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2008年1月 7日 (月)

下條信輔(1999).『<意識>とは何だろうか:脳の来歴、知覚の錯誤』第5章を読む(筑摩書房)

タイトル:人間観と倫理

感想:この章は、これまでの専門的な話をもとに、より社会的な次元での現象を考察しています。ここで特に扱われていたのはプロザック現象で、なぜ人は、健常者が薬などによって能力を飛躍させることを倫理に反するものと考えるのか、といったことが主に議論されていました。基本的には、環境世界という外部にあるすべてのものが人の内側と相互作用をするという点で共通しているのですが、薬は神経といったレベルに直接働きかける(さらに脳の一部となる)といった点が他の道具などに比べると顕著です。こういった社会の倫理的な問題も、結局は脳という問題を考えざるを得ない状況になっています。また遺伝決定論といった社会的な問題も脳との関わりで考察しないわけにはいかないといった点も指摘されています。

結局われわれは、もはや従来の身体対精神とか、先天対後天といった構図で物事を考えることをやめて、より高次なところでものごとを考えていく必要があるようです。脳と聞くと、あまり社会とは関係がないような気がしますが、それは誤解であり、従来は無関係だと思われていたような倫理といった問題ですら、脳がかかわってくるということをよく理解することができました。

この章で本書は終わりになるのですが、脳、身体、環境はそれぞれつながっており、どれか一つのみで考えることはできない。つねに相互作用が生じており、その関係の中でものごとをかんがえていかなければならないというのが著者の一番言いたかったことではないかなあと思います。とてもいい本だと思いました。

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