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2014年8月29日 (金)

R.Nunn&F.Nunn(2004).「Exchanging "Punches": Narrative Jokes in the Language Classroom」を読む(『Modern English Teacher』)

Focus on formという語は使用されてはいないものの、著者らはオチのある語り(narrative joke)を使って、言語形式とメッセージの伝達の両面に学習者の注意を向けさせる指導法を提案しています。

Nunn, R., & Nunn, F. (2004). Exchanging "punches": Narrative jokes in the language classroom. Modern English Teacher, 13 (3), 30-35.

概要

著者らは、既成のnarrative jokesを使用し、オチの部分だけを記憶させ、筋は自分の言葉で語らせるという指導を提案しています。学習者は既成のnarrative jokeを聞いて、ワークシートに話の筋に関してメモを取り、更に最後のオチの部分だけは正確な言葉を書き取るように指導されます。そして、そのメモを持って教室の他の学習者にnarrative jokeを聞かせます。この指導を通して、"Reproducing narrative trains students to memorize both a viable narrative structure as well as the lexis and linguistic structure." (p. 31) と述べられていました。

著者は、主に3段階からなる指導を提案しています。第1段階では、教師がパワーポイントでnarrative jokeについて説明をした後、空所補充のワークシートが配布されます。このワークシートにはnarrative jokeが動詞のみを括弧抜きにした状態で印刷されています(ただし、不定詞の形でどの動詞が入るかは示されています)。そして、学習者はそれぞれの動詞を正しい時制に直して空所を補充します。著者らは、ナラティブにおいて時制は非常に重要であるとの理由からこの活動の重要性を強調しています。次に、教師が与えたnarrative jokeを使って、ワークシートにメモ(話の筋とオチの言葉)を取らせます。

第2段階は、各グループでお互いにnarrative jokeを聞かせ合うという活動です。

第3段階は、宿題として学習者に自分でnarrative jokeを探してこさせ、次の時間に他の学習者にnarrative jokeを聞かせるという活動です。この時も、第2段階と同じような形で、各自が自分の選んだnarrative jokeに関してメモを取っておきます。

非常に面白い活動例だと思いました。また、結論部分で著者らが述べている次の言葉が印象的でした。

"Not the least advantaves that we have found is that the students who often end up taking centre stage are not those who typically stand out in more formal activities." (p. 33)

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2014年8月27日 (水)

馬場彰(1977).「変形生成文法と文体論」を読む(『岡山大学教養部紀要』)

変形生成文法のどのような点が文体論に関連するかが議論されています。著者は文体論は変形部門の随意的規則だけでなく、基底部門(基本規則と語彙)とも大きく関わるということを指摘しています。

馬場彰(1977).「変形生成文法と文体論」.『岡山大学教養部紀要』,13,131-142.

概要

著者は文体論は基本的に言語的選択という概念を扱う分野であると述べます。そして、言語的選択とは、「同義表現間の選択」という考えと強く結びついているとも述べます。著者によると、「変形文法の枠の中で行われた文体研究のほとんどすべてが変形部門の規則―とくに<随意的>(optional)規則―を主要な研究対象にしてきた」(p. 132)と述べています。そして、実例として文学作品を引用しながら、根変形と構造保存変形の例を提示します。

一方で、これまでの文体研究は基底部門にはあまり言及してきませんでした。確かに基本規則の中にも随意的なものがあるのですが、これらには文体的問題は孕んでいないと考えられてきたようです。しかし、例えばAuxの中のTenseは確かに義務的要素ではありますが、現在にするか過去にするかという選択の余地があり、それらが小説の語りの形式に大きな役割を果たすことは広く知られています。

また、語彙の中には意味特性の中に文体的特徴が記載されており、この特性が文体の違いを表すことになります。このことと関連して、共起制限と選択特性も文体論的問題と大きく関わってくると著者は指摘します。例えば、擬人法のように、「<共起制限>を破ることは日常言語の枠を乗り越える詩語の大きな特徴となっている。上に述べたような<選択特性>は語い項目エントリーの意味特性の中に記載され、<擬人化>の過程には当然意味解釈規則が関与してくることになる。」(p. 139)と述べられています。

