« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月27日 (木)

M.Burke(2010).「Rhetorical Pedagogy: Teaching Students to Write a Stylistics Paper」を読む(『Language and Literature』)

文体論入門期教育における期末レポートの書き方指導に関する論文です。

Burke, M. (2010). Rhetorical pedagogy: Teaching students to write a stylistics paper. Language and Literature, 19 (1), 77-98.

感想

オランダのRoosevelt Academyでの文体論(英語)の授業におけるレポート指導の実践報告です。この大学では、文体論は2年次開講の授業だそうです。受講者は全員1年次に古典修辞学を履修しており、著者は古典修辞学での学習事項を文体論のレポートの書き方の説明書に適宜取り入れています。学習者は18名のオランダ人で英語を母語とするものは1人もいなかったそうです。

著者は、この説明書きが学習者に役に立ったかどうかを後の自由記述式のアンケートで尋ねています。アンケート結果によると、著者が作成した説明書きが役立ったという学習者もいた反面、戸惑いを感じた者もいたそうで、その効果についてははっきりとしたことは言えないというものでした。

文体論の説明書きはほぼそのままの形で論文内に掲載されており、学習者の自由記述もそのまま掲載されています。自身の授業でのレポート指導にも役立てられそうな箇所があり、とても勉強になりました。また、海外の文体論の授業ではどのようなパフォーマンスが求められるのかということについても垣間見ることができます。

| | コメント (0)

2014年11月20日 (木)

M.C.Yáñez Prieto(2010).「Authentic Instruction in Literary Worlds: Learning the Stylistics of Concept-Based Grammar」を読む(『Language and Literature』)

スペイン語を外国語として学ぶ学習者に対して、文体論のrewritingを実践することで学習者に意味理解に基づいた文法知識の発達を促しています。なお、理論的背景として、SLAから社会文化理論、言語学から選択体系機能文法と認知言語学が援用されています。

Yáñez  Prieto, M. C. (2010). Authentic instruction in literary worlds: Learning the stylistics of concept-based grammar. Language and Literature, 19 (1), 59-75.

概要

この論文では以下の事柄が議論されています。

(A) アメリカの大学外国語教育の問題点

(B) 本調査の説明

●アメリカの大学外国語教育の問題点

著者によると、アメリカの大学では、"the mainstream undergraduate FL curriculum in American Universities appear to be markedly divided between the lower language-focused level and the higher literature/content-oriented stage." (p. 61) という問題点があるそうで、言語、文化、文学を統合するようにMLAが各学部に要請を出しているとのことです。このような現在のアメリカの二重構造的カリキュラムの結果、以下のような問題が生じていると著者は述べています。

(1) "'authentic' communication is typically construed as oral interaction for the accomplishment of 'practical' goas in the target culture, to the detriment of literary and linguistically-focused instruction, which is typically viewed as less 'authentic' or 'real'. (p. 62)

(2) "issues of style, genre, register, the-literary-to-the-non-literary cline, linguistic creativity, and conceptual knowledge are, at the advanced level, usually relegated at best to a marginal role." (p. 62)

(3) "Contrary to high linguistic expectations in the advanced courses, learners may end up with unhelpful ways of thinking about grammar, literature and FL learning as a result of their acculturation into this largely piecemeal view of language." (p. 62)

(4) 学習者が意味と形式を対立概念的に捉えてしまっている

(5) 学習者が日常言語と文学言語を対立概念的に捉えてしまっている

(6) 学習者が話し言葉と書き言葉を対立概念的に捉えてしまっている

(7) 学習者が "the typical concepturalization of language as a repertoire of segregated items ... governed by restrictive sentence-based rules of thumb and their exceptions" (p. 64) という言語観を持ってしまっている(学習者は無意味で形式的な言語選択に捕われてしまっている)

●本調査の説明

本調査は第6セメスター在籍中の学習者に対して行われました。学習者には授業の中で "the transformation of literary and non-literary texts through cenceptual, semantic explanations of grammar provided in class" (p. 60) が実施され、短編小説、詩、ニュース、占い、ジョーク、eメール、広告、年代記、ドラマの台本など様々な教材が使用されました(ただし、メインの教材は短編小説と詩です)。今回の分析では、調査参加者に課された作文、学習記録、教師との面接、ポートフォリオなど幅広いデータがソースとして用いられています。

調査結果によると、学習者は、当初は、伝統的な外国語教育の影響から、作文においてテクストのジャンルを無視して同一のテクスト構造を押し付けようとしてしまったり、個人的意味が全く文章に含まれていなかったり、文脈等を考えることなしに文法項目を法則的に使用してしまったりという行動がよく見られたそうです。しかし、文体論に基づいた指導によって徐々に意味的で柔軟な文法知識を持つことができたことが報告されていました(ただし、その効果があまり見られなかった学習者もいたとのことです)。

