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2011年2月22日 (火)

西巌弘(2010).『即興で話す英語力を鍛える! ワードカウンターを活用したスピーキング活動22』を読む(明治図書)

ワードカウンターに関する具体的な手順が満載の一冊です。

西巌弘(2010).『即興で話す英語力を鍛える! ワードカウンターを活用したスピーキング活動22』.明治図書.

感想:本書の著者には一度達人セミナーで実践を見させていただき、とても感銘を受け、現在では私も授業の中にワードカウンターによる活動(1分間モノログ)を取り入れさせていただいています。本書では、ワードカウンターを使った活動を中心としつつ、主に学習者の流暢さ、即興で話せること、そして英語を知っている・分かっているレベルから、できる・使えるレベルへと移行させることの重要性、およびその方法に関して様々な活動例が示してありました。ワードカウンターを使う以前のレベルの準備段階や、具体的な教員の発言例など、とても具体的でわかりやすく、私も大いに参考になりました。最後は、ワードカウンターを使用した発展的な活動例として、2分間モノログとトーキングマッチが説明されていました。具体的なワークシートや板書例も書いてあるので、これからワードカウンターを使った授業をしてみようと思う方にはとても役に立つと思いました。

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2011年2月15日 (火)

岡田順子(2008).『みるみる語彙力がつく! 魔法の5分間英単語テスト』を読む(明治図書)

大学での英語の授業で、単語テストに1工夫できないかどうかと考えて、本書を手に取りました。主に中学校での英語教育を想定した、英単語テストのアイデア集です。1つ1つがとても工夫してあり、いろいろと考えることができました。本書の詳細は次の通りです。

岡田順子(2008).『みるみる語彙力がつく! 魔法の5分間英単語テスト』.明治図書.

感想:本書は主に2つの部分に分かれています。第1部では、教科書の新出語を効果的にテストするためのアイデアが紹介されていました。第1部は、毎週実施したい単語テストのアイデアと定期試験での単語テストのアイデアに分かれていました。毎週実施したい単語テストに関しては、「間隔をあけて、こまめにくり返せ!」、「20秒待って!」、「絵から探そう!」、「ボーリングテスト」、「クリスクローステスト」、「単語コピーイングテスト」、「ほにゃらら!」、「単語探しテスト」、「何がなくてもビンゴ!何がなんでもビンゴ!!」、という具体的なアイデアが紹介してありました。定期試験での単語テストに関しては、「クローズテストのバリエーション」、「違う文脈にあてはめてみよう!」、「虫食い音読テスト」、というアイデアがありました。

第2部は、教科書を離れた復習用英単語テストです。本書をコピーすればそのまま使用できるので、とても助かります。第2部も更に2つのセクションに分かれていました。最初は、定着を確認するためのテストで、「新出語常識テスト」、「同じ単語はどれ?」、「発音ビンゴ」、「絵を見て計算!英単語方程式」、「単語トーナメントテスト」、「単語集合テスト」、「単語百人一首テスト」、「最初はT・サークルテスト」、「最後はT・逆さしりとりテスト」、「連想テスト」、です。もう1つは難問チャレンジテストで、「つながる単語はどれ?」と「接頭辞・接尾辞の意味から単語を増やそう」、の2つのアイデアが紹介されていました。

いずれのテスト形式も、学習者が頭の中で所定の単語に対して注意を多く払う(または、何回もリハーサルする)ための工夫が凝らしてあり、とても勉強になりました。また、具体例が豊富で、難易度別にそれぞれのテスト形式の例が示されています。さらに、本書をコピーすればすぐにでも教室で使えるような作りとなっているため、とても助かります。私は、特にクリスクローステスト、単語コピーイングテスト、単語探しテストにとても興味を持ちました。大学での授業で活かせないかどうか、少し考えてみたいと思います。

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2011年2月14日 (月)

村上征勝(2002).『文化を計る 文化計量学序説』を読む(朝倉書店)

文学研究、美術研究、考古学、においていかに統計分析が貢献するのか、ということを中心としてまとめてある一冊でした。統計学については、これまで心理統計の本を中心として読んできたのですが、本書では数量化理論Ⅲ類、主成分分析、クラスター分析、区間推定に重点が置かれていたのがとても印象的でした。全く異なる分野の統計分析研究に触れることで、統計手法自体の理解も深めることができました。

村上征勝(2002).『文化を計る 文化計量学序説』.朝倉書店.

