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2007年11月27日 (火)

富田恭彦(1997).『科学哲学者柏木達彦の冬学期【原子論と認識論と言語論的転回の不思議な関係、の巻】』を読む(ナカニシヤ出版)

この本の詳細情報は次の通り。

富田恭彦(1997).『科学哲学者柏木達彦の冬学期【原子論と認識論と言語論的転回の不思議な関係、の巻】』.ナカニシヤ出版.

感想:シリーズ第2段です。今までにこのシリーズの本は2冊読んできたのですが、言語哲学に関しては比較的勉強したことがあったので、これまでの2冊に関しては結構勉強したことがありました。それに比べて今回の本は、僕にとってかなり新しい情報が多かったです。特に僕が曖昧に理解していた、ロックやカントについての話も出てきて大変勉強になりました。本書の最大の目的はローティーが主張する言語論的転回という概念について理解するというものです。

第一話は、一連の議論の大前提の話として、古代原子論の話が出てきます。最初は、「物には色はない」ということの理解をすることから始まります。ここでの話が理解できないと後々の議論の理解が難しくなるかもしれませんね。そして、古代原子論の基礎ともなった、エレア派の議論を追っていきます(ただし、古代原子論がエレア派の議論のすべてを継承したわけではなく、一部は捨てています)。具体的にはゼノン、メリッソス、パルメニデスの議論を追っていきます。そして、「物には色はない」ということをきっかけとしながら、当時は物とはどのようなものと考えられていたのか、どのような性質を持っているものと考えられていたのか、説明がなされます。どうやら、物とは眼に見えない粒子のかたまりで、形とか大きさをその一次性質として持ち、色や匂いといったものは、これらが人間の感覚に働きかけて観念として我々に経験させているもの、と考えたようです。

第2話は、ベルクマンという哲学者の話から始まります。実は、言語論的転回は、ローティーによる造語ではなく、ベルクマンによるものなのだそうです。ここでは、認識論的転回というものについて扱っていきます。言語論的転回は認識論的転回の延長線上にあるとローティーは考えています。認識論的転回をすすめた人として、デカルト、ロック、カントを扱っています。デカルトが認識論的哲学の道を拓き、ロックが認識論の課題を明確に示し、カントが認識論の性格を望ましいものに変更した、と著者は考えています。彼らはそもそも人間は何を知りうるのか、どのような知識をどのようにして得られるのか、といったことを中心課題として考えました。この話の中では、それぞれの哲学者の議論についてかなり突っ込んで話がなされて、認識論的転回の話との関連でのみならず、これら三人の哲学者の考えを勉強するという意味でもとても面白いです。デカルトについては特に詳しく扱ってあり、神の存在証明の話とか物の存在証明の話などもとても分かりやすく説明してありました。そして、認識論的転回の立役者の説明が終わった後、言語論的転回を推し進めた哲学者として論理実証主義哲学が出てきます。彼らは、観念などは言語を通して与えられるものであり、言語抜きで議論をしていたそれ以前の哲学に関しては批判的です。そこで、言語を研究することで、人間の知識のあり方について知見を得ようとしたようです。そして、様々な学問の基礎を与えられると考えたようでした。論理実証主義哲学の論文は今まで読んだことがあったのですが、お恥ずかしながら、言語論的転回という文脈で読んだことがなかったので、とても新鮮でした。また、言語論的哲学が論理的言語を扱っていたところから日常言語を取り上げるようになるという進路変更についても触れてあり、とても興味深かったです。

第3話は、言語論的転回に関するローティーの考え、そのローティーの考えに対する著者の考えが示されていました。ローティーによると認識論的転回と言語論的転回は特権的知識を求めようとしてきたり、正統化(知的探求が探求するに値することかどうかを基礎付けること)ばかりしていて正当化(個々の主張が正しいかどうかを示すこと)に寄与していない(または前者を後者に適用している)、といった理由で、認識論的転回と言語論的転回に関しては否定的な見解を示しています。特権的知識への否定的議論には、前回読んだ本で出てきたホーリズムの考えがにじみ出ています。真理の対応説というのは幻想で、結局我々は自分達が信じていることを基盤として発話の真偽を判定するしかありません。このようにローティーは認識論的転回と言語論的転回に対してとても否定的なのですが、最後に著者は、認識論的転回とはローティーが考えているよりもずっとローティー的なもの(絶対的知識で人間の創造性を規制することはなく、むしろ何とか新しい考えを出そうと発想し続けること)だったのではないか、と考えています。この辺りの論考はとても面白く読みました。結局、認識論的転回の立役者達は自然哲学の発展の上に自らの観念説を打ち立てており、この意味では自分達の信じていることをもとに知の在り方や自然哲学の基礎を論じていることになります。循環論ではないかと非難されるかもしれませんが、われわれは真理の対応説が幻想であり、結局ホーリズム的な様式でしかものごとを判断できないということをしっかりと理解することが必要でしょうね。

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2007年11月18日 (日)

富田恭彦.(1997).『科学哲学者柏木達彦の多忙な夏【科学ってホントはすっごくソフトなんだ、の巻】』を読む(ナカニシヤ出版)

本書の詳細な情報は次の通り。

富田恭彦.(1997).『科学哲学者柏木達彦の多忙な夏【科学ってホントはすっごくソフトなんだ、の巻】』.ナカニシヤ出版.