著者は結論として以下のようにまとめていました。

"While traditional rule-based knowledge of language is likely to thwart learners' attempts to construct meaning in texts, it seems that a stylistics-inspired pedagogy of literary and non-literary texts offers authentic opportunities for the development of the analytical, critical, creative knowledge necessary to deal with how real-life language functions." (p. 73, emphasis in original)

| | コメント (0)

2014年11月18日 (火)

T.S.Eliot(1919/1997).「Hamlet and His Problems」を読む(『The Sacred Wood: Essays on Poetry and Criticism』,Faber & Faber)

シェイクスピアの『Hamlet』を失敗作と指摘し、その根拠として客観的相関物という概念を提案したことで有名な論文です。

Eliot, T. S. (1997). Hamlet and his problems. In The sacred wood: Essays on poetry and criticism (pp. 81-87). Faber & Faber. (Original work published 1919)

概要

著者は批評という行為に関して、J. M. Robertsonの弁を引用しながら、芸術作品は解釈不能であり(解釈すべきものは何もないとも述べています)、批評ができることと言えば、基準に基づいてある芸術作品を他の芸術作品と比較することで批判することだけであると述べています(著者にとって、解釈とは読者が知らないような歴史的事実を提示することだそうです)。それに対して、多くの批評は『Hamlet』を解釈しようとしてきたと述べます。著者によると、このような多くの批評は、『Hamlet』は実は過去の作品にシェイクスピアが手を加えたものであるということを見逃していると指摘します(多くの批評は、作品全体をシェイクスピアの意図によるものとみなしている感があるとのことでした)。著者は、『Hamlet』は、Thomas Kydの『Spanish Tragedy』、このKydの作品の元になったと考えられるBelleforestの物語、さらにシェイクスピアが生きている間にドイツで演じられていたという類似の作品からなる多層体とみなさなければならないと述べています。

著者によると、これら3作品でのHamletは行動の動機は単なる復讐であり、一連の行動及び復讐の遅延は君主が護衛に囲まれていたこと(つまり君主を暗殺することが難しかったこと)に起因していると述べます。さらに、Hamletの狂気は、自身に疑いの目が向けられないようにするためのものであり、目的と行動が合致していたとも指摘しています。

それに対して、Robertsonは、シェイクスピアのHamletは、復讐以上に「母親の罪が息子に及ぼす影響」が重要なテーマとして前面に押し出されていると指摘しています。しかし、この変更は十分に首尾一貫した形で作品に反映されていないとしています。また、Hamletの狂気は疑いの目を深める形になってしまったり(この変更は納得のいく形で行われていないとのことです)、詩文のスタイルが首尾一貫していなかったりという手落ちも見られるとのことです。Robertsonは、シェイクスピアはこの新たなテーマを種本の材料にうまくかぶせることができなかったと結論づけています。

著者もRobertsonの主張に賛同しており、『Hamlet』を "So far from being Shakespeare's masterpiece, the play is most certainly an artistic failure" (p. 84) と述べています。その具体的な根拠として、腑に落ちなかったり不安定な部分がある、余分で一貫性に欠ける場面が放置されている、詩文が不安定である、といった問題点があると述べられています。さらに、この作品は技巧も思想も不安定であり、『Measure for Measure』同様に問題作と指摘しています。著者は、『Hamlet』に関して言えば、芸術作品だから面白いと思った人よりも、面白いから芸術作品と思った人が多いのではないかと推察しています。

著者によると、シェイクスピアが引っ張り出した「母親の罪が息子に及ぼす影響」というテーマに起因する感情が反映されている部分を作品中に見出すことは非常に難しいそうです。そこで、芸術の形式で感情を表現する唯一の方法として「客観的相関物の発見」について説明がなされます。著者は客観的相関物を以下のように説明しています。

"in other words, a set of objects, a situation, a chain of events which shall be the formula of that particular emotion; such that when the external facts, which must terminate in sensory experience, are given, the emotion is immediately evoked." (pp. 85-86, emphasis in original)

例えば『Macbeth』などでは、感情と事物との照応は完全に充足しているそうなのですが、『Hamlet』ではこのことが欠けていると著者は述べています。著者は以下のように述べています。

"Hamlet (the man) is dominated by an emotion which is inexpressible, because it is in excess of the facts as they appear. And the supposed identity of Hamlet with his author is genuine to this point: that Hamlet's bafflement at the absence of objective equivalent to his feelings is a prolongation of the bafflement of his creator in the face of his atristic problem. Hamlet is up against the difficulty that his disgust is occasioned by his mother, but that his mother is not an adequate equivalent for it; his disgust envelops and exceeds her. It is thus a feeling which he cannot understand; he cannot objectify it, and it therefore remains to poison life and obstruct action. None of the possible actions can satisfy it; and nothing that Shakespeare can do with the plot can express Hamlet for him. And it must be noticed that the very nature of the données of the problem precludes objective equivalence. ... it is just because her character is so negative and insignificant that she arouses in Hamlet the feeling which she is incapable of representing." (p. 86, emphasis in original)

