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2012年10月19日 (金)

小泉英明(2008).「脳科学と芸術の明日にむけて」を読む(小泉英明(編),『恋う・癒す・究める 脳科学と芸術』,工作舎)

芸術とは何なのか、脳科学の立場から見解が述べられている論文です。情報も非常に豊富で多くのことを学ぶことができました。芸術は古い皮質と新皮質、感性と知性の融合したものと考えられています。文学についてどの程度ここでの議論が適用できるのかはまだ分かりませんが、いろいろと考えることができました。

小泉英明(2008).「脳科学と芸術の明日にむけて」.In小泉英明(編),『恋う・癒す・究める 脳科学と芸術』(pp. 375-398).工作舎.

感想:著者によると、人の脳は進化の歴史を宿しており、爬虫類の脳によく似た脳幹(循環系や呼吸系などの制御に関わり、生命の維持と関係する)、古い皮質を含めた大脳辺縁系(食欲、性欲、意欲、快・不快、好き・嫌い、感性などに関わる)、新皮質、という順に発展してきたそうです。特に、額の裏側の前頭極は現生人類出現の段階で急激に発展し、DNA上は1%程度しか違わないチンパンジーの2倍以上の体積を持つに至っています。著者は、脳内のこれら3つの層は密接に関連しており、倫理的な行動では新皮質(理性)と古い皮質(情動)が相克しますし、芸術も新皮質(知性)と古い皮質(感性)の相互作用から生まれる部分が大きいとしています。

また、著者は機能局在と側性について述べ、音楽の旋律などは右半球で処理されることが多いが、「情動を主として司る辺縁系からの大脳新皮質への投射が側性を持つか否かについては、今後の研究を待たねばならない」(p. 380)と述べていました。

また、古い皮質と新皮質の神経接続の中で、芸術との関わりが大きいのではないかと予想されるものが挙げられていました。1つ目は帯状束です。これは「大脳辺縁系の扁桃体付近と大脳前頭前野を、帯状回を経て連結するもの」(p. 380)となります。2つ目は鈎状束で、側頭葉尖端部と前頭葉下方の眼窩野を結ぶものとなります。著者によると、「帯状回の前部には、種々の情動活動や感情にともなって活性化する部位が見つかっているし、脳全体の司令塔である前頭前野に情動の信号が投影されているのは、理に適っていると考えられる。また、帯状回には以前から「注意」に関係して活性化する部位が見つかっている。眼窩野に情動に依拠する新たな「注意」機構があるらしいことも、最近になって研究されている」(p. 380)と述べられていました。3つ目は、脳梁と前交連です。著者は、「芸術には分析的知性と総合的知性の双方が不可欠であるが、この両者は脳梁・前交連で連結されていると同時に、前頭前野で統合されている可能性がある」(p. 381)と述べています。

情動の座についても少し詳しく述べられています。動物の行動の基本は快・不快であり、「これは生存に有利な方向を選択するための指標でもあ」(p. 381)ります。そして、「食の快楽は生きるための報酬であり、性の快楽も子孫を残すための報酬でもあ」(p. 381)ります。そして、快・不快や報酬には大脳辺縁系(古い皮質に扁桃体と海馬を加えたもの)が主たる役割を担っています。最近の人間の報酬系に関する研究では、短期的に予測される報酬と、長期的に予測される報酬で活性化する部位が異なること、美を感じる際には報酬系の一部が活性化すること、が報告されているそうです。著者は、「「快・不快」と同じく、「美」が生存に望ましい方向を指し示す羅針盤の役目をしていることを示唆している」(p. 382)と述べています。また、愛に関する研究も進んでいて、母性愛と恋愛では脳の機能領野が違うという調査結果も紹介されていました。