感想:先週、第四作目を読んで、とても面白かったので、第一作目を読みました。本書は5つの話から構成されていました。第一話目は、クーンのパラダイム論などを取り上げながら、概念図式が違えば、共約不可能であるという相対主義の考えを、クワインやデイヴィドソンの根本的理解の考えを持ち出しながら批判していく話でした。第二話は、解釈的循環またはホーリズムの話で、整合性と先入見という言葉がキーワードだったように思えます。第三話は、観察の理論負荷性について。観察という行為においては、観察の前提になっている理論と観察によって確かめられている理論を区別する必要があるということが主張されます。また、論理的原子論を批判する中で、ある文の真偽は文全体の中で捉える必要があるというホーリズムの考えが再び提示されます。第四話は、論理実証主義の話を解説する中で、その考えがなぜマズイのかを明らかにしていきます。特に意味基準の問題(検証可能性と反証可能性)を中心に据えて、その意味基準を推し進めていくと、結果として論理実証主義の考えと矛盾してしまうことが示されていました。また、意味基準という考えそのものが論理実証主義的にマズイ(検証不可能)ということも示されていました。最後はホーリズムの考えをちらつかせつつ、この話は終わっています。やはり、物事の真偽は全体との整合性を考える中で判断していくしかないですね。第五話は、ローティーの議論の観点からデカルト的不安について考えていきます。鏡的人間の話をもとに、最終的には、自文化中心主義(ローティ風意味合いにおけるもの)が避けられないものであるとし、その中で他者と連帯しながら、他者の様々な意見を取り入れて、寛容に生きていくことが大切であるというところまで話が持っていかれていました。デカルト的不安のルーツを探ってプラトンの話をする部分は個人的にはとても面白く読みました。また、論理実証主義がここでも批判の対象として取りあげれていました。とくに感覚与件と分析性を絶対的真理と見なすことはできないという部分がローティーを理解する上で非常に助けとなるのだなあと感じました。とても面白い本でした。他の本も急いで読みたいですね。

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2007年11月16日 (金)

R.C.ホルブ(1984/1986).『「空白」を読む 受容理論の現在』第2章を読む③(勁草書房)

