a text." (p. 199, emphasis in original) と述べています。

現在では、文学作品におけるcloze procedureの使用は、学習者に自己表現の場を与えるという目的で擁護されると思いますが、同時にこの論文で主張されていることもしっかりと認識しておくことが必要だと思います。

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2015年1月18日 (日)

M.Short,D.McIntyre,L.Jeffries,&D.Bousfield(2011).「Processes of Interpretation: Using Meta-Analysis to Inform Pedagogic Practice」を読む(L.Jeffries&D.McIntyre(編),『Teaching Stylistics』,Palgrave Mcmillan)

著者らは2006年のPALA国際大会で、Peter Sansomの "Mittens" という詩を使ってワークショップを行いました。そして、参加者(参加者は文体論の専門家となります)に、その作品の第一印象を記述させたり、グループワークでその作品の意味を考えさせたりしたそうです。この論文では、その時に参加者から収集した記述がデータとされ、コーパス分析がなされています。

Short, M., McIntyre, D., Jeffries, L., & Bousfield, D. (2011). Processes of interpretation: Using meta-analysis to inform pedagogic practice. In L. Jeffries & D. McIntyre (Eds.), Teaching Stylistics (pp. 69-94). Basingstoke: Palgrave Mcmillan.

感想

この論文では、ワークショップの参加者の第一印象や意味解釈についてのコーパス分析がなされ、この作品について持つイメージのカテゴリー分けがなされています。次に、reading、read、interpretation、topic、theme、といった語が参加者によってどのような意味合いで用いられているのかコーパス分析がされています。この論文で報告されていた主な事柄は以下の点です。

(1) 解釈について様々な専門的議論がされているが、無意識のうちに参加者は、テクストの意味はテクストの中で発見されるのを待っているという(伝統的)立場で詩を読んでいる(p. 75)
(2) 解釈の多様性について指摘する研究が多い中、この研究では、多くの読者の解釈には共通点が見られた(p. 77)
(3) 文体論の専門家であっても、自身の読解においては、topic、theme、reading、interpretation、personal responseといった語を区別せずに用いている(p. 90)

著者らは、特に (3) に関して、"we need to help our students to understand these concepts, and their interrelations, more explicitly if they are tu use them with confidence and precision." (p. 90) と述べていました。

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2015年1月13日 (火)

W.van Peer,S.Zynvier,&A.Chesnokova(2011).「Learning Without Teaching: Literature and the REDES Project」を読む(L.Jeffries&D.McIntyre(編),『Teaching Stylistics』,Palgrave Mcmillan)

文体論で近年注目を集めているthe REDES Projectの背景、現状、課題がまとめられています。

van Peer, W., Zynvier, S. & Chesnokova, A. (2011). Learning without teaching: Literature and the REDES Project. In L. Jeffries & D. McIntyre (Eds.), Teaching Stylistics (pp. 109-123). Basingstoke: Palgrave Mcmillan.

感想

ドイツ、ウクライナ、ブラジルの3か国間(各著者が勤務する大学間)で、学生主体の研究プロジェクトをさせ、そのプロジェクトを通して文学研究の方法論を学生に(主体的な形で)学ばせるというthe REDES Projectについての概要が紹介されています。学生が次々と主体的にプロジェクトを立ち上げ、その成果を発信しているという報告は読んでいてとても爽快です。このプロジェクトは、以下のような文学研究の問題点を克服する目的で立ち上げられています。

"the state of the art in literary studeis is particularly precarious: students are hardly confronted with research, staff are hardly aware of methodological issues, and gradation occurs without students ever having taken part in original investigations." (p. 112)

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