そこでシェイクスピアは「狂気」という逃げ道に手を出したと著者は指摘します。著者によると、ハムレットがはしゃいだり語句を繰り返したり、しゃれを言うといった行動は計略ではなく、単に気分の紛らわせにすぎないと指摘します。著者は、このような一連の行動は、"In the character Hamlet it is the buffoonery of an emotion which can find no outlet in action" (p. 87) であり、作者であるシェイクスピアにとっては "in the dramatist it is the buffoonery of an emotion which he cannot express in art" (p. 87) と指摘しています。 著者は、芸術であれば、対象を持たなかったり、対象を上回るような感情であったとしても "the atrist keeps it alive by his ability to intensify the world to his emotions" (p. 87) と述べています。そして、シェイクスピアはまさにこの点において失敗していると著者は指摘しています。

結論として、著者はシェイクスピアは自分の手に余る問題に取り組んでしまったと述べます。なぜシェイクスピアがこのようなことを行ったのかということは解決不能の謎としています。そして、批評はシェイクスピア自身が理解しなかったことを理解しなければならないと結んでいました。

| | コメント (0)

2014年11月16日 (日)

S.Zyngier(1999).「The Unheard Voices: A Reader Model for Students」を読む(『Language Awareness』)

外国語学習者も批評家と同等な文学読者として扱うための読者モデルが提案され、かつZyngier (1994) で提案されたLiterary Awarenessについてより具体化された構想が提示されています。

Zyngier, S. (1999). The unheard voices: A reader model for students. Language Awareness, 8 (1), 30-37.

なお、Literary Awarenessについては以下の記事も参照のこと

Zyngier (1994):
http://takayukinishihara.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/szyngier1994int.html

Zyngier, Fialho, & do Prado Rios (2007)
http://takayukinishihara.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/zyngier-fialho-.html

概要

この論文では以下の2点が議論されています。

(A) The Projected Reader Modelの提示

(B) Literary Awarenessの構想の提示

●The Projected Reader Modelの提示

著者はまずWeimann (1975) に基づきながら、これまでの読者モデルの問題点を以下のように述べています。

"Criticism to many of these models come from Weimann (1975), who very early on argued that they were unable to answer questions such as: who is behind an abstration like the reader? Which segments and class of population and at what stages of economic, social and cultural history are we referring to? In addition, these studies do not account for the reader of literature in a foreign language." (p. 32)

そこで、著者はthe student of literatureも批評家と同等に扱うための読者モデルであるThe Projected Readerを提案します。このモデルの背後には以下のような前提があります。

(1) "the literary experience is an effort of aesthetic communication which answers the pragmatic need of a literary producer (the writer) who uses a literary medium (Schmidt, 1982) to affect another producer of meaning (the reader)." (p. 32)

(2) "In the wake of producing this kind of communication, pleasure is derived and the imagery is exercised. And this is where our educational focus should be concentrated." (p. 32)

(3) "the perception of textual evidence depends on cultural factors. Readers rely on their mental schemes and processing strategies and these are culturally bound and textually independent (Cook, 1994). As a consequence, interpretation becomes context-dependent." (p. 32)

(4) "Even if a reader does not belong to a culture different from the one in which the text has been produced, elements of variation will be added to the response but may not necessarily invalidate it." (p. 32)

(5) "Variation in meaning does not necessarily lead to chaos if variation occurs within certain limites. These limites are established by textual language. The relevance and the pertinence of an interpretation are guaranteed by textual cues. What occurs is that different readers will perceive different textual clues and this accounts for one of the major strengths of the literary text: its polysemy." (pp. 32-33)

(6) "any evaluation or criticism must involve the reading of the text as an initial stage. What varies is the level and the context where one begins this initial stage." (p. 33)

(7) "meaning is constructed from the reader's contact with the text." (p. 33)

(8) "evaluative and critical texts are constructs of experiences of one's readings. ... different interpretations are but different renderings of the text." (p. 33)

また、この記事では省略しますが、なぜ批評家や教師の解釈が権威を持っているのかということについても簡単に議論がされています。

さて、以上の前提をもとに著者は文学読解を次のようのものと捉えます。

(1) "readers can only assume what this writer intended to mean. Thus, all interpretations are constructed models built upon assumptions from the text." (p. 33)

(2) "In the literary act both reader and writer are in a constant dialogue with their inner selves to check how they stand in relation to the world, in an attempt to understand the relevance of their role in it." (p. 33)