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A.Yang(2002).「Science Fiction in the EFL Class」を読む(『Language, Culture, and Curriculum』)

SF小説を使用した授業が学習者の英語力に影響を及ぼす効果について調査した研究です。

Yang, A. (2002). Science fiction in the EFL class. Language, Culture, and Curriculum, 15 (1), 50-60.

概要

この論文では以下の事柄が述べられていました。

(A) SF小説を用いた指導の外国語教育における効果として期待できる事柄

(B) 調査方法の説明

(C) 調査結果のまとめ

●SF小説を用いた指導の外国語教育における効果として期待できる事柄

著者は、Hirvelaの研究を引用しながら、以下のような効果が期待できるとしています(p. 51)。

(1) "knowledge of the poetics and appreciation of science fiction could allow students to experience and develop several qualities: standards of values, critical reading and thinking skills, and a sense of connection with 'traditional' literature"

(2) "the science fiction material gives students an immediate sense of relevance essential to securing their interest"

(3) "While the texts integrate science concerns and ideas with real-life contexts, the stories provide students with an interesting and useful blend of scientific and emotive language"

(4) "'This combination of language varieties helps develop the students' communicative capacity by bringing them in contact with both the scientific register they must master and other registers which constitute the discourse of daily life' (Hirvela, 1990: 245)"

(5) "The multimedia popularity of the scieice fiction genre facilitates opinion sharing and value-judging on the novels"

(6) "The genre also allows students to investigate such devices as appearance and reality, poetic justice, and parallel hero / villain characterisations, as well as the emergence of female, ethic, minority, and alternative lifestyle characters as a reflection of changing social assumptions"

(7) "Students also share a love of science fiction for its ability to transport them to other times and places"

●調査方法の説明

著者は香港の大学生英語学習者(主に1年生で大半は科学を専攻しない学習者)を対象に開講セメスターの異なる2つの選択クラスでSF小説を使用した実践を行いました。最初に行ったクラスでは、伝統的な講義スタイルの授業が実践され、次に行ったクラスでは学習者中心の授業が実践されました。いずれのクラスでも毎回50ページテクストを読んでくる課題が課されています(ただし、後のクラスでは、予習の段階で、読む作品をベースとして製作された映画も見るように指導されています)。また、使用されたテクストは比較的古典的であり、Frankenstein (Mary Shelly)、Brave New World(Aldous Huxley)、The Bicentennial Man (Isaac Asimov)、Contact (Carl Sagan) でした。ただし、読む順序は2つのクラスで少し異なっており、最初のクラスはこの順序で扱われましたが、後のクラスではFrankensteinが最後に回されました(英語が古く言語的に難しいと判断されたため)。また、いずれのクラスも学期中に3回の小テスト(読む作品に関する小テスト)と学期末に2000語のレポートの提出が課されました。

後のクラスでは、small group discussion、whole class comments、mini-lecture、small writing tasks(テクストやディスカッションに関するコメントを書くように指示)の4つの活動が毎週行われたそうです。

著者は授業の最初の回と最後の回に多肢選択式の文法テストを行いました。2回のテストは同一の問題だそうですが、2回目は予告なしの抜き打ちという形で実施されたそうです。さらに各クラスからそれぞれ成績が低かった者2名、中程度の成績だった者2名、成績が高かった者2名(合計12名)に対して、SF小説を使用した授業に関する感想を聞くためのインタビューを行いました。

●調査結果のまとめ

まず、文法テストの結果から、2クラスは授業開始時点では文法力に統計的な違いは見られませんでしたが、授業終了時点では学習者中心のクラスの学習者の方が講義形式の授業を受けた学習者よりも文法力が統計的に高くなっていたという結果が報告されています。

