2009年11月 7日 (土)

HP移転のお知らせ

この度、HPのサイトを移転しました。新しいサイトは、

http://www.pu-hiroshima.ac.jp/~n_takayk/index.html

になります。

2009年10月30日 (金)

鈴木・田中(2008)

本書の詳細は次の通り。

鈴木孝夫・田中克彦(2008).『対論 言語学が輝いていた時代』.岩波書店.

感想:言語学の重鎮2名が、言語学について思いの丈を語ってくれていました。中にはかなり過激な発言もありましたが、とても楽しく読むことができました。随分前に読み終わっていたのですが、異動などでバタバタしていて、アップするのが非常に遅くなってしまいました。

1章:回想の言語学者たち

この章では、著者お二人がまだ学生ないしは駆け出しの言語学者だったころの、日本での言語学の話がなされていました。服部四郎先生が、アメリカ構造言語学の研究手法をマスターされましたが、意味の問題になると不満を持っていた、有坂秀世先生に対抗心を燃やしていたのかもしれない、といった様々なエピソードが指摘されていました。また、日本がローマ字をもてはやしたのは、戦後のGHQの政策に端を発している点、戦後のロシアでは弁証法的唯物論の関係であらゆる観念論を廃して音声だけに収集したこと、といった点も指摘してありました。この章ではあまり専門的な内容は出てきませんでしたが、とても面白いと思いました。

2章:言語と文化

人間の言語は、シニフィアンとシニフィエの間に本質的な関係がありませんが、そもそも対象物の構造を記号に反映する動物の言語とは非常に異なっています。人間は本能を失い、代わりに文化で生きてきたと述べられていました。そこで、文化の研究が必要になります。人間は現実に対して独立しているので、欲望は文化という非常に縛りのゆるいものによって抑制しています(動物は本能という非常に強固なものによって統制しています)。また、人間は地球上の様々な環境に住んでいますが、分化することなく単一の種として生き残ってきました。これは、環境と人間の間に文化が介入しているからであり、文化が環境に応じて変化することによって、人間は種としての同一性を保ってきたと述べられていました。これはヴァイスゲルバーの言う中間世界(ツヴィッシェンヴルト)に他ならないと指摘されていました。世界中に多様な言語があるのも、まさにこのことと関連しており、それぞれの環境に応じて言語(文化の1つであるとされている)が変化したと述べてありました。また、この章の後半では、エスペラントについて述べてありました。エスペラントは、特定の言語に得点を与えることなしに国際語を作るという理想主義の中から生れてきたとしてます(2つの世界大戦の間が最も盛んだったそうです)。1920年代は、工場労働者がエスペラントに熱心で、エスペラントと左翼の労働組合運動の関係が偏見を持たれたこともあったそうです。

3章:日本人にとっての日本語と英語

この章では、最初に国立国語研究所の設立の経緯について触れてありました。国立研究所はアメリカの占領軍の命を受けて設立したため、当初からローマ字と関係が強かったそうです。戦後の日本では、日本語のローマ字化を目指しており、日本人がローマ字に慣れ親しむまで暫定的に漢字を用いるという「当用」漢字という考え方が強かったそうですが、徐々に漢字を認める勢力が盛り返し、「常用」漢字という考え方が主流になり、ローマ字論者はいなくなったそうです。また、日本語にとって漢字は言語の構造上必要であると指摘されています。日本語には音の数が少ないため、音節をいくつも重ねて話さなければなりません。そうすると、どうしても一語が長くなりがちで、縮約する。そうすると、たくさんの同音語ができてしまいます。そこで漢字による表記が必要になると述べられていました。「つまり、ある視点からの同じ性質をもつものを音でくくっておいて、もうちょっと小分けしたい、詳しく一歩踏み込みたい人は字をみてくださいというふうに、音と文字でファンクションが分かれている」(p. 132)のが日本語であり、あまり科学には向かない傾向になると指摘してありました。漢字があったおかげで、日本語は助かったというわけです。実際に明治以降に漢字語が飛躍的に増えたそうです。ただし、両者は漢字の数は少ないに越したことはないと考えているようです。また、漢字は中国のものと日本語のもので別物であるという点にも触れてありました。われわれは文字を略すことが多いですが、中国では音的側面に基づいて、日本語は字面によって文字を略すそうです。こういったことにも両国の漢字が異なったものであるということが現われていると指摘してありました。次に、英語に発信機能を持たせることの重要性について触れてありました。日本語を世界の知的交流言語として定着させるのには相当な時間がかかります。そこで、最も通用度の高い英語を日本の発信の道具として用いることが重要であると述べられています。このためには生活の中に英語を用いることが重要ですが、著者らは国民規模で英語を第二公用語として定めるのは大きな間違いであると述べてありました(つまり、必要な人が必要な場面で英語を用いるという形でよいということでしょう)。また、イングリックということについても触れてありました。英語を話していると考えると、母国語話者に引け目を感じてしまいますが、英語から大量に借用した人工語であるイングリックを話していると考えれば気持ちも変わるであろうという、心構えに関する話でした。また、習うプロセスは素材を日本のものにすることが重要であるという点も指摘してありました(「こんにゃくを英語で何と言うのか」、など)。また、われわれ日本人自体も、複数の日本語を認めていくことが必要であるということが指摘されていました(ローマ字日本語も含めて)。日本語が国際化によって崩れると考えるのではなく、多くの変種が出来るという風に考えようということですね。現に英語は、World Englishesという形になっています。そうすれば、日本語はもっと国際的に広まっていくのではないか、というのが著者達の考えでした。

