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2008年8月19日 (火)

Starobinski (1971/1979)第3章

タイトル:The question of origin

感想:途中で止まっていたんですが、再び読み始めました。ソシュールはアナグラムの起源についての考察は行ないませんでした。ソシュールの関心事は、アナグラムという形式が時代を超えて存続することを証明すること(示すこと)で満足していました。実際、アナグラムは昔は宗教的な色合いが強く、神の名前しか使うことができなかったそうですが、時代が変わるにつれて、人名、付加形容詞、地名、普通名詞が後の時代では使われることも増えたことをソシュールは示しました。

読者によっては、アナグラムを持ったテクストに流出説的構想を見たくなる場合もありますが、ソシュール自身はそのような気はほとんどなかったようです。ここで言っている、流出説的構想とは、文学作品はテクストの中にあらかじめ存在していた別のテクストが拡散したとする考え方です。つまり、この考え方では、テクストの2層の間に関係性を強調し、イポグラムがそのテクストの根源として位置づけられることになります。しかし、ソシュールにとってはイポグラムなどは資材という立場に過ぎず、テクストはその上に書かれるに過ぎないということになります。アナグラムとは作家にとって、詩行の可能性を開くと同時に制限する道具の一つということになるわけです。アナグラムはそのテクストのテーマであり、そのテーマを表わした語に過ぎません。そして、その上に展開されるテクストはそのテーマを引き伸ばしたものであり、それ以上のことはソシュールは考えていなかったようです。

ソシュールのアナグラム研究を引き合いに出す研究は、比較的、流出説的構想との兼ね合いで、芸術の創造性を批判することが多いのですが、僕自身、この章を読んで、気をつけなければいけないな(ソシュール自身は流出説的構想は持っていなかったということ)と感じました。勉強になりました。

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