(3) "both the acts of writing and reading depend on a hypothetical participant consisting of a cluster or a set of assumptions established by the text, which reflect both those assumptions of the author, and their reconstruction by each of the readers. This virtual cluster is what I call the Projected Reader. The Projected Reader cluster is a virtual reality." (p. 34, emphasis in original)

(4) "the individual may proceed by comparing the projected image and work to meet this projection. The written text then mediates the interaction between:
・the actual reader and his or her projection;
・the real writer and his or her projected reader."(p. 34)

(5) "This mediation is signalled by linguistic elements chosen by the writer and picked out by the reader. The reader projected by a individual can be revised according to negotiations the real reader carries out with the text. Thus, the Projected Reader cluster results from a momentary merge of assumed projections by the actual reader and by the writer" (p. 34) 

著者は本論文p. 35にThe Projected Reader Modelを提示しています。

●Literary Awarenessの構想の提示

著者によると、これまで文学教育の領域で研究がなされてきたにもかかわらず、文学現象に敏感な学習者はほとんど育成されなかったとしています。そして、著者が構想するLiterary Awarenessとは、"to promote the acquisition of skills that allow the students to perceive how language is patterned for artistic purposes" (p. 35) を目的としています。著者自身は、"By Literary Awareness I mean the process by means of which students perceive the effects produced through the verbal patterning and the creative manipulation of language, before they can build substantiated readings of a text." (p. 31) と定義しています。著者は以下のような構想を提示しています。

"A course on Literary Awareness is based on three stages: (1) perceiving and understanding; (2) creating; (3) thinking critically. In such a course students deal with a series of stylistic patterns, the effects of which they should be able to account for in a substantiated way. Besides reading and interpreting, a course on Literary Awareness involves textual intervention as a means to encourage students to focus on experimentation and reflection. In addition, the course has a metagocnitive orientation materialised in evaluation essays students write for each class. In these essays they are expected to produce a critial account of what they've learnt and discuss its relevance to their leaning experience. In all the activitis, the students are informed of what they are doing and why, so that they may develop a capacity to make informed decisions about their learning." (p. 35)

このことに関して更に著者は以下のような教育観を示しています。

"The focus of literary education should shift from meanings produced to the process of reading." (p. 33)

"The focus should be on leaning how to interrogate, rather than how to solve." (p. 36)

また、この記事では省略しますが、Literary Awarenessで教師に求められる事柄のリスト化もされています。

| | コメント (0)

2014年11月12日 (水)

M.Kim(2004).「Literature Discussions in Adult L2 Learning」を読む(『Language and Education』)

上級ESL学習者(国籍はばらばらです)を対象に行ったliterature circleの中で、学習者がどのような形でテクスト理解に従事しているのか、この活動がどのように第2言語習得に貢献すると考えられるのか、ということが調査されています。文学を使った英語教育研究の中では、教室ベースの実証的研究としてよく引用される論文です。理論的基盤として読者反応理論が用いられています。教材としては、L. Andersonの「Snake」という短編小説と、L. Landvikの『Welcome to the Great Mysterious』が用いられています。

Kim, M. (2004). Literature discussions in adult L2 learning. Language and Education, 18 (2), 145-166.

概要

著者はまず、"What evidence is there in literature discussions that students do in fact 'emotionally and intellectually participate in the text more fully', as reader response theory claims?" (p. 151) という問いに関して検討します。Eeds & Wells (1989) の枠組み(a framework for describing the meaning-making process in literature discussions)を発展させる形で、literature circle内の討議の中から以下の5つのプロセスを抽出しています。

(1) literal comprehension

(2) personal connections

(3) cross-cultural themes

(4) interpretation

(5) evaluation of the literary work

この記事では省略しますが、論文中ではそれぞれ、実際の調査参加者のやり取りが引用された上で解説がなされています。ですが、上記 (3) に関して、作品中でキスをする場面(最初のデートでキスをする場面)があり、キスのタイミングは早いかどうか、各国ではどのように考えられるかが意見交換されています。異文化理解というと大仰なことをイメージしますが、このように学習者にとって身近なものから考えていくことが重要だと思いました。

次に、literature circleがどのような形で第2言語習得に貢献するのか考察されています。著者は、literature circleの中で学習者間で交わされた会話は以下の2つの特性を備えていたため、言語習得に有益に機能したのではないかと主張しています。

(1) autnenticity

(2) responsiveness

上記 (1) に関しては以下のように述べられています。

"In literature circules, authentic conversation engaged the students in discussions, offering them opportunities for practicing the target language in a meaningful way." (p. 160)

上記 (2) に関しては、uptakeとの関係で以下のように述べています。

"In this excerpt, students constantly engaged in asking questions and responding to them. In the process, every utterance generated responses in the form of an expanded comment or a related question, building on previous utterances. As shown in the above examples, students' responses were closely linked to one another in a chain and their interactions took place in a very responsive way." (pp. 160-161)