次はプラハ構造主義です。ここでは主にムカジョフスキーの功績について論じられています。彼は、以前はフォルマリスムの教義を継承していたものの、1930年代中盤にはその理論を乗り越えることに成功したそうです。彼は、フォルマリスムとはシクロフスキーが採用した「戦意発揚のためのスローガン」に過ぎないと考えており、厳密な意味でのフォルマリスムは存在しなかったと考えています。ここで、ムカジョフスキーはシクロフスキーの理論が歴史的に必要とされたものということを容認すると同時に、その研究は本当の意味でフォルマリスムではなく、むしろ「芸術の記号論的なあり方を明らかにするための第一歩を踏み出したもの」(pp. 53-54)であったと考えていたようです。そして、「構造主義は、フォルマリスム対伝統主義の対立の超克を体現するものである」(p. 54)と考えています。ムカジョフスキーにとっては芸術とは意味作用の体系になります。「個々の芸術作品はそれぞれがひとつの構造であるが、自らに先行するものへの言及を、本質そのもののうちに秘めている。その意味で、構造は、歴史に依存するものではなく、通時的な系列によって形成され確定されている」(p. 54)。芸術作品は記号として作用し、芸術作品とは複合的な記号であり、「芸術家と受け手のあいだを媒介する「記号論的な事実」」(p. 54)とみなされます。したがって、芸術を単なる社会の反映と見たり、作家の精神状態に還元するようなアプローチとは一線を画すことになります。ムカジョフスキーによると、芸術には伝達を事とする記号としての機能(パロール的な機能)と、自律的な構造としての機能(「メッセージ」として理解されなければならない)があると考えています。後者に関して、それはシニフィアン、シニフィエ、指示的側面から構成されていると考えられています。また、ムカジョフスキーは社会的な側面を重視しており(ただし、文学を社会的な現実の反映と見なす考え方には反対している)、受容者を「社会関係の生産物」(p. 56)とみなし、「現実がまさに芸術の構造とその受容者を侵食している事実を第一の前提とすることによって、社会学を取りこむことに成功している」(pp. 56-57)としています。彼は現象学やフォルマリスムのように理想主義に走るのでもなく、美的な主観主義に走るのでもなく、受容というものを社会学的な次元で考察しているということになります。規範の考え方についてもムカジョフスキーは独特な考え方をしています。インガルデンが古典的な理想像と合致するような規範を考え、フォルマリスムの理論家が形式という領域との関わりで規範を考えたのに対し、彼は規範の社会的名相互作用の運動を重視しています。「彼は、知覚のか脳性と日常的名ものの撹乱に依拠する点で、フォルマリスムの立場に近いものを示しているとはいえ、規範の確立と変更に関しては、社会階級と脱-美学的な社会関係が重要な役割を果たしていることを認め」(pp. 57-58)ています。彼は高尚文学に考察を限定せずに、大衆文学が高尚文学や前衛文学に与える影響であるとか、高尚文学が社会の様々な層に浸透していることも認めます。彼の美的規範に関する考察の2つの重要な結論として、(1)規範は静的で永続的な構築物ではないこと、(2)規範はお互いに異なり、相克することもあること、を著者は紹介しています。また、ムカジョフスキーは、「芸術作品を、目的意識に方向づけられたあらゆる活動から分離して考えようと」(p. 58)します。彼にとって、作者は決して芸術作品の志向性を把握することができず、むしろ知覚者だけが芸術作品を自律的記号として眺めることが可能となります(そして、芸術作品に意味論的統一性を与えることが可能となり、ここではじめて志向性という問題が出てきます)。作者は知覚者の役割を演じてみてはじめて志向性を把握することが可能になります。シクロフスキーが文学テクストと織物を類推させて議論したとき、彼は「世界の綿市場の状況」には興味がなく、「糸の種類」や「織り方」のみに関心があると述べたそうです。それに対して、ムカジョフスキーは、「文学は(中略)、多くの構造の系列にかたちづくられた社会現象の領域に属している。どれか特定の系列の相対的な自律は仮定しうるかも知れないにせよ、どの系列も、完全には独立することができない」(p. 60)と考えていました。プラーグ学派の部分の最後のセクションでは、フェリクス・ヴォジチカが果たした貢献について簡単に述べてありました。著者によると、彼の貢献として(1)ムカジョフスキーが様々なコンテクストで述べた問題意識を公式化したこと、(2)インガルデンの現象学的方法とムカジョフスキーの構造主義的モデルを和解させようとしたこと(具体的な内容は本書を参照してください)、が挙げられます。また、ヴォジチカは、批評家の機能を、「文学作品の具体化を定着させ、それを文学的な価値の体系のなかに取り込むこと」(p. 61)という見解を示しています。この見解に対しては著者はかなり批判的です。彼は貢献(2)で挙げた点にもかかわらず、「彼は、単にインガルデンのいう適切な実体化の理想的な規範を、特定の時代における実体化を定式化する理想的人物像と置き換えているにすぎない」(p. 61)と述べています(ヴォジチカとインガルデンの理論の違いは結局反応の多様性を前者が容認している点だけと述べられています)。また、ムカジョフスキーの記号論的モデルでもっとも魅力的な部分であったはずの、作品と受容者の社会学的な布置が抜け落ちているとも指摘します。手厳しいですね。

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R.C.ホルブ(1984/1986).『「空白」を読む 受容理論の現在』第2章を読む②(勁草書房)

