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2009年5月14日 (木)

大石晴美(2006).『脳科学からの第二言語習得論 英語学習と教授法開発』を読む(昭和堂)

本書の詳細は次の通り。

大石晴美(2006).『脳科学からの第二言語習得論 英語学習と教授法開発』.昭和堂.

感想:英語教育学の和書を久しぶりに読みました。本当はもっとたくさん読まなければいけないのですが。。。今回読んだ本はとても勉強になるもので、有意義な読書をすることができました。

著者はこれまでの認知的な議論(理論的研究であったとしても客観性に乏しい)にとどまっている第二言語習得研究を、実際に脳を観察することで、更に進めることを目的としています。光トポグラフィという装置を使い、実際に学習者の脳の血流量を観察し、その結果をもとに様々な考察が行なわれていました。

1章:ことばはどのように習得されるのか

ここでは、様々な言語習得モデルを概観し、著者はインターフェイス(知識の自動化が起こりうるという考え)の立場に立つことが明言されていました。比較的有名な言語習得モデルが概観されているので、勉強になります。

2章:言語習得における注意の役割

ここでは、近年様々な言語習得研究で言及されている「注意」の役割が詳しく整理してありました。自動的注意が働くことが学習の成功の鍵となるということが指摘されていました。この章も、注意に関する様々な議論が整理されているため、勉強になります。ちなみに、選択的注意は視床網様核という神経領域で指令が出されていると考えられているようです(ただし、まだ明らかなことは分っていないとのことですが)。

3章:言語理解のメカニズム

ここでは情報処理モデルが概観されていました。ここでは、英語教育学における読解研究や聴解研究で言及される様々なモデルが概観してあります。また、モジュール性という点が指摘されていましたが、これが後々の調査結果の伏線として言及してありました。

4章:言語とワーキングメモリ

この章では、心理言語学で頻繁に言及されるワーキングメモリについて整理されていました。ワーキングメモリには領域局在説と分散協調説があり、後々の調査では後者を支持する形になっていきます。この章も、記憶関係の研究を整理するのに役に立ち、とても勉強になります。

5章:言語と脳

1章~第4章で扱われてきたものはいずれも構成概念であり、それぞれが理論武装をしているとは言え、その客観性が乏しいと著者は考えています。この章では、実際に光トポグラフィを使って分析をする前段階として、言語(第1言語と第2言語)と脳の関係を調べた先行研究が整理されていました。また、脳の働きを測定するための調査器具の発展の歴史についても述べてあり、とても面白かったです。

6章:光トポグラフィで脳をみる

次の章から実際の調査結果の報告が始まるのですが、それに先立ち、この章は光トポグラフィ自体の説明と、著者が行なった調査で使った調査材料や調査方法についてまとめてありました。

7章:英語は脳のどこで学習されるのか

ここではリスニングとリーディングの課題遂行中の学習者の脳を調査し、まず、上級学習者は言語処理時に右脳よりも左脳の方が血流増加量が多い、初級学習者は左脳と右脳で血流増加量の割合に差がない、という2点が示されました。このことから、上級学習者は左脳で分析的に言語を処理しており、初級学習者は右脳を使って多くの手がかり(イメージや非言語情報)をもとに言語理解をしようとしていることが推測されるという考察がなされていました(ちなみに母語話者は右脳の使用が増え、形式的な学習をした第2言語学習者は左脳の使用が増えるそうです)。次に、言語のモジュール性について調査されており、中級学習者と上級学習者は課題遂行時の血流増加量が前頭葉よりも左脳が多い、中級学習者と上級学習者の間には前頭葉の血流増加量の差がない、という2点が示されていました。このことから、学習者は英語の処理を左脳言語野(聴覚野、ウェルニッケ野、角回、縁上回)で行なっていること、前頭葉あるいはそこにあると考えられているワーキングメモリは言語処理との関係性が低いこと(ただし内容理解の助けをしていると考えられる)、が述べられていました(言語のモジュール性及びワーキングメモリの分散協調説を支持する結果)。

8章:英語学習者の最適脳活性状態

ここでは、初級学習者は言語野と言語野以外の血流増加量の割合に差がないこと、中級学習者と上級学習者の血流増加量は言語野以外よりも言語野の方が多いこと、言語処理時の血流増加量は、中級学習者、上級学習者、初級学習者の順に多いこと、の3点が示されていました。この結果として、初級学習者から上級学習者になるにつれ、脳活性状態は、「無活性型、過剰活性型、選択的活性型、自動活性型に移行していくと推測できる」(p. 159)という興味深い考察がなされていました。したがって、脳血流量だけでは言語習熟度を判別することはできないことも示しています。また、この章での結果は、著者が本書で取っているノンインターフェイスの立場を支持するものと言えます。

9章:教授法開発で脳活性化

この章では、学習者の熟達度に拘わらず難易度の低い課題の理解テストの方が高い課題のテストよりも言語野の血流増加量の割合が低いこと、脳活性パターンが選択的活性型・自動活性型の学習者は課題文の内容に関する情報を与えられると言語野の血流増加量が減ること(課題遂行が楽になったと考えられます)、脳活性パターンが無活性型の初級学習者は課題文の内容に関する情報を与えられると言語野の血流増加量が増えること(ただしリスニング課題では生じず、リーディング課題でのみ。学習者は課題の遂行の糸口を見出し頑張り始めたと考えられます)、脳活性パターンが自動活性型の上級学習者は課題文の内容に関する情報を与えられようが与えられまいが言語野の血流増加量の割合に差はないこと(天井効果)、同じ課題を2度繰り返したとしても1回目と2回目で課題遂行時の言語野血流増加量に変化はないこと(ただし、上級学習者はウェルニッケ野で血流増加量が認められています。また、この調査はあくまでも補助的であり、今回の課題について2回繰り返しを行なった際の脳活性パターンを調べているに過ぎません。従いまして、繰り返し学習が無意味であるといったことが示されているわけではないので注意が必要であるという点を著者は強調しています。)、が示されていました。この章全体を通して、課題の難易度や課題に対する情報量を学習者に与えるかどうかといった事柄によって、学習者の脳活性パターンは変化し、上級学習者以外の学習者であっても、自動活性型に近いパターンへと導くことが可能であることが示されました。この章は中間言語の可変性の支持にもなっています。

10章:英語教育における今後の課題

この章では第79章で行なった調査の結果のまとめがなされていました。本調査を通して「言語処理において、適度な注意量が最も言語処理を促進させると言える。いわゆる、血流増加量の割合の中庸状態が最適注意量と言え、この状態で働く注意が、促進性選択的注意と定義づけることも可能である。」(p. 193)、「英語学習の成功者は、提示された言語に自動的に注意を向けることができ、言語野が選択的に活性されるということが実証データとして得られた」(p. 195)という2点が本書の結論として僕自身が一番面白いと感じた部分でした。最後は残された課題の部分で、装置の限界点など様々な点が挙げてありましたが、やはり脳科学系の英語教育研究で常に問題になる「血流量は何を表わしているのか」という点が最も興味深かったです。

参考資料には調査で用いた課題文なども載せられていますし、光トポグラフィの説明も丁寧にしてあります。本書を通して、脳科学的英語教育研究の面白さを感じることができたのとともに、これまでの第2言語習得研究は妥当な議論を行なっているということも感じることができました。英語学習と脳ということがしばしば話題になることがありますが、本書のようにしっかりとした研究がなされたことは英語教育学にとっては大きな前進であると思いました。とても勉強になる本でした。

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