感想:著者はまず、文化の定義から始めます。林知己夫氏による定義「文化とは表面的には日常生活の様式や行動の様式、著作物、芸術作品などの精神的活動の表現、道具、機械、建築物などの技術的、科学的な製作物などとして伝えられてきてはいるが、本質はその国、その時代の人々の心の有り様の集大成」(p. 1)を引き、主として意識調査を通して現在の人々の心の有り様(つまり文化)を研究することが可能であると述べます。また、過去の人々の心の有り様については、「日常生活の様式や精神的な表現、技術的な製作物といった表面的な文化的活動の遺産の分析を通じてしか探る方法はない」(p. 2)と述べた上で、本書では「著作物、芸術作品などの精神的活動の表現や、道具、機械、建築物などの技術的製作物として伝えられてきている物の分析を通じて、過去の文化の計量について考えること」(p. 2)を行います。そして、この研究アプローチは「計量的文化研究」と呼ばれています。この研究方法の歴史はまだ浅いそうですが、本書の第1章でその基本的な考え方とこれまでの研究の流れについて簡単にまとめてあります。

第2章では、データとは何か、その性質について簡単にまとめてありました。本書では、基本的に人文系の研究者を対象として、統計のことをあまり知らないということが前提で欠かれている本ですので、統計に既に詳しい方にとってはとても基本的な内容となっています。しかし、いずれも大切なことが述べてありますので、もう一度初心に帰ることができました。また、著者は人文領域の研究者、統計学研究者、情報学研究者で協力して研究を進めていくことを提唱しており、なかなか1つの分野だけでは問題が解決できなくなってきている(問題が複雑化してきている)現在の学問においてとても大切な考えだと思いました。

第3章では、統計の説明がされています。顔型グラフの紹介から始まり、比率、平均値、分散、標準偏差、相関係数、区間推定、回帰分析、主成分分析、数量化理論Ⅲ類、クラスター分析、が説明されていました。

第4章では、計量文献学が紹介されていました。研究分野のこれまでの発展についてコンパクトにまとめてあります。そして、読点の付け方にみる書き手の特徴(主成分分析とクラスター分析)、川端康成の小説における読点の付け方の変化(数量化理論Ⅲ類)、『源氏物語』の数量的研究(t検定、数量化理論Ⅲ類)、日蓮遺文の真贋の分析(t検定、クラスター分析)が実践されていました。

第5章では、美術を統計を使って分析する方法が例示されていました。1つ目は、浮世絵に描かれている顔の形態的美の分析で、主成分分析とクラスター分析が用いられていました。2つ目は色彩美の研究であり、クラスター分析が行なわれていました。

第6章では、統計を用いた考古学の分析例が示されていました。1つ目は、古代寺院の金堂の建立年代に関する分析で、主成分分析と区間推定が用いられていました。2つ目は、青銅器の減量の産地を推定する研究で、主成分分析が使用されていました。3つ目は、『古事記』と『日本書紀』に記述がある古代の天皇の実際の年齢を推定する研究で、回帰分析が活用されていました。

全く異なる研究分野における統計分析の方法を見ることはとても興味深かったです。また、本書を通して、統計も研究道具の1つの方法であるということが強調されており、必ず研究対象のこれまでの研究成果を踏まえてデータを解釈することの大切さが説かれていました。とても大切な研究スタンスだと思います。

最後に、本書の章立てを示しておきます。

第1章:文化を計る

第2章:現象理解のためのデータ

第3章:現象理解のためのデータ分析法

第4章:文を計る

第5章:美を計る

第6章:古代を計る

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2011年2月 7日 (月)

P.Stockwell(2002).『Cognitive Poetics: An Introduction』を読む(Routledge)

大学院生と授業で一緒に読みました。認知詩学ないしは認知文体論ではとても有名な本です。認知詩学はものすごい勢いで発達しているので、少し内容が古くなってきている部分もありますが、この分野の全体像を示してくれていました。しかしながら、記述があまりに少なかったり、説明が少なかったりして、認知詩学または認知文体論の知識を全く持っていない状態で読むのは非常に厳しいと思います。おそらく現在では、初心者により適切な本が出ているのではないかなと思います。本書の詳細は以下の通り。

Stockwell, P. (2002). Cognitive poetics: An introduction. London: Routledge.