次は、ローマン・インガルデンについて。彼はフッサールの弟子であり、理想主義と現実主義の問題という哲学的な課題を行なうために文学作品という題材を研究対象として選びました。しかし、文学理論では、テクストへの内在的アプローチが新批評と関係づけられたり、読書過程と文学作品の認知に関する議論が受容理論と関係付けられてきたようです(つまり、彼の本来の研究課題との関係で文学理論研究者の間で読まれているわけではない)。まず、彼は「文学作品を純粋に志向的な、もしくは他律的なものと見なしている。すなわち、(現実的・理想的な対象がともにそうであるように)確定的でもなければ自律的でもなく、むしろ、意識的な行為に依存するものである」(pp. 43-44)と考えます。インガルデンは、文学作品を再現された対象として扱い、それは「読者によって完成されるべき概要ないしは「図式化された構造」をかたちづくっている」(p. 44)と考えます(インガルデンの文学作品の認知(4層からなる2次元の構造とみなす考え)に関する詳しい議論は本書に載っていますのでここでは述べません)。そして、「理論上、すべての文学作品、いうならば、すべての再現された対象や局面は、数限りない不確定箇所を含んでいる」(p. 46)と考えられています。次に、「具体化」(狭義の「具体化」)と「実体化」(広義の「具体化」)について説明されます。前者は「補完的な決定行為」(p. 46)、後者は「所与のテクストが秘めている、可能性の具現化、意味単位の客体化、不確定性の具体化の結果」(p. 47)を指します。読者はテクストの不確定箇所や空所を埋める働きをするものとして考えられています。そして、作品それ自体は一定不変の性的名もの、具体化を数が無限にあるものとして区別しています(つまり1つのテクストを様々な様式に具体化することができる。文化知識を習得するために作品を読む場合も具体化の1つとカウントされる)。最後に、インガルデンの議論の限界について著者は論じています。具体的には、(1)テクスト(または図式化された構造)を静的な一定不変のものとすることの問題(空所が無限にあるならばテクストは決して静的なものとして立ち現れることはない)、(2)インガルデンの言うところの適切な具体化が慣習的な文学規範と結び付けられている問題(つまり現代的なものは軽く扱われている)、(3)この古典的な基準に基づいて、読者の実体化は有機的統一性を有するものではなければならないと考えている点、(4)理想化された個人の読者を考えており、芸術作品と受容者が置かれている在り方を説明できないでいる点、が指摘されていました。このような弱点は次に述べるプラハ学派の人々が記号学に向かっていくことによって回避された問題なのだそうです。

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R.C.ホルブ(1984/1986).『「空白」を読む 受容理論の現在』第2章を読む①(勁草書房)

タイトル:影響関係と先行者たち

感想:ここでは、受容理論に影響を与えたと著者が考える理論を扱い、それぞれがどのように受容理論に寄与したのかを整理していきます。

まずは、ロシア・フォルマリスムです。著者によると、ロシア・フォルマリスムは「ドイツにおける重要な特色は、芸術作品や言語の語根・派生に焦点を置くことよりはむしろ、テクストと読者の関係に焦点を移した点にある。形式の概念を拡大して美的な知覚まで包含するようにし、芸術作品を「仕掛け」の総体と規定し、さらに、解釈の過程そのものに注意を向けることにより、ロシア・フォルマリスムの批評家たちは、受容理論と密接な関係にある、新らしい形態の解釈技法を編み出したのである」(p. 31)。著者は、この引用内でも明らかですが、その後、「知覚」と「仕掛け」という概念について議論し、それらが需要という行為に大きく関わっている点を議論しています。まず、「知覚」という語によって、「創造よりも知覚、生産よりも受容が、芸術の本質的な構成要素となった」(p. 33)と述べられています。また、「仕掛け」は「われわれが対象を意識するための方法であり、事物を知覚可能で芸術的なものとする技巧」(p. 33)です(ヤコブソンは1919年の論文で文学性を仕掛けとの関わりで定義することが必要と考えました)。ここにも受容というものとの関わりが感じられますね。次に、「異化」について。これは、仕掛けの一部なのか明示的特徴なのか曖昧な用語ではありますが、間違いなく読者とテクストの関係に関わります。著者はシクロフスキーの議論から始めていますが、より洗練されたものとしてトゥイニャーノフやトマシェフスキーの議論も扱っています。トマシェフスキーに関しては、形式だけでなく伝記的な情報さえも解釈プロセスに影響を与えると述べた点を高く評価しています。また、トゥイニャーノフは、仕掛けを露呈する行為が自動化されたとき、それは再び隠蔽される必要があり、それが文学史の動的な側面を作っていくということも述べています。最後は文学史についての議論です。シクロフスキーは、文学の展開は「同時代の芸術の様態の拒絶」(p. 39)によって起る、「革命的」なものと考えていたようです(ジェイムソンの言う「芸術の永久革命」と類似しています)。しかし、この点についてもトゥイニャーノフがより優れた考察を示しており、著者はこちらの方をより重視しています。彼は、文学の展開を「システムの交代」と「支配性」という2つの概念から捉えることを提案しています(これらの概念はヤウスの「期待の地平」、イーザーの「空所」や「不確定性」と関わってくるそうです)。

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2007年11月12日 (月)

富田恭彦.(2000).『科学哲学者柏木達彦の春麗ら【心の哲学、言語哲学、そして、生きるということ、の巻】』を読む(ナカニシヤ出版)

本書の詳しい情報は次の通り

富田恭彦.(2000).『科学哲学者柏木達彦の春麗ら【心の哲学、言語哲学、そして、生きるということ、の巻】』.ナカニシヤ出版.