次に授業時間中の学習者の様子として以下のような点も報告されています。

(1) 講義調の授業ではQ&Aの時間でも沈黙が長かった

(2) 学習者中心の授業では学習者や小説内の問題を自身の経験と関連付けようとしていた

(3) 学習者中心の授業では、他の学習者が自分とは違ったテクスト理解をしていたと気づいた時に、自身の解釈の視野の狭さが認識されていた

(4) 学習者中心の授業では、映画を見ることが授業でのディスカッションを大いに助けた

(5) 講義調の授業の学習者はリーディング課題をこなすのをあきらめてしまう者が多かったが、学習者中心の授業の学習者は映画のプロットを理解することで課題を遂行することができた

(6) 学習者中心の授業では、学習者は積極的に発言を行っていた

次にインタビューでは以下のような学習者の声が取り上げられていました。(1) ~ (4) は講義調の授業の履修者のコメントです。それ以外は、学習者中心のクラスの履修者のコメントとなります。

(1) 教材自体が英語力を向上させたとは思わないが、内容が他のクラスと違っていてしかも面白かったので、文学の他の授業も取りたい

(2) この授業で学習したスキルは他のクラスでは役立たないと思う

(3) 沈黙が多くて、自分の意見を言うことを躊躇してしまった

(4) リーディング課題が多すぎたし、課題をこなすことができなかったので、英語力の向上も見込めない

(5) これまで英語で小説を丸々一冊読んだ経験はないが、映画のおかげでテクストの読解やディスカッションでのパフォーマンスが助けられた

(6) SF小説を土台にしたディスカッションは、その他のクラスで実施されている活動よりも内容のあるものであった

(7) ディスカッションの中でオーセンティックな言語使用の機会を得ることができたし、(発言をする前に)批判的または論理的に考える機会ともなった

(8) 映画を見ることは異文化理解のトレーニングになった

(9) この授業で学習した内容は他のクラスでは役立たないと思うが、スピーキング、ライティング、リーディングに自信がついた

(10) 他の授業でも英語力は向上させることができると思うが、創造性は他のクラスでは養成が難しいと思う(SF小説を使った授業でこそ伸ばせると思う)

(11) SF小説には分からないないことや曖昧な事柄があふれているので、他のクラスよりも気楽に論理的な説明をすることができた

以上のように述べて、著者はSF小説の有用性について以下のように述べています。

"Science fiction stories allow a stretch of imagination about the future, with students' knowledge of the present world as a supporting means; thus, students were more ready to participate in class activities." (p. 57)

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2014年8月25日 (月)

A.Yang(2001).「Reading and the Non-Academic Learner: A Mystery Solved」を読む(『System』)

学位取得ではなく、自己研鑽や楽しみのために大学へ夜間に英語を学習しにきている社会人学習者に対してミステリー小説(Agatha Christieの『A Murder Is Announced』と『They Do It With Mirrors』という作品)を使用した授業実践が学習者の英語力(文法力)と動機づけにどのように影響を与えるかが調査されています。香港をフィールドとして行われた研究です。学習者は、授業開始時点で全員TOEFLで450点以上のスコアを持っています。

Yang, A. (2001). Reading and the non-academic learner: A mystery solved. System, 29 (4), 451-466.

概要

この論文では以下の点が議論されています。

(A) 小説を本ごと授業で使用することの利点

(B) 調査方法と指導手順の説明

(C) 調査結果のまとめ

●小説を本ごと授業で使用することの利点

著者は、本来母語話者用に執筆された小説を外国語の授業で一冊まるまる扱うことの利点として先行研究で述べられてきたことをまとめています。それらは、以下の4点です。

(1) "using good non-academic texts can open more possibilities for ESL students who always typically read safe, cautious and convention-bound writing in their language classes. ESL readers should be able to find authentic confrontations with real life issues in texts so as to be able to make personal discoveries." (p. 451)