4章:《エネルゲイア》としての言語

この章では、ヴァイスゲルバーやポルツィヒなど「意味の場」の理論について考察したドイツ意味論学派(新フンボルト学派)、その考えを下地にして議論を発展させたライズィ、ドイツ意味論の源流であるフンボルトについて語られていました。フンボルトは、言語学者であると同時に外交官であり、弟は地理学者だったのだそうです。フンボルトは大学の自治と学問の自由という、権力や設立金を歳出した人からも干渉されない理想的な大学を作ることを目指した人でもあるそうです。ヴァイスゲルバーを初め、ドイツ意味論学派は、言語の研究の中心に意味を置きました。「素材としての混沌を、秩序ある人間の観念の世界にするのは、実は言語の働きだ、だから言語が違えば同じ素材の違う面を違うように組み立てしまう」(p. 189)という考えがなされ、アメリカ大陸ではサピア=ウォーフの仮説として扱われることになりました(ただし、アメリカ構造言語学ではあまり熱心に扱われませんでしたが)。当時はあまりフンボルトという名前を聞くことはなかったようです。しかし、チョムスキーが引用したことで、再び注目されるようになったそうです(ただし、その引用の仕方は誤解に基づいていると著者らは考えています。ちなみにフンボルトは、言語はエルゴンではなくてエネルゲイアであると述べたのは有名ですね)。「言語は出来上がった作品ではなくエネルギーであり、エネルギーというのは、絶えずつくりつうあるものである。したがって、言語には完成というものがなく、絶え間ない生成の過程にある、というのがフンボルトの考えなのです。このエネルゲイアをチョムスキーが使ったんですよ。生成文法の「生成」とはエネルゲイアのつもりらしい。しかしチョムスキーの使い方ははずれているしちょっとずるい。チョムスキーの言語にはじつは生成も発展もない。変化すらないのだから。(改行)現実から人間が抽象したものが論理でしょう。それで、ギリシア以来、現実を論理によって把握してきた。ところがフンボルトは、言語は現実をありのままに映し出すような、写真機のようなものではないと考えた。つまり現実を把握するのは論理ではなくて言語であって、それは論理とは別のものである。言語独自の世界、言語的中間世界があるというんですね。要するに、言語は現実を中間世界の中で処理するのだと。」(p. 190)つまり、言語によって人間が認識可能な人間的現実が作り上げられ、その現実は言語によってかなり色合いが違うということになります。この中間世界は意味の世界であると言えます。非常に面白い考えだったのですが、ドイツ意味論学派ではその後、少し残念な出来事が起こってしまいました。「その後、このフンボルトをさらに発展させたというか、曲げて、ちょうどナチズムの時代に合わせた、国粋主義的な言語学になってしまった。言語を研究するということは、自分の話をしている、そこにその魂が宿っている言語共同体固有の思惟方式を考えるということになる。これは戦後ドイツ以外の言語学界では憎まれて制裁を受けることになるんですが」(p. 191)。著者らは、言語と論理が違うということを再度強調した後、言語論に感性を扱うことの面白さと重要性に議論を移していきました。ここでフォスラーの言語美学が言及されていました(シュピッツァーも言及されています)。言語学には、言語の中に表現されている人間の喜怒哀楽といったものに関係するような要素を排除していく傾向がありますがそれではあまりにも面白みにかけるのではないかと述べられていました。諸民族はそれぞれが異なった感性を持っていて、それが言語に反映しているためです。しかし、このようなロマンティシズムが政治的な色合いをもって高まり過ぎると、危険であることも指摘してありました。