最後に、著者はliterature circleの感想を参加者に尋ねています。それらはいずれも肯定的なものであり、テクスト理解に役立った、読解の楽しさを味わった、literary awarenessが高まった、といったものであったそうです。

また、literature circleの最終日に物語やその物語に関する感情を絵で表すように学習者に指示したところ、様々なものが抽出されたとのことでした(p. 158)。

| | コメント (0)

2014年11月10日 (月)

D.Badran(2012).「Metaphor as Argument: A Stylistic Genre-Based Approach」を読む(『Language and Literature』)

論証的論説文を批判的に読むことができるESL学習者に論証的詩を与えたところ、とたんに批判的に読めなくなったという報告がされています。そして、なぜこのようなことが起こったのか、どのようにすれば彼らが詩に対しても批判的に読むことを助けることができるのか、ということが議論されています。

Badran, D. (2012). Metaphor as argument: A stylistic genre-based approach. Language and Literature, 21 (2), 119-135.

概要

これまでに論証的論説文を読む練習を重ねてきた学習者に、Witi Ihimaeraの "Dinner with the Cannibal" を読ませたところ、"The first reading produced by the students was thus a highly emotional, uncritical (in argumentative terms) and a rather unquestioning, text-as-literature reading. The poem was not read as an argument." (p. 125) という事態になりました。そこで教師は、急遽介入し、学習者にこのテクストは詩であっても論証であるということを注意喚起し、論説文の時と同様の分析(この記事では省略します)を行いながら読むように指導しました。また、この詩は植民地主義を食人風習に喩えて議論をしており、著者はこの作品に含まれている比喩が植民地主義の何を表象しているのかを考えるように指導を行いました。それによって、詩を論証として捉えることはできましたが、その論証構造を批判的に見ることは結局できなかったそうです。

著者は、なぜ学習者は詩に対して批判的に読むことができなかったのかということについて論考します。著者は以下の点をその原因と考えています。

(a) 文学というジャンルが読者に美的見方を取らせてテクストを読むように促す傾向があること(特に作品中の比喩がこの傾向を促しているのではないかというのが著者の考えです)

(b) 比喩は、(1) 読者を論証的側面から引き離してしまう(distancing function)、(2) 比喩は読者に特定の見方に立った意味理解をするようにコントロールしてしまう(controlling function)、(3) 読者が特定の物の見方に立った意味理解を確立する1要因として作者に期待されている(ideological function)、という特徴を持っていること

上記 (a) に関しては以下のように述べています。

"reading parameters are set into 'uncritical' mode, which subsequently implies a focus on the 'creative', 'innovative', 'original' as well as 'complex and opaque' aspects of literature. In line with their expectations of literature as genre, that is, the presumed and generically anticipated aesthetic function of the poem, the readers react through emotions: mainly with disgust, though with different levels of fascination at the power of the text, the symbolisms and descriptions. This genre-based, uncritical, unquestioning reading, I argue, seems to fulfil its main objective as that of experiencing the event and emotions in which the poet is trying to involve the reader." (p. 131)

著者によると、かつては文学作品を論証的に見ることはそれほど難しくなかったそうですが、現在では文学作品に美的機能が強く期待されるようになっており、このようなアプローチが難しくなってきていると考えています。そして、著者は文体論的アプローチがこのことを助けるのではないかと期待を寄せています。つまり、文学作品の中に含まれる弁論術的側面を理解させる上で文体論が有益に機能するのではないかと考えられています。

| | コメント (0)

2014年11月 8日 (土)

M.N.Carminati,J.Stabler,A.M.Roberts,M.H.Fischer(2006).「Readers' Responses to Sub-Genre and Rhyme Scheme in Poetry」を読む(『Poetics』)

Hanauer (1996, 1998) が、読者は書記素論的特徴と音韻的特徴を利用して、詩とそれ以外のジャンルを区別しているということを明らかにしましたが、この論文では音韻的特徴がさらにサブジャンルの判定にも利用されるのかどうかが調査されています。サブジャンルを扱いますので、ある程度の文学経験を持つ読者が調査参加者となっています。調査材料としては、ByronのDon Juan(ジャンル:オッターヴァ・リーマ)とThomas GrayのElegy Written in a Country Churchyard(ジャンル:抒情詩)が用いられています。これらはそれぞれの8行構成がabababcc、ababcdcdという脚韻構造をしており、前半は同じなのですが、後半が異なるという関係になっています。調査では、これらの詩の中から句またがりなどがなく、かつその部分だけで内容が完結するような連(Grayの詩では連続する2連)を選択し、それらを連(Grayの場合は2連)ごとにパソコン上に提示します。そして、7連目までは同じ作品の連が提示されますが、8連目はもう一方の作品の連が提示されます。1-7連目の反応と8連目の反応を比較することでリサーチクエスチョンの検討が試みられています。調査参加者は、慣れによって1-7連目では徐々に読解速度が速くなってくると予想されますが、それが8連目でどうなるのかが調べられています。なお、調査参加者は、自分のペースでテクストを読む(読み終わったらキーボードを押す)形で調査が実施されています。読解終了後には読んだテクストの脚韻構造を答えてもらう課題(抜き打ちの形で実施)が行われました。これはL1での研究です。

Carminati, M. N., Stabler, J., Roberts, A. M., & Fischer, M. H. (2006). Readers' responses to sub-genre and rhyme scheme in poetry. Poetics, 34 (3), 204-218.