(2) "reading in volume has been shown to lead to proficiency gains." (p. 452)

(3) "by enjoying reading, students' motivation to learn would increase, which would "benefit their eventual acquisition of the target language""(p. 452) (Day & Bamford (1998) は、the bookstrap hypothesisと呼んでいます)

(4) "natural link between extensive reading and academic writing" (p. 452)

●調査方法と指導手順の説明

著者は、4つのクラスを対象に調査を行っています。通常、この大学の夜間コースでは、商業ベースで出版されているテキストを使用して授業を行っており、その内容は文法中心だそうです。著者は、2つのクラス(計60名)ではこのような従来的な授業を実践し、もう2つのクラス(計60名)では教科書を使った文法指導を半分の時間で終わらせ、残りを小説を使った活動を行いました。指導実践の初回と最終回で多肢選択式の文法テストを全クラスに実施し、さらに実践終了後に小説を使った授業に関する学習者の感想を尋ねました。また、英語力をとても伸ばした学習者、中程度に伸ばした学習者、あまり伸びなかった学習者を選抜し、小説を使った指導実践について更にインタビューを行っています。なお、文法テストは2回とも同じテストだそうですが、2回目は抜き打ちという形で実施したそうです。

小説を使用するクラスの学習者は毎回自宅で40ページテキストを呼んでくるように指示されています。そして、その授業は以下のような手順で行われました。

(1) 教科書を使った文法学習

(2) 特定の登場人物に関する展開を小さなグループで議論する

(3) 各グループの議論を全体に報告し、他グループの報告に関して質問やコメントをする

(4) 教師は出来事間及び登場人物間の関係に関するコメントを学習者から引き出す

(5) 教師は作品の特定の部分を学習者とともに読み、面白い語の選択を指摘したり、曖昧な言語構造を説明する

(6) 次回の宿題として読んでくる箇所に関して、教師は注目すべき点等を学習者に提示する

これらに加えて、2週間に1回、その本の中に見られる社会問題についての意見やそれらの問題がどのように今日の社会と関係しているかということについて自由英作をする課題を課したそうです。

●調査結果のまとめ

今回の調査結果は以下の通りです。

(1) 授業開始時では4クラスとも文法力に統計的な違いがなかったにもかかわらず、授業終了後には、小説を使ったクラスの方が使わなかったクラスよりも英語力が高くなっていた(ただし、小説を使わなかったクラスもスコアが上がっています)

(2) 学習者は小説を読んだ実践を非常に肯定的に評価していた。ひとたびその作品が楽しいと感じると読解する努力が継続するようである(the bookstrap hypothesisを支持する結果)。また、学習者は理解することに集中しており、未知語が現れるごとに辞書を引いていたわけではなかったようである。また、小説を使用したクラスの学習者全員が毎日15分の学習時間を確保できたわけではなかったし、ほとんどの学習者がこれまでに英語で小説を読んだ経験があったわけでもないにもかかわらず、上記 (1) の結果が得られたのは驚くべきことである。

(3) 小説を2冊も読むということは最初は自分にはできないと思っていたが、最終的にこのことを達成することができ、自信がついたとする学習者が多かった。中には授業で習った文法を小説の中に見つけた時にうれしいと感じ、その用法に着目したり、再読したり、教科書の例文と比べるといったことを行った学習者もいた。

著者は、学習時間の違いが上記 (1) のような結果をもたらした可能性があることを認めつつ、上記 (2) と (3) の結果から以下のように述べて本論文を終えています。

"it is important not to lose sight of the fact that the students found reading the mystery novels to be highly rewarding and enjoyable. Thus, they were motivated to spend more time on reading and related activities than they might have on other kinds of assignments. The proficiency gains found in this experiement clearly indicate that the extra time on reading in English is time well spent." (p. 460)

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2014年8月21日 (木)