次に、意識と無意識の関係について解説がされます。「神経は、情報伝達の手段に膜電位の伝播を使って進化してきた。そのために電子や光子と比較すると情報伝達の速度は極めて遅い。有髄神経の場合でも、たかだか1秒間に100m程度である。そのかわり、天文学的な数の神経間接続(シナプス)を造ってたくさんの神経回路を形成し、分業、すなわち並列分散処理を行う。(改行)例えば、視覚の場合、網膜から外側膝状体を通って第1次視覚野に投射される。ここからは線分・動き・色などの諸要素に分解されて脳の別々の部位で並列分散処理された後、再度、諸要素は統合されて像は意識に現れるのである。途中は分業で同時処理されるために意識に上ってこない。多くの脳内情報処理は、並列分散処理でありその途中過程は意識下にあり認識されない。分散処理後に逐次処理となって初めて意識に上るのである。芸術ではこの意識下の過程がとても大切になってくる。美術史に残ってきた種々の抽象絵画も、線分・色・動きと、視覚を分解して同時並列処理をする意識下の過程を現している可能性がある。(改行)「知性」は、脳内で並列分散処理が終わったあとの逐次処理に現れる意識に基づいた脳活動が種である。一方、「感性」は意識下の並列っ分散処理過程の状態に関係する脳活動が種である。」(p. 383

著者はさらに芸術とのつながりが期待されている部位としてペーペッツの情動回路と島皮質を紹介しています。島皮質に関しては「側頭葉の内側の大脳皮質であるが、大脳基底核群と大脳新皮質からの神経投射があり、両者を結ぶものとして極めて興味深い。前述の時間間隔を伴う報酬の予測機能に関与することや、この部位に体内の各部署の状態を表す神経投射が集まっていることが明かされつつあ」(p. 384)ると述べられていました。またDamasios夫妻の “The feeling of what happens” も近い将来に芸術と結びつくことになるであろうと予想されていました。

著者は、MRIの脳研究への貢献を説明する中で、芸術と関係するであろう調査結果として、「身体を動かすことを想像しているだけで、脳の運動前野が活性化する」(p. 385)、「色のついた残像を感じているさいに、大脳紡錘状回の色を処理する部位が活性化する」(p. 385)、「歌を聴いているさいに、音程は右の脳で、言葉は左の脳で別々の処理(を)している」(p. 385)ことを紹介していました。いずれも大変興味深い調査結果だと思いました。なお、3点目の調査結果に関連して、歌の聞き手は、歌い手が言葉を間違えると左脳が、音程を間違えると右脳が働くという結果もあるそうです。

次に著者は、「芸術とは何か」というセクションで「芸術」という概念の成立についてまとめています。著者によると、芸術という概念が言葉としてあらわれたのはルネサンス期(14-16世紀)、もともと「技術」を表す語であったartに「芸術」の意味が現われたのは1620年、バウムガルテンが知性的認識の学の論理学に対して感性的認識の学として美学を提示したのが1735年、デッソアールらが包括的な芸術理論として美学に対立・並列的に一般芸術学を提示したのが1906年、だそうです。なお、著者は「芸術は、物質・生命の深化のなかで人間が最後に獲得したものではないか」(p. 388)と考えているそうです。

芸術の魔力についても述べられています。芸術は非常に強い動物的な本能を目覚めさせる力を持っているので、古代の哲学者たちの多くは芸術につながる概念について批判的であったそうです。「心を揺さぶるような強い情動は、鍛練と理性によって檻に閉じ込めておく必要を感じていた」(pp. 389-390)のではないかと著者は述べています。芸術は政治体制を左右することもありますし、軍隊の士気を高めるのにも使用されてきました(軍歌)。

さて、著者はここで再び感性と知性の協創について述べます。「それには情動・記憶回路と思考・判断回路の相互作用が基盤となっている。…まず、芸術活動に感性的要素と知性的要素は必須の構成要件であると考える。感性的要素には、大脳辺縁系に重なる古い皮質の働きが必須であり、知性的要素には大脳新皮質の働きが必須である。重要なのは感性と知性の相互作用である。対立的かつ並立的に両者は作用しあって昇華し芸術の姿に結晶する。知的要素の中に分析処理と総合処理の両者が、大脳新皮質の作用として考えられる。大脳左右半球のラテラリティについては、左半球が分析的・離散的で右半球が総合的・連続的な傾向がある。…感性要素が強い芸術と、知性要素が強い芸術が存在する。時代とともに一方への傾斜が強まることもあるし、それが振り子のように変化することもある。また、一人の芸術家の脳の中でも揺れ動くこともあり、それは創作中や演奏中にも起こりうる。」(pp. 390-391)また、著者は現代の芸術の構造を図式化し、「現代芸術の一部には、知性的要素に偏り、感性要素の薄いものも散見されるが、これらは分散の端に位置づけられる。一方、感性的要素が極めて強いものは、分散の他方の端に位置づけられるが、プラトンが危惧した危険性を孕む場合もある」(p. 391)とも述べていました。ここで言うプラトンが危惧した危険性とは、芸術は動物的な本能を目覚めさせるのではないかという危惧のことを指しています。