感想:大学院生と授業で一緒に読みました。認知詩学ないしは認知文体論ではとても有名な本です。

<第1章:Introduction: Body, mind and literature

この章では、本書の目的や認知詩学の目指すところなどについて概略的に述べてありました。基本的に認知詩学は、文脈を大切にします。そして、文学的に価値があるといわれるような解釈(または、大勢の人によって支持されている解釈)だけでなく、個人的な解釈をも分析の対象とします。一般に、文学批評理論は、「作者-テクスト-読者」という3つの項目について、どの点を最も重視するかということを少しずつ変えながら発達してきました。それに対して認知詩学は、「作者-テクスト-読者」という枠組みそのものを再評価し、文学活動のプロセス全体を捉えなおします(当然、文学に関わるあらゆる概念をも捉えなおすことになります)。最後に、著者は認知詩学という用語を非常に広い意味で使っています。Reuven Tsurなどは、その意味が非常に限定的なのですが、本書では、”any approaches to literary craft that take models from cognitive science as their descriptive deiscipline” (p. 8)と述べています。

<第2章:Figures and grounds

この章では、figuresgroundsという概念を中心に、文学という現象を捉えなおす作業が行なわれていました。著者は、最初にdeviancedevicesthe dominantdefamiliarizationforegroundingimageryliterarinessliterary competencestyleといった概念を全てfiguregroundという概念が、いずれもfiguregroundという観点から捉えなおすことができることを示します。次に、figuregroundをより詳細に分析するための概念としてimage schemaという概念を導入し、その中のtrajectorfigure)とlandmarkground)という観点から、文学の言語を分析し、同じイメージ・スキーマであっても、様々なバリエーションがあることを示します(ここではoverのイメージ・スキーマが使用されていました)。次に、attentionという概念について説明がされます。Figuregroundという概念、またはtrajectorlandmarkという概念が基本的にテクスト側の概念であるのに対し、attentionは読者側の概念になります。そして、テクストと読者の関係について、次のように述べていました。”In textual terms, this means that ‘newness’ is the key to attention: literature is a distraction that pulls attention away from one element onto the newly presented element. I will call these objects attractors in this context.” (p. 18, emphasis in original)また、attentionが払われることを失うことをinhibition of returnと呼んでいます。SF、叙情詩、小説などに、attentionが払われにくい登場人物などがいた場合は、それぞれ異なった様式でではありますが、その他の要素を調整することで作品の構成を調整しているそうです(p. 19)。また、attentionについて、”Attention is focused on an object – which is typically a character in a fictional narrative or a building or other setting in a lyrical poem, for example – and attention follows that object if it moves (that is, as the text develops).” (p. 19)”attention is paid to objects which are presented in topic position (first) in sentences. Objects can be bundles of features, as long as they are perceived as composing a unified thing, such as a character, or a theme, or a place, or the continuity offered by an action such as a chase or a puzzle.” (p. 19)”I would like to suggest that inhibition of return is overcome in this way primarily by action, by clear and explicit character development, and by strikingly deviant style.” (p. 19)”We tend to neglect features where there is redundancy – that is, where the element is stereotypical and expected – in order to focus attention on features that are new to us. Also, as part of our social and literary experience, we have learnt to privilege some patterns over others.” (p. 19, emphasis in original)”In literary reading, we are similarly conditioned to regard certain patterns as being more worthy of literary attention than others.” (p. 19)といった事柄が述べてありました。更に、automaticityという概念を提示し、ロシア・フォルマリズムのautomatizationに対応する概念であると述べてありました。また、文学批評家は、attentionを故意にコントロールし、普通の読者では注意を払わないような細かい点をfigureと見立てることで、新しい読みを生み出しているそうです。最後は、Ted Hughes’Hill-stone was content’という作品を取り上げ、その中で「丘の石」が最初は擬人化されて機械的に働く人間と対置されていたのが、徐々にその擬人化がなくなり、最後には人間達と同化してしまうという様子が分析されていました。つまり、丘の石が最初はfigureであったのが、徐々にgoundに同化してしまったというわけです。このことは、作品内の前置詞句にも現れており、intoのイメージ・スキーマを持つ前置詞句とagainstのイメージ・スキーマを持つ前置詞句が、作品の前半では丘の石がtrajectorとして機能していたのが、作品後半ではlandmarkとなっていることが示されていました。とても面白い分析でした。

