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2008年11月 9日 (日)

Stockwell (2007)

Stockwell, P. (2007). On teaching literature itself. In G. Watson & S. Zyngier (Eds.), Literature and stylistics for language learners: Theory and practice (pp. 15-24). New York: Palgrave Macmillan.

感想:the teaching of English as a Foreign Literature (EFLit)という考えが特にイギリスの大学などで発展してきてはいるものの、文体論はまだ文学教育の手段としてはあまり広く考えられていません(言語教育の一環としての価値はもうイギリスの大学では確立しているそうですが)。そこで、この論文では文学そのものを教えるための手段としての文体論の価値が議論されています。この論文では著者のワークショップで実際に行なった活動や討論を基に議論が進められています。著者はBysshe Shellyの"Ozymandias" (1818)を指示という観点(dictic dimension)から議論することを通して、言語記述に終始しない方法(読者と解釈をも議論する方法)を例示していました(shift theory、poetic register、styleについても言及あり)。著者は文体論について、"it is not good enough to leave the discussion at the level of linguistic description: that might be good linguistics b ut it is poor stylistics." (p. 22)と述べています。次に、Horace Smithによって書かれた類似した詩("On a Stupendous Leg of Granite, Discovered Standing by Itself in the Deserts of Egypt, with the Inscription Inserted Below")とSherryの詩を比較させ、テクストの語彙や手法の選択について考えさせることで、さらに豊かな議論が可能になるとしています。

著者はこういった活動の主眼として、"the point of the seminar is to enrich our understanding of the literary work in hand, to appreciate its signiricance as a moment in literary evolution, and to regenerate its texture and power" (p. 23)と述べています。文学解釈を豊かにするためならば歴史的ないし文脈的な情報も活用しますし、まず読者に与える効果という点(テクストに含まれる優勢な特徴ではなく)からスタートします。著者は文体論(歴史学、社会学、哲学、考古学ではなく)こそが文学を文学として扱うことができる方法であると自負しています。こういったアプローチは、"how the text helps the reader to generate the literary experience" (p. 23)という観点から出発することになるそうです。

ここまで文学という立場に立って文体論を論じる論文はあまり多くないと思うので、とても面白かったです。また、示してあった"Ozymandias"の分析もとても面白く読みました。

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