感想:前から読みたいとは思っていたのですが、なかなかきっかけがありませんでしたが、先週末に読みました。とても面白く、一気に読み終えてしまいました。第一章では、デカルトの心身二元論とギルバート・ライルの考えの中間点としてウィトゲンシュタインの私的言語論を位置づけています。ライルのように「身」中心の考え方を採ったとしても、「心」を放棄することは難しいということが分かりました(また、ライルの考え方と行動主義心理学の比較もなされていて面白いです)。第2章では、オースティンとサールの発語行為論の説明がなされます。特に約束に関する議論が中心になされていました。しかし、その議論はあまりに言語を規則にしばられたものと考える傾向があり、言語の動的な部分をうまく捉えることができていないと主張されています。そして、サールとは対極にあるものとして、デイヴィドソンの根本的解釈の議論とローティの反表象主義の議論などが紹介されていました。著者自身は、デイヴィドソンやローティの立場の方を好んでいます。第3章は、「人はなぜ生きているのか」という質問に対する、著者なりの答えが示してありました。人間は本質よりも先に実存しており、確かに目的と手段の連鎖がぐらついて、常に不安に陥ることがあるのですが(天動説から地動説への移行の時期以来、人間にとって生きていくことと不安は常に隣り合わせになりました)、自然法則などを用いながら、その中で目的と手段を自分なりに模索する可能性が開かれており、その中において自分なりに生きていくことができるということが述べられていました。最後の章はとても面白かったです。小説体だから、とても読みやすいですね。他の四冊も近いうちに読みたいなと思いました。

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2007年11月 9日 (金)

R.C.ホルブ(1984/1986).『「空白」を読む 受容理論の現在』第1章を読む(勁草書房)

タイトル:パラダイムの転換とその社会的・歴史的な動き

感想:ここでは、ヤウスの業績を中心にしながら、どのような経緯で当時の西ドイツに受容理論が出現したか論じられていました。

まず、ヤウスは、クーンから「パラダイム」と「科学革命」という概念を借用し、「文学の研究方法を、自然科学の方法と類推可能な作業として提示」(p. 7)しました。そして、文学の研究の展開を特徴付けるのは、「質的な跳躍、不連続性、独創的な出発点」(p. 7)になりました(それ以前は事実と証拠を少しずつ集めて、後の世代が文学の本質や所定の作品の解釈がより正しいものになるようにすることでした)。また、パラダイムとは、解釈技法と解釈対象を作り出すことになります。ヤウスは、「文学研究におけるパラダイムの転換」という論文の中で、先行する3つのパラダイムと新たなパラダイムを提示し、図式化しています。まず、先行する3つのパラダイムとは、前科学的なものである「古典的・人文主義的」パラダイム、「歴史主義・実証主義的」パラダイム、2つ目のパラダイムの不満から生じた「美学的・フォルマリズム的」パラダイムです(それぞれがどのようなものを意味しているかは、本書に詳しく書かれていますので、省略します)。そして、彼が考える新しいパラダイムとは、次のような特徴を備えたものとされます「1.芸術、歴史、社会的現実ばかりでなく、美学的/フォルマリズム的な分析と歴史的/受容関連的な分析を和解させること。2.構造主義的な方法と解釈学的名方法を結び合わせること(中略)、3.効果の美学(中略)と新しい修辞学を精査すること。それは、「高級な」文学も、大衆文学やマス・メディアの現象も、同じように説明し得るものでなければならない。」(p. 11-12)。著者は「受容理論という名前を使っていませんが、著者に言わせるならば、この3点で彼が読み手に想起させようとしているのは間違いなく受容理論であるそうです。当時は、マルクス主義や構造主義(これにはポスト構造主義も含まれます)がドイツの大学では流行していたそうですが、結局失墜してしまったようで、前者は「歴史主義・実証主義的」パラダイムの掃きだめ的な傾向があったこと、後者に関しては、その起源が過去の文献学的・歴史学的な学派に対抗するものであったり、批評の方向が多方面であることなどもあり、パラダイムとしては成立しないと考えていたようです。

ヤウスはクーンの概念を借用することにより、受容理論が新機軸であり、非常に革新的な試みであるということを印象付けることができたようです。1つのパラダイムとして考えられるわけですから、過去の研究とは不連続的なものとみなすことができるからです。しかし、文学研究を科学の類推とするには都合の悪い部分もあったようです。その1つとして挙げられているのが、共同体という考えです。クーンの中では、共同体は他の組織と関係をもたない独立的な存在で、共同体内では因習に基づいた型にはまった研究を繰り返すものと考えられるのですが、文学研究においては、共同体は独立しておらず、他の共同体や批評理論とも連続性が確認されます。

しかし、受容理論はまさに時代に現れるべくして現れたようです。当時は、社会の様々な分野に実証主義的。歴史主義的な考えへの不満が表れており、その反応として受容理論が現れたと著者は考えています。