<第3章:Prototypes and reading

この章では、まず認知科学が西洋哲学と違って心と身体を連続したものであるというふうに捉えるという点を指摘します。次に、actioncreativitygenreinfluences and sourcesintertextualityliterary historymind-stylemodes of writingmovementsopen and close textsparodyperiodisationpoint of viewreadingreceptionがいずれもプロトタイプという観点から捉えなおすことができるということが述べてありました。次に認知科学におけるプロトタイプとカテゴリーという考え方について解説がなされていました。また、認知モデルについても述べてあり、このモデルプロトタイプ効果を引き起こしていること、イメージ・スキーマと命題構造から構成されていること、概念の意味はその語によって想起させられる認知モデルの中にあること、多くの人によって共有されている認知モデルは文化モデルとなること、カテゴリー化のパターンは国籍や環境だけでなく認知活動の目的によっても変化すること、が述べてありました。また、文学においてmodepoetryprosedramaといった分類レベル)と呼ばれるレベルが一般の人々にとっての基本レベルであるのに対して、文学批評家などはジャンルと呼ばれるレベル(comedytragedygothicsurrealism)が基本レベルとなっていることが指摘してありました。また、著者はinterpretive communityという概念をもっと広く考えたdiscourse communityという概念を紹介しています。そして、プロトタイプという概念に基づき、プロトタイプからのズレという観点から文学作品の分析を示していました。そして、”In general, the less prototypical the style, the more potentially open the text is for readerly intervention and activity in interpretation. Writerly texts, which present prototypical expectations at every level, are more closed to readerly work.” (p. 36)と述べていました。その他、Nashによる研究を引用しながら、DickensBleak Houseのパロディー、擬似中期英語で書かれた掃除機についての詩、などを紹介し、これらもプロトタイプという観点からその面白さが説明してありました。

<第4章:Cognitive deixis

この章では、最初に物語に関わる人物(像)の図式を示し、読者が誰の立場でテクストに関わるかはダイクシスに大きく影響を受けることを示していきます。一般に、ダイクシスは「今ここ」についてのみ扱う傾向がありますが、著者はdeictic projectionという考えを示し、文学作品の中でもこの問題を扱うことが可能であることを主張します。著者は、文学作品には、perceptual deixisspatial deixistemporal deixisrelational deixistextual deixiscompositional deixisという6つのダイクシスが関わると述べます。そして、個別の表現が複数のダイクシスとして機能することもあると述べます。また、著者は “Because occurrences of deictic expressions are dependent on context, reading a literary text involves a process of context-creation in order to follow the anchor-points of all these deictic expressions. Reading is creative in this sense of using the text to construct a cognitively negotiable world, and the process id dynamic and constantly shifting.” (p. 46) と述べていました。次にdeictic shift theoryについて説明がなされます。ここではかなり詳しい説明がなされていました。このブログでは割愛しますが、この理論に基づいてWuthering Heightsにおけるdeictic shiftが記述されていきます。最後に、6つの各ダイクシスについて、どのような言語表現が使われたときにdeictic shiftが起こりやすいのか(または起こりにくいのか)が一覧表にしてまとめてありました。現在では、このあたりの研究はもっと進んでいますが、文学作品の読解という行為について新たな捉え方を可能にしてくれるとても面白い考えだと思いました。

<第5章:Cognitive Grammar

この章では、主語の主題性について説明し、semantic roleagentであればあるほど、empathyを受ける度合が高ければ高いほど、限定的(definite)であればあるほど、trajectorとして機能しやすいほど、主語が主題的になるということが説明されていました。しかし、こういった節構造は文学作品では崩される傾向にあります。そして、Ben Jonson “On My First Son” を取り上げ、いかに節構造が逸脱的であり、それが作品の意味内容を曖昧にしているかが示してありました。次に行為連鎖という認知言語学の考えが紹介してありました。認知言語学では、述部を行為の連鎖とみなします。ここでは、名詞が取りうる意味役割の種類と述部(行為連鎖)を具現化する言語構造が整理してありました。この章のまとめとして、George Herbert “Easter wings” が分析してありました。名詞である I は、そのテクスト内では決してagentとはならず、徐々にその役割は積極的な方向には向かっていくもののinstrumentどまりであるということが示してありました(ちなみに、agentは神でした)。少し説明が簡素すぎるのか、とても難しい章でした。

