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2012年6月20日 (水)

岡ノ谷一夫(2009).「言語の起源と進化Ⅱ-脳・神経科学の立場から」を読む(池内正幸(編),『言語と進化・変化』,朝倉書店)

言語の起源と進化に関して脳科学の立場ではどのようなことが明らかとなっているのかがまとめられた論文です。この論文の詳細は以下の通りです。

岡ノ谷一夫(2009).「言語の起源と進化Ⅱ-脳・神経科学の立場から」.In池内正幸(編),『言語と進化・変化』(pp. 73-94).朝倉書店.

感想:著者はまず言語の特徴づけを行います。そして、本章では、象徴性、統語性、構成性、超越性の4つをすべて同時に満たすものを言語とみなという立場で議論がなされます(ただし、根源的なのは象徴性と統語性で、これらから構成性が創発し、さらに構成性から超越性が生まれるとされます)。次に人間言語の特異性について、述べられます。その特徴として、膨大な数の語彙、埋め込み、の2点が指摘されていました。

次に言語の脳機構について代表的なモデルである、ウェルニッケ=ゲシュヴィントモデルが説明されます。このモデルでは、一次聴覚皮質、一次視覚皮質、角回、ウェルニッケ野(ブロードマン22野後部)、弓状束、ブローカ野(ブロードマン44野と45野)、一次運動皮質、という7つの要素から構成されるモデルで、最も有名です。このモデルでは、「ブローカ野とウェルニッケ野が重要であるということ」(p. 77)、「大脳皮質の前半分が言語の表出に関わり、後半分が認知に関わるということ」(p. 77)は正しいとされているようです。ただし、このモデルで重要とされた領域が損傷したとしても必ずしも失語に到るわけではないということが明らかとなってきました。その原因として、「大脳皮質の機能分担には個人差があること、また、損傷後に失われた機能を補償する方法にも大きな個人差があること」(pp. 77-78)が指摘されていました。また、イメージング研究法方法としてPETが紹介され、さらに差分法について解説がありました。さて、この論文は言語進化がそのトピックです。著者は、言語進化へのアプローチの方法として、構造からの接近法、機能からの接近法、遺伝子からの接近法の3つの方法があると述べます。そして、それぞれの方法及び調査結果について解説がされています。

構造からの接近法は、「ヒトの脳と言語の関係についてわかっている事柄から、その構造についての知識を取り出し、それらが他の動物でどのくらい実現されているのかを調べてみようという立場」(p. 80)です。そして、その研究として、霊長類の発生と学習に関する研究(ヒト以外の霊長類には統語性や構成性はなく、せいぜい象徴性の萌芽がある程度であるという結果が出ているようです)、霊長類の「言語」能力研究(サルには埋め込みはおろかより単純な反復の問題も解けない)、霊長類の「言語」野の研究(ブローカ野:最近の研究で埋め込み操作には特にブロードマン44野が重要であるとされており、これに相当する部位が小さいながらもアカゲザルに確認され、自種の鳴き声を聞くとこの辺りが活性する。ウェルニッケ野:ヒトには左半球にしかなく、その側頭平面が右半球よりも広い。このことはチンパンジーでも確認されるが、アカゲザルではその左右差はない。また、自種の仲間を呼ぶ声を聴くと、左右どちからの活動が上がるが、それが左右どちらかは個体によって異なる。この結果から、「アカゲザルでもウェルニッケ野に相当する部位があるかも知れないが、側性化の度合いは低い」(p. 84)。弓状束:「44野(ブローカ野)と22野(ウェルニッケ野)の連結は、ヒトでもっとも密で、次にチンパンジー、アカゲザルでは非常に弱かった」(p. 84))、といった点が紹介されていました。