また、ヤウスの考えの中には規範の中和化と再布置が含まれています。この考えの中には、古いカノンを再評価するということと、今まで評価の対象から漏れてきたテクストを評価する機会をもたらすと同時に、なぜそれらは評価されてこなかったのか理由を示すということが行なわれることになります。また、受容理論が提案された同時期に、文学作品にも読者の受容を作品の中に取り込むような作品が現れているという点も指摘されていました。

これから、もっと詳しい話に入っていくと思うのですが、楽しみです。

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2007年11月 8日 (木)

R.C.ホルブ(1984/1986).『「空白」を読む 受容理論の現在』序文を読む(勁草書房)

本書の書籍情報は次の通りです。

ホルブ,R.C.(1986).『「空白」を読む 受容理論の現在』(鈴木聰(訳)).勁草書房.(原著は1984年に出版)

感想:序文で述べてあった重要なこととして2つ挙げることができると思います。1点目は、受容理論が抱える問題なのですが、Rezeption(受容)とWirkung(反応または効果)という語の区別の問題です。前者は読者に、後者はテクストに関わるものとされる傾向があるそうですが、これは決して満足のいくものではないそうです。

2点目は、受容理論と読者反応の批評との関係です。両者は似ているところもあるのですが、著者は区別しています。まず、読者反応の批評はその名称を旗印として運動を展開したことがなく(むしろ様々な背景の研究者の集まりです)、後に読者に関係しているという点でまとめられた集団であるのに対し、受容理論は集団的な企てであり、1960年代後半の西ドイツにおける社会的、知的、文学的な展開に対する反応でもあり、制度と批評の双方における(そして両者の協力による)共同体的な努力として現れてきたものなのだそうです。また、コンスタンツ大学となんらかの関わりを持っているという点も挙げられていました。さらに、受容理論と読者反応の批評は、相互の影響関係が存在しません(ただし、イーザーは両方の陣営でその著作が幅広く浸透しているそうで、例外として扱われています)。両者には実質的な接触はなかったようです。

最後に、著者が本書で行なう用語の整理について一言。著者は、作者と作品からテクストと読者へと移行していく関心の一般的傾向を「受容理論」と呼び、ヤウスの初期の理論的業績に関して「受容美学」という用語を使うようです。僕自身、本書を読むときに混同しないように気をつけたいと思います。

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P.ギロー(1976/1988).『言葉遊び』(第3版)結章を読む(白水社)

タイトル:語源論的考察

感想:この章では、本書の最後の章として、本章で検討した用語の語源の考察を行なっていました。この部分では、内容があまりにフランス語学的すぎて正直話についていくことはほとんどできませんでしたが、ここで検討されている用語を最初に用いた人々の頭の中には、本書で定義したような内容(本書で採用した定義内の重要事項)が最初から含まれていたようです。語源学はアナグラムと似たものとして本書のどこかで議論されていたのですが、本書を語源論的考察で締めるという辺りは、著者の信念のようなものを感じさせますね。とても面白い本でした。

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P.ギロー(1976/1988).『言葉遊び』(第3版)第6章を読む(白水社)

タイトル:遊戯的機能

感想:言葉遊びには、主に2つのカテゴリーがあります。それは、言葉を用いて遊ぶことと言葉について遊ぶことです。また、言葉遊びとしゃれは無償性という特性を共有していますが、しゃれはは観念について遊ぶものとされているため、言葉遊びからは区別されています。

まず、最初に言語娯楽について議論します。これは、言葉を用いて遊ぶことを指しているようです。これは、ひまつぶしをするために言葉を使って遊ぶという特徴があります。これは、言葉遊びに負う部分が多いです。このセクションでは、ハングマンであるとか様々な言語娯楽について簡単に説明がしてあります。

次に言葉遊びとしゃれについてもう少し詳しく議論がされています。両者の区別は修辞学では古くからなされているようです。ただし、しゃれに比べると言葉遊びはあまり評判のいいものではなかったようです。地口は言葉遊びの典型とされてきたそうです。