<第6章:Scripts and schemas

ここでは、最初にスキーマという概念について簡単な説明がなされ、文学作品の読解をスキーマという観点から説明することが試みられていました。ここでは、 ‘The Dream of the Rood” を題材として、木(十字架)がイエスと肩を並べて重要な登場人物になりつつも、その役割はpatient的であり、磔で苦しみを負ったのは十字架であるかのような解釈が可能であるということが示され、一見キリスト教というスキーマを一新することを読者に求めようとしつつも、それが夢であるということが最後に強調され、結局はキリスト教の贖いや救いといったことが真実であり、キリスト教のスキーマは強化されているということが示されていました。やはり、説明が少ないので読みにくいです。。。

<第7章:Discourse worlds and mental spaces

この章では可能世界理論とメンタル・スペース理論の説明、及びそれらの文学作品分析への応用が検討されていました。まず、著者は可能世界理論について説明を行います。著者は、この概念はもともとは哲学的な概念なのですが(文学作品の分析などは当然頭にない)、discourse worldsのモデルとしてこの概念を文学作品分析に応用することを提案しています。次に認知的なモデルとしてメンタル・スペース理論に言及がなされていました。そして、2つのモデルを組み合わせる形でSFの読解における意味作用が記述されていました。イギリス留学時代に、この章で扱っていたことは研究をしていたので、個人的にはとても読みやすかったです。

<第8章:Conceptual metaphor

この章では、メタファーをマッピングとして考え直すということからスタートします。そして、メタファーにはそのマッピングの形式がより明確なもの(visible metaphor)からより不明瞭なもの(invisible metaphor)へと広がりがあるということが示されていました。また、マッピングの分析に関しては、内的にはclarityrichnesssystematicityabstractnessという4つの観点から、外的にはscopevalidityという観点から行うことが可能であるということが例示してありました。また、あまり多くの説明はありませんでしたが、メタファーにはexpressive metaphorexplanatory metaphorがあるということが述べてありました。概念メタファーにつきましては、基本的な説明がなされたあと、文学作品分析で特に訳に立つ考え方としてmicrometaphormegametaphorという概念が導入されていました。また、実際の分析ではシュールレアリシスムの作品を取り上げ、一見メタファー的に見える表現を駆使し、そのメタファーの不可能性を読者に感じさせることで、読者にそのメタファーを文字通りに受け取るように仕向け、結果として現実世界を非合理的なものであるとみなさせるという工夫がしてあることが示されていました。この章の前半は認知意味論の知識があればとても読みやすいと思います。

<第9章:Literature as parable

文学作品を読むと、その内容が何かを喩えているのではないかという考えにいたることが多いです。著者は、parableという観点からこのことを考える必要性を主張します。読者が読み取った作品の内容(その作品が喩えようとしているもの)は、作品内のミクロ構造の集合体を様々なマクロ規則の適用によって作り変えたものです。読者は作品を読むことでその作品の読み(何を表現しようとしているのかということ)にいたることもあれば、読者自身がその内容を通して自らの価値観や経験を再構築することもあります。このことを著者はparabolic projectionと呼び、融合理論の観点から記述できるということが述べられていました。作品の分析では、中世の作品が取り上げられていました。この時代の作品を取り上げる理由は、中世では人が言語を話したり読んだりすることで新たな思考を確立することができると考えられており、作品をparableとして読ませることで読者に新たな思考を確立させようという姿勢が強くうかがえるからです。『ガウェイン卿と緑の騎士』を取り上げ、その作品がいかにして様々な事柄を喩えており、それらがその作品内で有機的に統合されているかが示されていました。また、他の作品を使って、読者の価値観が考え直されるような事例も示してあります(融合理論で言えば、入力スペースに融合スペースからフィードバックを与えることと言えるでしょう)。また、究極的には、parableとして読もうとすると何が何だか訳がわからなくなるような作品の例が挙げてあり、寓意を読み取るという習慣自体を皮肉っている事例もありました。正直に言いまして、とても読みつらい章でした。。。