著者はまた芸術が権威主義に陥りやすい理由についても述べています。「芸術は本来、時に危険視されるほど、心を揺さぶる強い力を持っている。芸術科目が、本来の強い力を出し切れていないとするならば、今一度、初心に立ち戻って芸術とは何か、そして何のために進化の過程で人間が獲得したのかを考えてみる必要があるだろう。(改行)芸術は感性と知性が相俟って昇華・融合したものであるから、時には主観的でもある。主観的であるが故に、権威主義に陥りやすい。」(p. 393

芸術に関する様々な問題について脳科学の観点から新しい解釈が与えられ、とても面白かったです。

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2012年10月11日 (木)

筒井康隆(1990).『文学部唯野教授』を読む(岩波書店)

小説ですので、その具体的な内容についてここで言及するのは避け、本書の文学理論に関する説明の部分に紹介されている理論のリストを紹介するにとどめたいと思います。

1章:批評成立以前の話、美学に基づいた考え、印象批評、規範批評

2章:新批評(リーヴィスをはじめとしたスクルーティニー派から新批評成立までが説明されています)

3章:ロシア・フォルマリズム

4章:現象学(フッサール)

5章:解釈学(ハイデガー)

6章:受容理論

7章:記号論(ソシュール、パース、ロトマン)

8章:構造主義

9章:ポスト構造主義

文学理論に関する情報も多く示してあり、とても面白く読みました。授業で文学理論について指導する際に役立つ説明方法がたくさん示してありました。また、小説全体としても大学で働く身としてはとても楽しく読めました。現代の大学であっても当てはまるような話も出てきて、一気に通読してしまいました。

筒井康隆(1990).『文学部唯野教授』.岩波書店.

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2012年10月 3日 (水)

小泉英明(2008).「「感性」という言葉の意味するところ―芸術と脳科学の架橋へ向けて」を読む(小泉英明(編),『恋う・癒す・究める 脳科学と芸術』,工作舎)

感性を知性と対比させて捉えていくことで、芸術という哲学的問題を神経科学的に考察することが可能になるのではないかという主張がなされていました。

小泉英明(2008).「「感性」という言葉の意味するところ―芸術と脳科学の架橋へ向けて」.In小泉英明(編),『恋う・癒す・究める 脳科学と芸術』(pp. 400-403).工作舎.

感想:著者は「感性」という非常に捉えにくい概念を非常に広く捉えるべきであると考えています。そして、「感性」は「感覚(senses/sensation)、情動と感情(emotion and feeling)そして情念(passion)などを包含する概念」(p. 402)と捉えられています。また、「感性」をこのように定義すれば、ダマシオによるsomatic marker hypothesisも包含できるのではないかと考えられています。somatic marker hypothesisとは、「身体的反応と精神的反応は互いに呼応し、それが意思決定にまで関わるという仮説」(p. 402)で、「脳が行動を選択するさいに、情動による身体性反応が生じて固有の感情を引き起こす。これが行動の選択に寄与する」(p. 402)と説明されています。

また、「感性」を「知性」の対立概念と捉えることが現実的であり、脳科学と芸術の接点での研究においては有益になるとも考えています。「それにしても脳からすれば、これらの知性は、主として大脳新皮質の働きである。一方、「感性」を、この「知性」の対立概念として捉えると、大脳新皮質に対する古い皮質、即ち辺縁系を中心とする脳の働きが色濃く浮かび上がってくる。「知性」と「感性」は、大脳新皮質の左右差を含む局在論の問題だけではなくして、脳の表層と深部の関係が重要となってくる。」(p. 403)と述べられていました。

著者のより詳しい主張は、本書の別の論文で述べられています。近日中にそちらの論文についてもまとめたいと思います。

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