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2007年11月16日 (金)

ホルブ(1984/1986)第2章③

次はプラハ構造主義です。ここでは主にムカジョフスキーの功績について論じられています。彼は、以前はフォルマリスムの教義を継承していたものの、1930年代中盤にはその理論を乗り越えることに成功したそうです。彼は、フォルマリスムとはシクロフスキーが採用した「戦意発揚のためのスローガン」に過ぎないと考えており、厳密な意味でのフォルマリスムは存在しなかったと考えています。ここで、ムカジョフスキーはシクロフスキーの理論が歴史的に必要とされたものということを容認すると同時に、その研究は本当の意味でフォルマリスムではなく、むしろ「芸術の記号論的なあり方を明らかにするための第一歩を踏み出したもの」(pp. 53-54)であったと考えていたようです。そして、「構造主義は、フォルマリスム対伝統主義の対立の超克を体現するものである」(p. 54)と考えています。ムカジョフスキーにとっては芸術とは意味作用の体系になります。「個々の芸術作品はそれぞれがひとつの構造であるが、自らに先行するものへの言及を、本質そのもののうちに秘めている。その意味で、構造は、歴史に依存するものではなく、通時的な系列によって形成され確定されている」(p. 54)。芸術作品は記号として作用し、芸術作品とは複合的な記号であり、「芸術家と受け手のあいだを媒介する「記号論的な事実」」(p. 54)とみなされます。したがって、芸術を単なる社会の反映と見たり、作家の精神状態に還元するようなアプローチとは一線を画すことになります。ムカジョフスキーによると、芸術には伝達を事とする記号としての機能(パロール的な機能)と、自律的な構造としての機能(「メッセージ」として理解されなければならない)があると考えています。後者に関して、それはシニフィアン、シニフィエ、指示的側面から構成されていると考えられています。また、ムカジョフスキーは社会的な側面を重視しており(ただし、文学を社会的な現実の反映と見なす考え方には反対している)、受容者を「社会関係の生産物」(p. 56)とみなし、「現実がまさに芸術の構造とその受容者を侵食している事実を第一の前提とすることによって、社会学を取りこむことに成功している」(pp. 56-57)としています。彼は現象学やフォルマリスムのように理想主義に走るのでもなく、美的な主観主義に走るのでもなく、受容というものを社会学的な次元で考察しているということになります。規範の考え方についてもムカジョフスキーは独特な考え方をしています。インガルデンが古典的な理想像と合致するような規範を考え、フォルマリスムの理論家が形式という領域との関わりで規範を考えたのに対し、彼は規範の社会的名相互作用の運動を重視しています。「彼は、知覚のか脳性と日常的名ものの撹乱に依拠する点で、フォルマリスムの立場に近いものを示しているとはいえ、規範の確立と変更に関しては、社会階級と脱-美学的な社会関係が重要な役割を果たしていることを認め」(pp. 57-58)ています。彼は高尚文学に考察を限定せずに、大衆文学が高尚文学や前衛文学に与える影響であるとか、高尚文学が社会の様々な層に浸透していることも認めます。彼の美的規範に関する考察の2つの重要な結論として、(1)規範は静的で永続的な構築物ではないこと、(2)規範はお互いに異なり、相克することもあること、を著者は紹介しています。また、ムカジョフスキーは、「芸術作品を、目的意識に方向づけられたあらゆる活動から分離して考えようと」(p. 58)します。彼にとって、作者は決して芸術作品の志向性を把握することができず、むしろ知覚者だけが芸術作品を自律的記号として眺めることが可能となります(そして、芸術作品に意味論的統一性を与えることが可能となり、ここではじめて志向性という問題が出てきます)。作者は知覚者の役割を演じてみてはじめて志向性を把握することが可能になります。シクロフスキーが文学テクストと織物を類推させて議論したとき、彼は「世界の綿市場の状況」には興味がなく、「糸の種類」や「織り方」のみに関心があると述べたそうです。それに対して、ムカジョフスキーは、「文学は(中略)、多くの構造の系列にかたちづくられた社会現象の領域に属している。どれか特定の系列の相対的な自律は仮定しうるかも知れないにせよ、どの系列も、完全には独立することができない」(p. 60)と考えていました。プラーグ学派の部分の最後のセクションでは、フェリクス・ヴォジチカが果たした貢献について簡単に述べてありました。著者によると、彼の貢献として(1)ムカジョフスキーが様々なコンテクストで述べた問題意識を公式化したこと、(2)インガルデンの現象学的方法とムカジョフスキーの構造主義的モデルを和解させようとしたこと(具体的な内容は本書を参照してください)、が挙げられます。また、ヴォジチカは、批評家の機能を、「文学作品の具体化を定着させ、それを文学的な価値の体系のなかに取り込むこと」(p. 61)という見解を示しています。この見解に対しては著者はかなり批判的です。彼は貢献(2)で挙げた点にもかかわらず、「彼は、単にインガルデンのいう適切な実体化の理想的な規範を、特定の時代における実体化を定式化する理想的人物像と置き換えているにすぎない」(p. 61)と述べています(ヴォジチカとインガルデンの理論の違いは結局反応の多様性を前者が容認している点だけと述べられています)。また、ムカジョフスキーの記号論的モデルでもっとも魅力的な部分であったはずの、作品と受容者の社会学的な布置が抜け落ちているとも指摘します。手厳しいですね。

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