概要

この記事では以下の事柄についてまとめたいと思います。

(A) 本研究の前提事項

(B) 本研究の仮説

(C) 本研究の結果

●本研究の前提事項

著者らは以下のように述べています。

"Our starting point is the assumption that the reading process is genre-specific: when presented with a text, a reader will make a genre decision based on, among other things, the specific features of he text, and the current context and goals of reading. Furthermore and more importantly, we assume that, once such a genre decision has been made, specific strategies concerning that genre are activated, and that this knowledge guides the reading process, determining, for example, which elements of the text should receive particular attention. If this assumption is correct, it should be possile to detect, through experimental observation and manipulation, the behavioural reflexes of these genre-specific processing strategies." (p. 205)

●本研究の仮説

以下の2点が本研究の仮説となります。

(1) "readers of poetry are sensitive to differences between poetic sub-genres" (p. 214)

(2) "rhyme and rhyming schemes may play an important role in registering these differences" (p. 214)

なお、上記 (2) に関して、本研究では半分の調査参加者には脚韻パターンに注目して読むように指示が出されています(残り半分はただ「読んでください」とだけ指示が出されています)。

●本研究の結果

本研究の結果は以下の通りです(p. 214, emphasis in original)。

(1) We found evidence in support of the first hypothesis in the form of a general slowdown in reading efficiency at the point in our experiment when readers experienced a change from one sub-genre to another

(2) however, this slowdown was not closely associated with registering the change in rhyming scheme, even among readers who had been given specific instructions to pay attention to rhyme

(3) results showed that the disruption occurred from the very start of the reading of an item in the new poetry format, at a point when the change in rhyming scheme had not yet occurred.

(4) Thus, our on-line evidence does not support our second hypothesis, although the results of the post-processing recall task suggest that, when readers' attention is consciously directed to rhyming features, such features are preserved in memory better than in the absence of specific reading instructions.

(5) However, we believe that our on-line findings do not necessarily imply that readers do not perceive or appreciate rhyme while in the process of reading poetry; what they show is that the effect of rhyme while processing poetic sub-genres may not be separated from the effects of other surface and non-surface features of the poetry.

(6) One possible reason for our failure to find specific rhyming effects on-line could be that readers are more likely to direct particular attention to surface features such as rhyme when they are presented with texts belonging to quite distinct literary sub-genres, for example blank verse ans sonnets (i.e. when rhyme is one of the features keeping the genres apart)

(7) When processing poetic sub-genres both making use of rhyme in similar blocks, readers might take rhyme for granted and devote more of their attentional resources to processing other features of content and style; in other words, they might focus on appreciating the poetic voice of an author in a holistic fashion. Indeed, the fact that disruption to reading efficiency was observed from the very start of encountering a new poetic format suggests that our readers were very sensitive to this change in poetic voice.

| | コメント (0)

2014年11月 6日 (木)

G.Hall(2014).「Pedagogical Stylistics」を読む(M.Burke(編),『The Routledge Handbook of Stylistics』,Routledge)

教育文体論の動向について簡潔にまとめられています。

Hall, G. (2014). Pedagogical stylistics. In M. Burke (Ed.), The Routledge handbook of stylistics (pp. 239-252). London: Routledge.

概要

著者は、文体論は常に教育の中で考えを検証する形で発展してきたため、教育との関係は本質的であると述べています。また、文体論の教育上の有効性として主張されてきた事柄を10項目に分けて紹介しています(この記事では省略します)。

また、教育文体論が扱うテクストの範囲は常に拡大し続けていることが指摘されています。さらに、rewritingをはじめとした文体論的言語活動を通して学習者に実践知を身に付けさせることができると述べられています(著者は例えばジェンダーに関しては、フーコーの理論を読むよりも、文体論を介した活動の方が実践的な能力を身に付けることができるとしています)。

教育文体論の歴史的発展の軌跡もまとめられています。著者は、教育政策に関してイギリス政府にWiddowsonやCarterがそのアドバイザーとして招致されるなど、やはり文体論は教育と密接に関わってきたことが強調されています。

