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2009年2月12日 (木)

G.Hall(2005).『Literature in Language Education』第3章を読む(Palgrave Macmillan)

タイトル:Reading literature

感想:この章は、私の専門に最も関わるところでしたので、私個人としてはほとんど知っていることでした。しかし、文学読解プロセスの調査の研究などにあまりなじみのない人にとってはかなり豊富な情報量が含まれていると思われます。

著者は最初に読者反応理論の研究をレビューします。その先駆けとしてI. A. Richardsが挙げてあり、"In short, what Richards' experiment revealed, though he seems reluctant to fully accept the finding, is that meaning is context-dependent" (p. 87)と指摘していました。その後、読者反応批評でテクスト寄りの議論をしたIserと、コンテクスト寄りの議論をしたFishが紹介してありました。その他、RosenblattとCullerも紹介していました。しかし、多くの研究はideal readerあるいはsuper-readerであり、実際のreal readerの研究ではなかったと著者は指摘しています。著者曰く、理想の読者とは、"To be a successful reader in the academy, it was argued, was to learn to read as a straight white male, at the cost of didelity to one's actual experience of life; 'immasculation' is Fetterley's feminist (1978) term.  Claims to objective, impersonal or universal responses to literature to which the student should aspire came to be seen as increasingly suspicious." (p. 95)と議論されていました。このような状況にあって、私たちは実際の読者を研究する必要があると著者は指摘します。

次に第1言語での文学読解の実証研究が紹介されていました。この節は、文学の経験的研究の研究成果に多く負っていました。ここではその研究成果が色々と紹介してあります(例えば、文学においては推論は重要だが、それはテクストを読み終わるまでその生成が遅れることが多い、といった点など)。エキスパートと初心者の文学読解の違いを調べた研究は教育への示唆が期待できること、情意的な側面は作品を評価する際に避けては通れないこと、教育研究はmoral、personal、social growth的な側面、認知処理的な側面、言語的な側面(語彙の拡張や多読など。しかし、ほとんど何も明らかになっていないそうです)において文学の価値を模索してきたこと、などが紹介してありました。

最後は第2言語における文学読解に実証的な研究が整理してありました。そもそもこの分野は研究が非常に少ないのですが、著者は面白い研究を色々と取り上げていました。まず、著者はBernhardt (1995)の言葉を借りて、これまでの研究の中心は読解であり、読者ではなかったということを明言します。著者の主張としては、読者の研究こそが重要ということになります。ここで述べられていた重要な事柄としては、(1)学習者は文学の外国語学習における有用性を見出しにくいため、教師がしっかりと説明してやる必要があること、(2)文学読解において文化的側面の知識の方が言語的側面の知識よりも重要になることがあること、(3)文学は確かに読むのが難しいが、そのことを原因にして教室から遠ざけるのは間違っており、むしろ様々な視点や価値観を指導できるということを重視しなければならないこと(学習者は自分の価値観を正当化するものを読みたがる傾向があるそうです)、(4)ただし、教師が気をつけないと、多文化を扱っても無理解に終ったり、不快感が残ってしまうことがあること、といった点が面白かったです。同時に、反応重視の指導はあまりアカデミックではない学習者のための指導法である、そのテクストのジャンルを知っていればそのテクストを読むことができる、といった偏見にも立ち向かっていく必要があるということを著者は指摘していました(p. 122)。

しかし、この章で著者が最も言いたかったことは、次の事柄だと私は理解しました。"One overall conclusion from this review must be that the field has been dominated by psychology research and educational fileld studies.  What is conspicuously lacking is an approach to literature as discourse, or literature as a social practice, from an applied linguistic point of view, which would ask what learners of literature learn through the discourses in which they participate, and whether these discourses could be developed more in the favour of and interests of the learners." やはり、著者は文化的なアプローチを信条のしているようです。

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