山田利博(2002).「テレビゲーム「サクラ大戦」の文学性」を読む(『宮崎大学教育文化学部紀要:人文科学』)

著者は、「自分が英雄の卵的なものになり、仲間や、武器または魔法の道具(これを<アイテム>と言う)を集めながら冒険を重ね、最後は<ボス・キャラ>と呼ばれる巨大な悪を倒して真の英雄に成長する<ロール・プレイング(略称ロープレ或いはRPG)>等、しっかりとしたストーリーのあるものについては、文学として差し支えないと思われる」(p. 1)として、『サクラ大戦』の1と2の中にどのような文学的特性が見られるかが議論されています。

山田利博(2002).「テレビゲーム「サクラ大戦」の文学性」.『宮崎大学教育文化学部紀要:人文科学』,6,1-12.

感想

著者の以下の2点の指摘は、現代において文学性とは何かを考えていく上で非常に重要な指摘だと思いました。

(1) 「ついこの間までは記録媒体として文字しか存在しなかったために、これまでの文学は文字で書かれていたのにすぎないのであって、録音テープやフロッピーディスク、果てはインターネットまで使用できる現代においては、必ずしも文字で書かれたもののみが文学とは限らない」(p. 1)

(2) テレビゲームは小説とは違って操作方法によって結末が違うことがある。そして、このことをもってゲームを文学とみなすことに反対する人がいるかもしれない。しかし、結末がひと通りしかなかったということは実は文字に基づいた文学作品のこれまでの限界と考えることができる。

私自身このRPGをプレイしたことがないのですが、著者はかなり詳しくそのあらすじ等をまとめていますので、プレイしたことのない人でも議論についていくことは十分に可能です。そして、著者は以下の点をその文学性(文学的な特性)として指摘していました。

(1) 作品中に日本古来からある古い要素が多く用いられている

(2) 決めポーズがある(アニメにはこの手のポーズは多く含まれますが、著者はこれは歌舞伎に由来すると指摘しています)

(3) 引用がちりばめられている

(4) 世界の重層化が行われている(このゲームをクリアしたと思ったら、「この公演は、以上をもちまして終了いたしました」という言葉が現れ、しかも私たちが住んでいる現実世界の中で「サクラ大戦」の実写版の歌謡ショーが開かれているなど、見る者も共犯となって世界が重層化されている)

まさにこの作品は間テクスト性にあふれたもの(著者は論文中でこの用語を使ってはいませんが)であり、もはやサイバー空間と現実世界を超越したテクスト、あるいは私たちの生活自体がもはやそのテクストの一部となっていると言うことができるでしょう。

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2014年8月20日 (水)

塩田勉(2004/2012).「ケータイ小説への文体論的接近―Yoshi『Deep Love 第1部 アユの物語』―」を読む(『作品論の散歩道:漱石からケータイ小説まで』(第14章),書肆アルス)

2000年にケータイのウェブサイト上に発表された連載小説『Deep Love』(当時の渋谷の高校生の間でかなり読まれた作品だそうです)を俵万智の『サラダ記念日』と関連づけながらその表象方法が分析されています。著者はこのケータイ小説と『サラダ記念日』はともに、「「資本」と「女性」の関係を、性的支配関係のメタファーとして明瞭化」(p. 340)しており、このことが若い女性や学生の人気を博したと考えています。

塩田勉(2012).「ケータイ小説への文体論的接近―Yoshi『Deep Love 第1部 アユの物語』―」.In『作品論の散歩道:漱石からケータイ小説まで』.書肆アルス.(初出:早稲田大学語学教育研究所(編).(2004).『四〇周年記念早稲田大学語学教育研究所総合講座講義録』.早稲田大学語学教育研究所.)