著者はWiddowson、Carter、Shortの業績を個別にまとめています。Widdowsonは特にEFLを中心に研究を行いましたが、文学は他のジャンルよりも言語学習に有益に貢献するという立場で議論を行いました(著者はこの立場をもはやunfashonableと呼んでいます)。それに対して、後者2人はEFLとL1をフィールドとして、文学は言語使用の1つの形態に過ぎないという立場で研究を行いました。現在の教育文体論は、むしろ後者の立場を発展させてきていると考えられているようです(この記事では省略しますが、近年の教育文体論の動向についても様々な情報が紹介されています)。

最後に著者は教育文体論の効果を検証する実証的な研究がまだ少ないと指摘しています。

"Empirical work is beginning to be reported, but much more is undoubtedly needed in place of the speculation, assertion and counter-assertion which have tended to dominate too strongly in the past. What do stylistic approaches to texts do for language learning? We don't know enough about this, and the question is a complicated one. Perceived or argued limited relevance to classrooms has to be countered with empirical reports of actual classes and learning events and situations. There is a danger, too often courted, of 'linguistics applied' in Widdowson's terms (see e.g. Hall 2012) usurping language education." (p. 248)

"There has to date been pedagogical work on task design, reports on interesting lessons, materials and methodology, but little on what learning has actually been achieved, which is ultimately the key question for pedagogical stylistics to answer. Effects are assumed or asserted, not proven. We find advocacy rather than evidence; How is dealt with, rather than Why." (p. 248)

また、著者は教育文体論は主にEFLやESLで先行して発展し、それがL1での文学教育等に逆輸入される形で進展してきていると指摘していました。

| | コメント (0)

2014年11月 4日 (火)

R.K.van 't Jagt,J.C.J.Hoeks,G.Dorleijn,&P.Hendriks(2014).「Look Before You Leap: How Enjambment Affects the Processing of Poetry」を読む(『Scientific Study of Literature』)

アイトラッキングによって、母語話者(オランダ語母語話者が対象)は詩の読解の中で句またがり(enjambment)をどのように処理しているのか(句またがりは彼らにどのような影響を与えるのか)が実証的に調査されています。綿密な調査計画であり、その研究報告の仕方もとても参考になります。句またがりをはさんだ±2語の処理の仕方を調査した研究となります。2つの実験が報告されており、1つ目の実験では詩に含まれている句またがりが使用され、2つ目の実験では人工的に作成された句またがり(句またがりを持っていない詩から作成)が使用されています。

van 't Jagt, R. K., Hoeks, J. C. J., Dorleijn, G., & Hendricks, P. (2014). Look before you leap: How enjambment affects the processing of poetry. Scientific Study of Literature, 4 (1), 3-24.

概要

この論文では非常に情報量が豊富ですので、以下の点に絞って研究をまとめておきたいと思います。

(A) 句またがりの種類

(B) 実験1のまとめ

(C) 実験2のまとめ

(D) 調査全体のまとめ

●句またがりの種類

著者らはprospective enjambmentとretrospective enjambmentを区別しています。前者は散文で見られる通常の改行と類似したもので、その行で文が完結していないということが次の行を見るまでもなく理解できるものです。たとえば、the / four wheels of my car のような句またがりを指します。

retrospective enjambmentは、その行で文が完結していると思ったいたところに、次の行を読むとまだ続きがあり、前の行に統合しなおさなければならないような句またがりです。たとえば、a girl with one leg / over the rail of a balcony といったような句またがりを指します。

●実験1のまとめ

調査方法等はこの記事では割愛します。ご興味がおありの方は直接この論文をご参照ください。実験1では以下の結果が得られました。

(1) 調査参加者は、句またがりの種類に敏感ではなく、同じように処理していた

(2) 句またがりがある詩(オリジナル)と句またがりを取り除いたテクスト(オリジナルの詩から改変した詩と散文バージョン)を比較したところ、調査参加者は後者と比べて前者を統語的ないしは意味論的に未完結と感じるようであった

(3) 同様の比較をしたところ、句またがりがある際には、行の最後の語からその前の語に視線の逆行が長時間生じ、その後に句またがり自体がすばやく処理された

以上の結果から、句またがりは読者の読解プロセスに何らかの影響を明確に与えている(しかも行をまたぐ前にその影響が現れる)と述べられています。

●実験2のまとめ

実験2の結果は以下の通りです。

(1) 調査参加者は、句またがりがある場合には、行の最後から2語目を見ている段階ですでに傍中心窩的にその行の最後の語を見ている(最後から2語目の凝視時間が長くなる)。この傾向はretrospective enjambmentでより多く生じていた。

(2) retrospective enjambmentのある詩行の最後の語の凝視時間は句またがりのない行(オリジナルの詩およびその散文バージョン)を読む場合よりも長くなった。この傾向はprospective enjambmentには生じなかった。