次は機能からの接近法です。この方法は「系統発生はさておいてヒトの言語の特徴と少しでも対応するものがある生き物を使って、それらの生き物がどういう脳機能をもって前「言語」的機能を可能にしているかを調べる」(p. 80)ものです。この方法に基づいた研究として、鳥類の発生と学習の研究(鳥のさえずり(歌)は統語性をもち、その習得過程は、他個体から学ぶべき音を選択・記憶し、自身の発声をそれに近づけるという2段階から構成される)、鳥類の「言語」能力研究(複雑な歌を変奏するムクドリには埋め込みと反復を区別する能力があるようである)、鳥類の聴覚発生系の研究(後部伝達路:神経核を連結し、歌をうたう行動そのものを司る。前部伝達路:神経核を連結し、「歌を学ぶ過程、歌を維持する過程を司る」(p. 86)。RA:「歌を構成する音要素それぞれの運動パターン」(p. 86)を司る。HVC:RAで司るパターンの組み合わせを司る。NIf:「その組合わせのさらに高次の組合せを」(p. 86)司る。ミラーニューロン:ミラーニューロンとは、自身がある意図をもって行動した場合と他者が同様な意図をもって行動した場合で同じような反動をする神経細胞のことであり、ヒトではブローカ野で確認され、ミラーシステムと呼ばれている。鳥類ではAreaXにミラーニューロンと言える性質があることがわかってきた。喃語期の特異性:鳥類にも喃語期があり、成長と若鳥では歌制御の神経システムが異なっている。音声記憶の座:歌を聴いたときの即初期遺伝子(「刺激を受けてから30分程度で脳において発現し、その後の脳の可塑的変化を司る一連の分子カスケードを引き起こす遺伝子」(p. 88))の発現箇所が歌を歌う場合とは全く別であった)、が紹介されていました。これまでの研究から「鳥類の脳構造はヒトの脳構造と大きく異なるが、発生学習の発達過程を見るときわめて類似している」(pp. 88-89)と述べられていました。

3つ目の遺伝子からの接近法ではFOXP2が紹介されています。これはGopnikに1990年に報告されたもので、当初「文法遺伝子」と期待がされたそうです。これは、「DNAに結合して遺伝子のオン・オフを制御する転写因子(transcription factor)と呼ばれるタンパクをコードする遺伝子」(p. 89)なのだそうです。チンパンジー、ゴリラ、アカゲザルとヒトの間では2箇所だけアミノ酸が異なっているそうです。しかし、そのうちの1つの変異は食肉目にもみられるそうで、少なくとも1つの変異は言語とは関係していないであろうと著者は述べます。FOXP2は、肺の発生に関わることが知られており、脳では「大脳基底核、大脳皮質第4層、小脳プルキンエ細胞、視床などで発現する」(p. 89)ことが明らかになっているそうで、「FOXP2は言語のうちでも前頭前野と大脳基底核で実行される系に関連する」(p. 90)野ではないかと著者は述べていました。FOXP2は鳴禽類では発生の制御に関係する部位に発現するそうです(特にAreaXでは、「感覚運動学習期に一時的に増加し、学習が完了すると減少する」(p. 90)そうです。)。実際、これが発現しないと鳥の歌は大変みずぼらしいものになるとのことでした。マウス(チンパンジーらとは1つのアミノ酸が異なっているだけだそうです)では、小脳と大脳基底の形成に関わっているという可能性が示唆されています。また、コウモリは、FOXP2に多くの変異が見つかっており、特に音響定位を用いるコウモリはそれが顕著になるそうです。一方で、ネアンデルタール人はすでにヒトと同じ変異を持っていたことが明らかになっているそうです。以上の結果を踏まえて、「FOXP2は運動全般に関わる遺伝子であるといえる。とくに、行動と感覚の相互作用を必要とするような正確な運動制御に強く関わっている。(中略)言語の進化に大切であるが、言語そのものを可能にする遺伝子ではない。遺伝子からの接近は今後有用や方法となってゆくであろうが、たった1つの遺伝子から言語が生じたと考えるべきではない。」(p. 91)と述べられていました。著者の、「言語は複合機能であるから、単一遺伝子で制御されるはずはないと思う」(p. 80)という考えをここで報告された研究成果が裏付けていると感じました。

最後に著者は、「言語は純粋に進化の産物としてのみ扱うわけにはいかない代物である。言語の起源は、生物進化、文化進化、個体間学習の3つの要因の複雑な相互作用から説明されなければならない」(p. 92)と述べ、「生物言語学という学問は、その一部に生成文法を含むべきなのであり、Jenkins (2000) に見られるように、単に生成文法を生物言語学と呼ぶのは分野の矮小化に過ぎない」(p. 92)と述べられていました。つまり、生物言語学にとって生成文法の知識は不可欠ですが、生物言語学と生成文法を同一のものとみなしてはいけないということでしょう。私にとって新しいことが大変多く、とても勉強になりました。

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