感想

著者は、まずケータイ小説というジャンルに属す作品にある程度共通してみられる特徴を8点指摘します。この記事では省略しますが、非常にコンパクトにまとめられています。直接本書をご参照ください。

ここでは主にこのケータイ小説の文体的特徴として指摘されていることのみ列挙しておきたいと思います。

(1) 性のキーワードはカタカナや英語で表記されている(性のあらゆる問題が「無機質な「物質」や「場所」の「記号」と化し、そこに伴うはずの心や感情を除去した「ゲーム的な空間」の、記号的な行為に変質していることが、これらの文体的特徴からわかる。性が感情や心理を遮断した記号として現れているいることは、主人公アユが、エクスタシーを経験していない…ことによっても裏づけられる。」(p. 328))

(2) 援助交際の相手をはじめとした性を扱う人間もカタカナ表記され、記号化されている(唯一人間らしい「おばあちゃん」だけが平仮名表記となっている)

(3) 性描写や援助交際の行為に関する語も記号化され、感性的な内実を捨象した無機質な記号と化している

(4) 性、愛、生命が大量消費経済による商品化、物象化された形で表現されている(「生きること消費する」といった表現など)

(5) 「すべてをモノや商品や記号に変質させる暗く大きな力を「時代」というキーワードでくくり」(p. 331)、それを反復している

(6) 現代と自然・歴史・社会が対比されているが、これらの記述の中にもカタカナ表記の語が散見され、これらの認識にも記号化・物象化の影響が及んでいることが示されている

(7) 登場人物の名前に精神分析学的な圧縮の痕跡が見られる(パオ=パパ+オヤジ)

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P.Schofer(1990).「Literature and Communicative Competence: A Springboard for the Development of Critical Thinking and Aesthetic Appreciation Or Literature in the Land of Language」を読む(『Foreign Language Annals』)

非常に魅力的なタイトルだったのですが、残念ながらタイトルと論文内容が随分と異なっています。この論文の最後の箇所で述べられていますが、あくまでもこの論文はタイトルが示す内容にこれから向かっていくためのspringboardと考えられる項目を整理したものとなります。

Schofer, P. (1990). Literature and communicative competence: A springboard for the development of critical thinking and aesthetic appreciation of literature in the land of language. Foreign Language Annals, 23 (4), 325-334.

概要

この論文では以下の点が議論されていました。

(A) 外国語教育における文学教材の使用の現状についてのまとめ

(B) 言語教育の中で文学教材の指導を行う上での重要な考え方

(C) 指導法の提案

●外国語教育における文学教材の使用の現状についてのまとめ

著者は文学教材は初級レベルでは補足的な用いられ方をされ、上級レベルでは中心的に扱われるものの作品内容が中心となる(言語への注目は副次的となる)と指摘します。著者は文学と言語は統合すべきと考えており、このことは以下の2点において大きな利益をもたらすと考えています(著者はこの年にACTFLが文学指導に関するposition paperを初めて出版し、外国語教育における文学作品の重要性が社会的に認知されつつあると指摘しています)。

(1) "students would have better preparation in reading and writing as they go from language to literature (and culture!) courses than is now the case" (p. 326)

(2) "with a different theory of what literature is and with different pedagogies, students might actually enjoy reading literature" (p. 326)

また、過去20年にわたって文学作品を言語教育の周辺部へと追いやってきた理由として以下の点が指摘されています。

(1) 伝記的アプローチが重視されたことで、文学作品中の実際の言語の研究に着目されなかった

(2) テーマなど読解の結果ばかり重要視され、読解プロセスに注目がなされなかった

(3) 「文学 = キャノン」という考えが強かったため、学習者に身近な作品が指導から遠ざけられてしまった

●言語教育の中で文学教材の指導を行う上での重要な考え方

著者は、6点指摘します。著者はこれらを考慮に入れた上で指導に当たるべきと考えています。

(1) 文学とはプロセスであり、読解やそれに伴う作文のプロセスは動的なものである

(2) 文学言語は多面的である

(3) 文学作品が伝えるメッセージは複数的である(唯一絶対的な解釈は存在しない)