(3) 句またがりを持つ行とそれを持たない行を比べると、前者の方が2行目の2語目の処理時間が長くなった(1語目の処理時間には違いは見られなかった)。

(4) prospective enjambmentを持つ詩行の方がretrospective enjambmentを持つ詩行よりも2行目の2語目の処理時間が長くなった(prospective enjambmentはretrospective enjambmentよりも1行目の最後の語の処理時間が短く、情報の統合が遅れて生じていると考えられる)

●調査全体のまとめ

2つの実験から以下のことが明らかとされました。

(1) "poetry is indeed processed differently from prose, and that different types of enjambment are associated with different modes of processing." (p. 20)

(2) "during the reading of our poetic fragments, readers use parafoveal information to guide their eye movements." (p. 21)

(3) "this study makes clear that the integration of linguistic information from a written stimulus is a far more complex process than often assumed. The exact point in the sentence where information is integrated is determined by the spatial layout that seems to encourage parafoveal processing, bu the syntactic (in)completeness of the set of words on any specific line of the poem, but also the semantic (in)completeness (or even noteworthiness) of that same set of words. So in poetry, the line seems to be the organizing element and much more important perhaps than the sentence, as in prose texts." (pp. 21-22, emphasis in original)

(4) "this study informs us that the visuospatial presentation of poetry influences reading processes both at a global and a local level. Differences between the reading processes involved in prose and poetry show that participants were sensitive to the presence of non-coincidental line breaks and the typical layout of the poetry fragments and presumably used this global information to categorize these fragments as poems. Within the category of poetry, differences between the reading processes in fragments with and without enjambment show that participants were also sensitive to the more local phenomenon of enjambment. This study therefore seems to confirm that readers have structural genre knowledge of the typical appearance and characteristic line breaks of a poem and that knowledge influences genre categorizations and subsequent genre-specific reading processes. Furthermore, contrary to what is predicted by narrative and text processing models, our study shows that readers not only pay attention to linguistic information while reading literary fragments, but also take into account the visuospatial presentation of the fragments." (p. 22)

| | コメント (0)

S.McKay(1982).「Literature in the ESL Classroom」を読む(『TESOL Quarterly』)

再読になります。文学を使った英語教育に関する諸問題がコンパクトにまとめられています。よく引用される論文です。

McKay, S. (1982). Literature in the ESL classroom. TESOL Quarterly, 16 (4), 529-536.

概要

この論文では以下の事柄が議論されています。

(A) 文学教材使用の反対論とそれへの反論

(B) 教材選択のポイント

(C) 指導上の留意点

●文学教材使用の反対論とそれへの反論

著者はよくなされる反論として以下の3点を挙げています(p. 529)。

(1) "since one of our main goals as ESL teachers is to teach the grammar of the language, literature, due to its structural complexity and its unique use of language, does little to contribute to this goal"

(2) "the study of literature will contribute nothing to helping our students meet their academic and/or occupational goals"

(3) "literature often reflects a particular cultural perspective; thus, on a comceptual level, it may be quite difficult for students"

上記 (1) に関しては、"It can be useful in developing linguistic knowledge both on a usage and use level" (p. 531) と反論しています。この結果として言語のあらゆる技能の発達に文学は貢献すると考えられています。ただし、useの側面への貢献に関する研究はまだあまりなされていないと述べられていました。

上記 (2) に関しては、"to the extent that students enjoy reading literature, it may increase their motivation to interact with a text and thus, ultimately increase their reading proficiency" (p. 531) と反論しています。

上記 (3) については、"an examination of a foreign culture through literature may increase their understanding of that culture and perhaps spur their own creation of imaginative works" (p. 531) と反論しています。

●教材選択のポイント

著者は教材を単純化することについては、情報が希薄になったり、脱局所化してしまったり、テクストの一貫性を壊したりするといった理由から反対しています。また、リーダビリティーを勘案することは大切ですが、そのテクストが概念的にも学習者にとって適切であるかどうかを考える必要があると述べています。著者は、青年向けの作品や学習者自身に関連するテーマを扱っている作品を扱うことを推奨しています。

●指導上の留意点

著者はRosenblattを引用しながら、文学教材の指導はaesthetic readingを目指したものであるべきであり、学習者がそのテクストと相互作用することを楽しませることが主要な課題とならなければならないと述べています。そして、このことを助ける限りにおいて文法や用法の解説が扱うべきとしています。

著者はRobert Laxalt の Sweet Promised Land を題材に、aesthetic readingを意識した指導ではどのような手順を踏むべきなのかを議論しています。著者は、いわゆる機械的な内容理解の設問や文法事項の説明から始めるのではなく、言語使用を意識した内容理解や自身の経験とテクストの関係、登場人物に対するコメント、テクストが前提としている文化的前提からスタートすべきであると述べています。いずれも面白い設問であり、文学を使った英語教育研究を考える上で参考になります。

| | コメント (0)

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »