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2010年12月30日 (木)

J.Mukařovský(1940/1964).「The Esthetics of Language」を読む(P.L.Garvin(編&訳),『A Prague School Reader on Esthetics, Literary Structure, and Style』,Georgetown University Press)

この論文の詳細は次の通り。

Mukařovský, J. (1964). The esthetics of language. In P. L. Garvin (Ed. & Trans.), A Prague School reader on esthetics, literary structure, and style (pp. 31-69). Washington, DC: Georgetown University Press. (Original work published 1940)

感想:以前、藤井(1977)を読んだ時からとても気になっていた論文です。この論文では、言語の美には2つの側面があり、それらが互いに影響し合っているということを述べていました。まず、著者は簡単にfunction、norm、valueという概念について述べた後、本論文の焦点である、非構造的美と構造的美という概念を導入します。functionは前者に関わり、normは後者に関わります。そして両者の弁証法的統合がvalueとなります。これら2つの側面は常に共存しており、時代によって前者が優勢となったり、後者が優勢となったりします。また、美的機能は基本的には詩などの文学言語で優勢となりますが、それ以外の実用的な機能も共存しているという、Jakobson以来のdominanceという概念も活用されていました。著者は、非構造的美と構造的美についてそれぞれ詳しく論じていきます。前者はロシア・フォルマリズム以来の前景化の議論とほぼ同じです。要は、規範からの逸脱といった形の言語的美を指します。非構造的美と感情の生起の関係についても詳しく触れてありました。後者については、母国語を美しいと思うこと、古典主義、beautyという概念、といった観点から具体的な説明がなされていました。これは、いわゆる美文や言語的規範といった、いわゆる「美しい言語」を指します。一般に、構造的美の方は知性や秩序、論理といった事柄と関わるそうです。この論文は、p. 59~p. 63にかけて、要約がなされているので、議論を見失わずに済みます。

また、この論文ではパロールという語の使い方が独特です。著者は発話(utterance)を非構造的美に属するものとして考え、パロールを構造的美に属するものと考えます(つまり、パロールを無標的で規範に則った言語表現の集合と考えています)。また、面白いと思ったのは、両者の中間に存在すると著者が述べるindividual parole (p. 64) です。これは、特定の作者個人に由来する独特の言葉遣いであり、発話とパロールの中間に位置するとされていました(p. 64)。また、詩で用いられたような言語的要素は、非美学的な要素に対して様々な変容を誘発させるため、話者と世界についての関係に常に変化を起こさせるという点も興味深かったです(詩で使われたような表現は、その独特のニュアンスが生れるため、それが詩以外の場面で使用されたとしても、そのニュアンスが機能してしまう)。

非常に長大な論文なので、ここでは詳細は避けて、大まかな話の流れ及び私が特に面白いと思った箇所のみに言及しました。この論文を読む際は、その解説でもある藤井(1977)も参考にされるとより理解が深まるでしょう。

藤井和子(1977).「ヤン・ムカジョフスキーの言語美学について」.『人文論究』,26 (4),53-65,関西学院大学.

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2010年12月24日 (金)

金谷憲(2009).「教科書だけでこれだけやれる」を読む(金谷憲(編),『教科書だけで大学入試は突破できる』,大修館書店)

この文献の紹介は次の通り。

金谷憲(2009).「教科書だけでこれだけやれる」.In 金谷憲(編),『教科書だけで大学入試は突破できる』(pp. 219-223).大修館書店.

感想:本書の要約ないしまとめがなされていました。本書で示されたこととして、(1)大学入試に頻出の文法は限られていること、(2)入試に出る語彙は95%以上が教科書で学習するものであること、(3)入試では英文の量が多く、かなりの速読力を求められること、が再度確認されていました。このことから、教科書の内容を定着させればかなり入試に対応することができるということが主張されていました。ただし、ここでの議論は入試で満点を取ることについて述べているのではなく、入試で7割程度の得点を取ること(結果として入試に合格すること)について述べているので、注意が必要です。また、教科書をやりさえすればよいというのではなく、あくまでも教科書の内容が定着した上での議論であることも改めて注意しておくことが必要でしょう。そして、著者は高校1年生からとにかく地道に教科書の内容を定着させることが大切であるということを指摘していました。今後の課題としては、生徒がどの程度教科書の内容を定着させているかということについて調査する必要性が挙げてありました。また、本書の最後のメッセージとして、入学試験を分析して冷静に対策を立てることと、何事も入試のせいすることをやめること(入試のせいで使える英語の指導ができない、といったことなど)、の2点が主張されていました。今まであまり考えたことがない事柄が多く述べてあったので、とても面白かったです。

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久保野雅史(2009).「カリキュラム編」を読む(金谷憲(編),『教科書だけで大学入試は突破できる』,大修館書店)

この文献の紹介は以下の通り。

久保野雅史(2009).「カリキュラム編」.In 金谷憲(編),『教科書だけで大学入試は突破できる』(pp. 169-217).大修館書店.

感想:この章では、とにかく教科書を使って大学入試に備えるための高校3年間の指導についてモデルが提示されていました。また、語彙と文法力の増強についてもいくつかアイディアがありました。教科書外の参考書などに頼らずに入試に備えるための知恵が多く示されており、とても勉強になりました。また、最後に難問は入試の合否にはあまり寄与しない(合格者も正解していない)ということが強調してありました。

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2010年12月21日 (火)

R.バルト(1977/1980).『恋愛のディスクール・断章』を読む(三好郁朗(訳),みすず書房)

本書の詳細は次の通り。

バルト,R.(1980).『恋愛のディスクール・断章』(三好郁朗(訳)).みすず書房.(原著は1977年出版)

感想:著者は、恋愛のディスクールは多くの人によって語られてきたし、これからも語られ続けるにもかかわらず、あまりその実態について考察されこなかったと述べます。そして、本書を通して、恋愛のディスクールによく見られる構成要素(著者はフィギュールと呼んでいました)を提示していきます。しかし、著者はメタ言語としてその構成要素を語るのではなく、その構成要素を擬似的な恋愛ディスクールによって上演するという方法が採られていました。構成要素はアルファベット順に提示されるというあたりがとてもポスト構造主義的書物らしいと思いました。納得できることが多く書いてあり、とても面白く読みました。

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2010年12月16日 (木)

中野達也(2009).「分量編-読解・英作文・リスニング」を読む(金谷憲(編),『教科書だけで大学入試は突破できる』,大修館書店)

この文献の詳細は次の通り。

中野達也(2009).「分量編-読解・英作文・リスニング」.In 金谷憲(編),『教科書だけで大学入試は突破できる』(pp. 99-168).大修館書店.

感想:この章では、読解、英作文、リスニングの3つの分野に関して、入学試験ではどの程度の速さでどの程度の分量をこなさなければならないのかということが分析してありました。高等学校の英語授業時間で教科書の語数を割るという単純計算ではwpmが3語程度となるのに対して、センターテストでは120wpmが必要とされるようです。大学の二次試験でも、かなりのwpmが求められているということが示してありました。英作文に関しては、和文英訳形式の問題がよく出題されており、多くが日本語で50~100語程度の内容を英作するというものが多いそうです。リスニングについては、センターではwpmが145~171の間で動いているということが示されていました。そして、入試対策に関して、授業中に読む英文量を増やす工夫をすること、英作文に関しては教科書(最近はとてもよく出来ているので)をフル活用すること、リスニングに関しては単語の音声認知と視覚認知のギャップを埋めることと単語の連結による音変化への対応、がその示唆として述べてありました。また、興味深かったのは、読解に関しては速読力と英語の評定は相関がないという点(つまり速読力と英語力は別技能?)、ライティングに関しては大学にその年のベスト答案を提示してほしいという点、リスニングに関しては中学2年生以降で学習する単語は徐々に音声認知と視覚認知の不一致が起きる傾向があること、がとても面白かったです。また、大学入試の問題は、本文を読まずとも6割近くが正答に辿り着くことができること、も言及してありました。

この章ではとても興味深いデータがたくさん出されていました。しかし、注意しなければならないのは、それぞれのデータがどのようにして算出されているかということを踏まえた上でこの章で提示されたデータを理解しないといけないということです。著者は、その辺りについてはとても詳しく書いてくれています。とても勉強になりました。

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