<第10章 Text worlds

この章では、Werthによって提案されたテクスト世界理論について扱われていました。この理論は、談話世界、テクスト世界、サブ世界の3層の構造から構成される理論です。本章の前半はこの理論の説明に割かれていました。一般的な文体論辞典とあまり変わらない書き方がしてありましたので、ここでは要約は省略します。詳しくは本書か文体論の辞典をご参照下さい。本章の後半では全く異なるタイプの文学作品2例を取り上げて、それぞれのテクスト世界及びサブ世界について簡単に記述されていました。Sebastian FaulksBirdsongでは、テクスト世界は動きのない静かな世界で、サブ世界で様々な動きがあるということが記述されていました。次に、John W. CampbellThe Brain-Stealers of Marsは、動きに溢れるダイナミックなテクスト世界の例として示してありました。最後に、テクスト世界に関する情報がほとんどなく、サブ世界に関する情報が非常に詳しい例として、John Keatsの作品が引用されていました。また、この作品では、最後の1行がテクスト世界に属するのか、サブ世界に属するのか、曖昧であり、どちらの世界の情報とするかで意味が変わってくるということが指摘されていました。

<第11章:The comprehension of literature

この章では、文学作品の理解を説明するためのモデルが紹介されていました。Construction integration modelCI model)とcontextual frame theoryが紹介してありました。これらのモデルの説明も非常に教科書的でしたので、ここでは要約を割愛します。本章の最後では、contextual frame theoryを基に演劇(戯曲)とその上演が分析されていました。もともとcontextual frame theoryは、物語の理解を説明するためのモデルなので、著者は若干の修正が必要であるとしながらも、ステージ上で上演されている演劇についてもかなりうまく扱うことができるということを示していました。ただし、よりうまくステージ上での上演を扱うためには理論をもっと整理する必要があるようです。

<第12章:The last words

この章では、これから認知詩学を勉強していく上で考慮すべき重要な点(概念または側面)について述べてありました。具体的にはtexturediscourseideologyemotionimagination、でした。本書では、これらの側面を研究する重要性と研究の方向性が簡単に述べてありました(この辺りは、本書が2001年の本であることから、現在とは少し状況が違ってきているかもしれません。これらの点については、既に多くの研究で取り上げられていると思われます。)。

以上で本書は終わりです。認知詩学(認知文体論)の基礎知識がない状態で読みきるのはやはり少し難しいかなと思いました。

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2011年2月 2日 (水)

D.タネン(1990/2003).『わかりあえる理由 わかりあえない理由 男と女が傷つけあわないための口のきき方8章』を読む(田丸美寿々(訳).講談社)

一般向けの社会言語学の書としてとても有名な本です。前から気になっていたのですが、この度読んでみました。とても面白くて一気に読みすすめてしまいました。現在の社会言語学の理論(例えば、社会ネットワーク理論など)でどの程度本書の内容を裏付けることができるかは分かりませんが、男と女の会話がなぜかみ合わないのか、ということについて私自身はとても納得させられました。本書の詳細は次の通りです。

タネン,D.(2003).『わかりあえる理由 わかりあえない理由 男と女が傷つけあわないための口のきき方8章』(田丸美寿々(訳)).講談社.(原著は1990年出版)

感想:本書では、基本的に男女の会話は異文化間コミュニケーションであるという前提に立ち、議論を進めていきます。そして、この原因として男性と女性がそれぞれ異なった会話のスタイルを持っており、お互いが同性と会話をする際に期待する事柄を異性にも求めてしまうために、トラブルがつきないというのが著者の主張です。著者は、男性は地位を第一に求めて会話を行い、相手からの独立を重視するのに対し、女性は和合を第一に求めて会話を行い、相手への親和を最重視していると述べます。著者はこの考えに基づいて、面白い事例をたくさん交えながら、男女間の会話における様々なトラブルを取り上げ、そのトラブルがこれらの会話スタイルの違いに端を発しているということを指摘していました。著者は、トラブルを避けるためにはお互いの会話スタイルについて理解を深めることが最も大切であると述べます。お互いが違ったスタイルで会話を行っているということが念頭にあれば、男女間の会話におけるトラブルは随分と減り、お互いが嫌な気分になることも少なくなるのではないかというのが著者の見解でした。

最後に目次を示しておきます。

第1章:男女の会話は異文化コミュニケーション

第2章:女の心と男の心がすれ違う理由

第3章:女のおしゃべりと男のおしゃべりの性差

第4章:なぜ、うわさ話が好まれるのか

第5章:聞くは女で、語るは男か?

第6章:女と男の口喧嘩がはじまる理由

第7章:話の腰を折っているのは女、それとも男?

第8章:女と男の間に新たなる扉を開くために

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