次はいよいよ言葉遊びについて。まず、言葉遊びは笑いを誘うことを第一目的としているという点をしゃれと共有しています。また、言語を操るという点は言語娯楽と共有しています。言葉遊びは、笑いを誘うことと言語を操ることという2つの性格を同時に有しています。言葉遊びが活用する重要な言語の特性に、2重の意味があります。ここでは、著者はソシュールの記号観に基づいて考察をしていますが、その途中で遊ぶもの(le ludant)と遊ばれるもの(le ludé)という概念を提案しています(しかし、僕としてはここでの考察は所記と能記で十分だという印象を受けましたが)。そして、両者に意味上の関係が成り立てば、お互いに働きかけることになります。このとき、所記がひとつだけの場合と平行的に2つある場合と区別することが可能と言います。所記が1つだけの場合は、それは遊ぶものによっても遊ばれるものによっても両方によって表現されることができるそうです。遊ぶものと遊ばれるものの間に意味上の関係が成立しない場合は、形式上の比較は根拠のないものになり、単なる地口になってしまうそうです。また、言葉遊びでは、たいていの場合読者は明示的に所定の言語表現が言葉遊びであるということを知らされているという点も重要な点として挙げてありました。2重の意味と同様に重要な事柄として、機能不全があります。「言葉遊びは意味することをやめた、あるいは意味することを拒んだ言葉」(p. 158)です。ここで、よい言葉遊びと悪い言葉遊びについて興味深い議論がされます。少し長いですが、引用します。

「《よい》言葉遊びでは、われわれは作者の機智、独創性、博識、腕前に敬服する。それは通常の言葉よりもうまく事柄を言い表わすひとつの言述以上super-discoursを形作っている。しかしそうすることによって、それは無償性を失い、またまさにその事実によって遊戯としての資格を失うのである。《悪い》言葉遊びは、それに反して、ひとつの言述以下infra-dicoursなのである。つまりそれは論理と言語体系の破壊者であり、愚劣と、無知と、俗悪の先験的なしるしであり、言語と伝達の攻撃者である。しかしこの機能不全は言葉遊びの本質に内在しているのである」(p. 158)。

言語遊戯者は、自分をなるべく不統一で愚かに見せる必要があり、これもひとつの技術であると著者は考えています。機能不全という問題に続いて、著者が最後に取り上げたのは言語の壊乱という問題でした。言葉遊びは、無償性という性質と同時に、諷刺や嘲笑の機能を持っています。ここでは、言葉遊びをコミュニケーションの図式に当てはめて、コミュニケーションという観点から考察されています。コミュニケーション上、言葉遊びは、話題になっている事柄、話し相手、言語体系自体の価値の切り下げを行なうという機能があるようです。そして、これらは通常とは違ってこっけいなものとして立ち現れることになります。また、言葉遊びは、言葉による攻撃を遊戯として示すことで、話し相手の反撃を和らげるまたは解除する働きも示します。言葉遊びは、政治情勢によっては重要な役割を果たすことがありますし、現代であっても性や排泄に関わる話をするときは頻繁に用いられています。

言葉遊びをコミュニケーションという観点から考察した最後のセクションは自分にとってとても面白く読みました。

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2007年11月 7日 (水)

P.ギロー(1976/1988).『言葉遊び』(第3版)第5章を読む(白水社)

タイトル:副次的遊戯機能:遊戯以下と遊戯以上

感想:この章では、これまでとは趣向を変えて、言語の遊戯機能とそれに隣接するその他の機能について説明がなされています。言葉遊びは、無償性を本質とする限りにおいて、言語の本来の機能からそれた構造をしています。、

言葉遊びは、言葉の事故とも言える現象や性質を利用しています。ここで扱われていた言葉の事故として、曖昧性(掛け言葉、2重の意味、異義復言に利用される)、間違い(換字地口、舌もじりに利用される)、勘違い、が挙げられています。これらは、言葉遊びに利用されると同時に、文彩(文学的機能)の重要な要素ともなります。