(4) 文学的特性(literary processes)は社会のディスコースのあらゆるレベルに浸透している(広告などを文学と呼ぶ必要はないにしても、これらの談話には文学的な特性が浸透しており、学習者には自身の生活のあらゆる物事に文学的特性が入り込んでいることを示すことが重要である)

(5) 文学テクストはauthenticなテクストである(文学作品は日常会話の正確な複製ではないが、社会の中に見られるあらゆるタイプのディスコースの真正な産出である)(ただし、他のauthenticなテクストと違って上級学習者にのみ与えられることから、他のテクストとは異なった扱い方がされている)

(6) 読解と作文は密接に結びついている(ここで言う「作文」とは、メモ書きや創作など様々な活動を含んでいます)

上記 (2) に関して、著者は、学習者は日常生活では次々と生じる談話間のシフトについていかなければならないが、文学作品を読むことでこのことに対処するための準備をさせることができると述べています。

上記 (4) に関して、文学的特性は様々なジャンルに浸透していますが、文学的特性の指導をする上で最も効率的な教材は文学作品であると著者は述べています。

上記 (5) に関して、学習者に文学作品とその他のジャンルのテクストを同時に読ませ、文学作品の価値について評価させるとともに、学習者の身の回りにはauthenticではないテクストが多く存在しているということを理解させることが重要であると著者は述べています。

上記 (6) に関して、著者は作文を力強く創造的な行為ととしてとらえ直すことが重要であると述べています。

●指導法の提案

初級レベルと中級レベルの指導法が提案されていました。いずれのレベルの指導においても、その目的は "to teach students to enjoy playing with words and with verbal constructions related both to literature and to daily speech" (p. 331) とされています。

初級レベルでは文学作品を多読させるようなことは無理ですが、文学的な技巧についてあらかじめ導入しておくことは可能であると述べています。具体的には、以下のような活動が提案されています。

(1) テキストの異なる章からお互いに関連性の薄い単語を拾い出し、つなげることで比喩を作る活動

(2) 目標文化共同体の物語を自身で書き換える活動

(3) ナンセンスな音の詩を作らせる活動

著者はナンセンスと学習者の創造性を認めることで、言語学習を促進することができると考えています。文学的特性を扱う際にはどうしても意味面にもそれ相応の新奇性を求めてしまいがちなのですが、ナンセンスを認めた上で指導にあたるという考えは非常に斬新でした。また、著者は初級レベルではナラティブが最も効果的に指導できる側面ではないかと考えています。

中級レベルではpre-reading活動、while-reading活動、post-reading活動がそれぞれ提案されています。ここでは旅立ちについて扱った作品が取り上げられ、自分が旅行をする場合のことを想像させるところから始まり、最終的に作品の言葉遣いに注目させたり作品を自作させたりするという指導手順が提案されています(より詳しくは本論文をご参照ください)。

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2014年8月19日 (火)

内田伸子(1985).「文章学習」を読む(大村彰道(編),『学習』,朝倉書店)

内田伸子(1985).「文章学習」.In大村彰道(編),『学習』(pp. 84-116).朝倉書店.

概要

この文献では、以下の内容が議論されています。

(A)当時のpsychology of reading研究の整理

(B)psychology of reading研究の観点から国語教育の授業実践例の分析

(C)読みの学習の教授理論への示唆

●当時のpsychology of reading研究の整理

著者は、文章理解における知識の役割、文章理解における推論の役割、に関する研究をレビューし、当時の研究の進展を整理しています。ここでは、著者が指摘している残された課題について紹介したいと思います。

(1) 寓話の教訓や作者の意図など深い文章理解(これらには人間の感受性や感情の動きが重要になると考えられる)を支える心理過程についてはほとんどわかっていないこと

(2) 新しい情報が入ってきたとき、既存の知識といかに結び付けられるのかが分かっていないこと

(3) 新しい知識が入ってきたときに、古い知識はどのような条件のもとで妨害的に働くのか、どうすればその妨害を取り除くことができるのかが分かっていないこと

(4) 文章のモデルを構成する際に、仮説の産出とそれをモニターするメタ認知機能の重要性が指摘されているが、それらの内的メカニズムについて実証的に研究されていないこと