次に、言葉遊びと密接な関係にあるものとして、文学的機能についてコメントがされていました。まず、具体的に扱われていたトピックとして、まず表現の機能というものがありました。「文学の言語は《文彩》、つまり思考力を力強く、優美に、独創的に表現して、それを《彩る》ことを目的とし、平常の話し方とかけ離れた話し方を用い」(p. 126)ます。言葉遊びでさえ、思考の意外なしかし重要な側面を明白にすることもあります。言葉遊びが無償性という性質を持っているのに対し、文学の言語は「その無償性を失って、観念を最大限に力強く有効に表現することによってその言語機能を完全に果たして」(p. 127)います。しかし、言葉遊びと文学の言語の境界性はしばしば微妙であるということも忘れてはいけません。2つ目のトピックとして、文学の言語の技術的機能、妙技が挙げられています。「文学は言語芸術であり、その資格において言語表現の完成と熟練をめざすものである」(p. 128)と著者は述べています。技術的機能という観点においては、芸術は言語機能の逆転を示します。「人は観念を表現するために書くのではなく、ある形式、たとえば一篇のソネットを実現するために観念を求める」(p. 128)ことになるそうです。この場合、文学は一種の訓練となり、「この技術の巧妙さそれ自体が文学の目的となり、文学の価値はすべてその《無償性》にある」(p. 128)という場合も出てきます。内容に対する形式の優位は、言語の機能不全化という問題(言葉遊びの重要な特性)とも関わってきます。この機能においては、フランスでは15世紀に大押韻派がその限界を極めたそうです。3つ目のトピックは、造語機能です。文学の機能として、「新しい語彙や構文を創り出すことによって国語を豊かにすること」(p. 130)があり、「たいていの場合慎み深く、控え目に(とくにフランス語においては)、国語の造語機構を形成している語形および語義上の既成の規則を乱すことを避けながら実行され」(p. 130)ます。次は語源です。ここでは、形式から出発して内容を案出する一方法を意味しています。ここで具体的に扱われている語源法は「人物や土地、さらには物品に対してさえもその名に対応する性格を付与」(p. 135)する方法です。こういった考えには、「事物の本章とその名称の語形との間に多かれ少なかれ内密な照応があるはずだという、その当時においては非常に強固な信念にもとづいてい」(p. 135)ます。語源論は、「人間や民族の起源と運命を解読する一種の占いとなった」(p. 135)こともあったそうです。最後は潜勢文学というものです。本書が執筆された当時は、超現実主義と潜勢文学という2つのものがあったそうです。両者とも大押韻派の影響を受けており、形式を通じて創作を行なう方法であるという点は一致しています。2つとも、言語の配列を遮断したりすることで新しい意味関係を作り出すことに関心があるのですが、超現実主義はその方法として精神分析、心霊術、偶然などにゆだねています。一方、潜勢文学は、考え抜かれた結果として言語の配列を乱し、その方法として構造主義的言語学や数学の順列組み合わせを用いるそうです。文学的機能のセクションのまとめとして、著者は次のように述べます。「《文彩》が無償なものとなり、自分の内部で自分のためにのみ機能するようになるほど修辞学がその第一義的機能を喪失するときは、修辞学は必ず言語遊戯化する瀬戸際にある。そして言葉遊びは逆に文学に再び組み込まれることができる」(p. 139)。

言葉遊びに近い言語機能として、秘密文書的機能が最後に扱われます。秘密文書的機能では、言語はその意味を隠蔽します。読者は何とかその意味を解読しようとするわけです。これは、クロスワード・パズルといった言葉遊びと非常に近いですね。実際、両者は混同されることがあり、2重の意味が要求されるような世情では、諷刺の重要な手段となります。この場合は、意味を隠すのではなく、容易に見破られることが重要となるわけではありますが。しかし、検閲や弾圧の手を緩めさせることはできるそうです。

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P.ギロー(1976/1988).『言葉遊び』(第3版)第4章を読む(白水社)

タイトル:絵文字遊び

感想:この章では、文字の視覚的情報を活用した言葉遊びについて解説されていました。ここで言う絵文字とは、「文字、音節、語が絵の形で表現されているすべての形式」(p. 104)と定義されています。

まず最初に扱われていたのは判じ絵です。「表現したいと思う語や文を、直接あるいは同音声によって喚起するような絵、あるいは文字の総体」(p. 104)という意味で使われます(絵だけでなく、実物もここには含まれます)。これはなぞ遊びの一種であり、「語、あるいは文を分節し、等価物を介して遊戯者たちにその正体を見抜かせる」(p. 104)という共通原則を有しています。ただ、言葉が絵によって伝達されるという点はなぞ遊びと違っていますが。ドラマ仕立てのなぞは、なぞ遊びと判じ絵の中間形態とされていました。判じ絵の最も古い形態は物言う看板や紋章で、現実の物品、彩色あるいは線描された図案、文字を書くこと、といった形式を取ることができます。

次に、印書術による判じ絵が扱われます。ここでは、文字は何かの代替物ではなく、実物として扱われます。そして、大きさ、色、形、配置、全てが意味に関わってきます。簡単な文章であっても、文字を変形したり、引き離したり、省くことによって判じ絵となります。そして、ここから分節詩が派生したそうです。

3番目に扱われていたのは、カリグラム(アポリネールが名付け親)と絵文字です。カリグラムはテクストが1つの絵になっている詩です。テクストの形(つまり絵)は、内容と密接に関係しています。

最後はクロスワード・パズルです。その歴史は意外と浅く、1900~1930年の間ぐらいに生まれたものだそうです。発案者はトリスタン・ベルナールで、1925年に『ヌーヴェル・リテレール』という雑誌のコンクールに発表したものが最初だそうです。これは、四角連語(「一種のアナグラムで、いくつかの語を縦の列にも横の列にも読み取ることができるもの」(p. 117))が派生したものだそうです。ちなみに四角連語の祖先にあたるものは、魔方陣だそうです。また、abracadabraについてのちょっとしたトリビアもあり、面白かったです。

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