(5) 日本語を材料にした研究がまだ少ないこと

●psychology of reading研究の観点から国語教育の授業実践例の分析

「立って歩く動物」という説明文を題材とした授業の分析が行われています。その授業の中での教師の介入方法や子供たちの文章理解がこれまでのpsychology of reading研究の成果の観点から解釈されています。詳細は省略しますが、著者は実際の指導では、認知心理学研究が手薄になっている認識と情動、動機づけといった問題が真正面から取り扱われている点を指摘しています。

●読みの学習の教授理論への示唆

著者は読みの指導方法について提案が行われています。現在としてはそれほど目新しいものではなくなっていますので、ここでは省略したいと思います。

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2014年8月18日 (月)

秋田喜代美(1991).「物語の詳しさがおもしろさに及ぼす効果」を読む(『教育心理学研究』)

これまでの研究では、物語のおもしろさの喚起条件として、筋の展開が読者の予期に反する意外性を持つ場合と物語の素材となる事象自体が読者の興味関心を引く場合が考えられてきました。しかし、Vygotsyky (1971) をはじめとして、描写の手法もその面白さに影響を与えることが指摘されています。そこで著者は、描写の詳しさの程度と何を詳しく描くのかという点を操作して、描写の効果を検討しています。L1(日本人が日本語で物語を読む場合)での研究となります。

秋田喜代美(1991).「物語の詳しさがおもしろさに及ぼす効果」.『教育心理学研究』,39 (2), 133-142.

概要

この記事では、今回の調査結果の概要のみを示したいと思います。詳しい調査方法はこの論文を直接ご参照ください。今回の調査では以下の点が示されました。

(1) 描写の詳しさ、中でも筋を詳述することがおもしろさに影響を与える。また、筋の詳述は筋の展開が与える影響とは独立して面白さに影響を与える(ただし、筋の展開もまたおもしろさに影響を与える)。

(2) 筋の詳述は「じーんときた」「泣けてきた」「ぐぐっときた」「心温まった」の4語で表現されるような情動が関与する面白さを促進する。

(3) 描写の詳しさは、読解直後に物語の要点をどの程度想起できるかということには影響を与えない。

(4) 描写の詳しさが登場人物の気持ちの理解を促す場合と促さない場合がある(場面によって描写の詳しさの効果が異なっていた)

(5) 読者がどんな気持ちを感じるかということには描写の詳しさは影響を与えない。これらは筋によって規定される。

(6) 描写の詳しさは、登場人物に対する反応内容に影響を与えない。

(7) 描写の詳しさは、反応内容の記述方法に影響を与える。描写が詳しい場合の方が、読者は自身の言葉で具体的で精緻な人物像の形成を行うことができた。

(8) 読者は物語の登場人物を具体的に理解できたり、人物の気持ちをよく理解できた場合に、おもしろさを感じる。

(9) おもしろさと言語能力の間に相関は見られなかった。つまり、(少なくとも今回の調査では)よりよく理解できる人がよりおもしろいと感じたわけではなかった。

著者は以上の結果から、以下のようにまとめています。

「同じ筋の話でも筋に沿ってより詳しく読むことが、登場人物の気持ちをより深く理解し、より具体的な人物像を形成することを促す。具体的に物語世界や人物を理解できることが読み手の情動、ここでは「じーんときた」「泣けてきた」という情動を喉起し、さらにその情動がおもしろいという情動の喚起を促進したのではないかと推察される。」(pp. 140-141)

しかしながら、今回の調査ではおもしろさと人物理解の相関係数は低かったという点に留保が必要です。著者はこのことに関して、調査材料が幼児でも読める簡単なものであったことが影響しているかもしれないと述べています。

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