また、私が面白いと思ったこととして、チョムスキーの言語理論には神が一つしか言語を作らなかったというユダヤ神秘主義が読み取れるという指摘と、共産圏でチョムスキーが大流行したということが指摘してありました(共産圏といえばマルクス主義という感じがして、進化論や歴史主義というものが重要な役割を果たしますが、生成文法のようなある意味、無時間の理論の中に進んでいったと著者らは指摘しています。その例として、東ベルリンのビアヴィッシュが挙げてありました)。また、言語学の大きな流れについて、興味深いことが述べられていました。19世紀の言語学は、哲学や論理学から手を切ろうと努力し、ソシュールがまず歴史と手を切りました。次に、言語学は論理や理性とも手を切ったのですが、チョムスキーがあっさり言語を理性と再び結びつけてしまったという図式です。著者らは、チョムスキーが求めている言語と私たちに必要な言語はかけ離れているということを指摘しています(著者らはやはりチョムスキーには懐疑的なようです)。最後に、マルについてその意義が述べられていました。彼は色々と悪名高いヤフェティード言語学を作りましたが、言語学をインド・ヨーロッパ比較言語学を中心にして考えるのではなく、カフカス諸語を中心にして考えようとしたそうです。そして、その研究について次のように要約してありました。「(鈴木)最も言語の混沌としているコーカサス地方ね。(田中)それで、すべての言語の最も始原の状態をカフカスのヤフェット諸語が代表している、というヤフェティード理論というものを出してきた。印欧語のように屈折語に発展する以前の混沌をいちばん豊かにたたえている言語がヤフェット語である。地中海に印欧語族が広まってくる前にヤフェット語の言語基層があって、それにつながる西の果てにバスク語があった、と言うのです。こうした考え方は民族を前提にしていない。それによって民族・エトノスを解消しようとしたんです。そうして、次はマルクス主義的な普遍的な階級理論をそこへつなげていく。(鈴木)つまり、マルクス主義の世界伝播の地ならしを言語学の面で準備したわけだ。ところが、それをスターリンが、こともあろうに否定したから、ソビエト言語学は困ってしまったわけだな。」(p. 210)とても面白い章でした。実は、私はこの章が読みたくて、本書を買ってしまいました。ドイツ意味論とかヤフェティード言語学とかはあまり出版物とかも多くないので、こういった貴重な文献は大事にしていきたいです。

5章:言語学はどうなるのか

まず、言語学は方法に従属してしまい、なかなかその方法から外に出ることができない状態に陥ってしまっていると嘆かれていました。また、ソシュールなどは非常に早い時期から翻訳もなされて、日本語で読むことができる状態であったのに、日本の言語学者はそれを消化することはできるが、発信すること(あるいは理論の発展をすること)ができていないと述べられていました。日本の言語学者は「それはあそこに書いてあったよ」ということはよく知っているが、「俺は認めない」といった結論を出すことは怠ってきた(本の著者との直接対決を避けてきた)という傾向があるそうです(また、チョムスキーの枠組みから外に出ることができなくなった学者もたくさんいると著者らは指摘していました)。そういった中、ソシュールに反旗を翻した研究として、亀井孝先生の「共時態の時間的構造」という論文が紹介してありました。海外で、ソシュールに反旗を翻した研究者として、コセリウが紹介されていました。コセリウは、なぜ言語は変化するのかという観点からソシュールを覆したそうです。その革新性について、「今日までの言語学は青年文法学派からソシュールにいたるまで全部、言語変化を原因主義で説明している。言語はどういう原因で変化するか。ところが、何か原因があって変化するのではなくて、コセリウの言語学批判の眼目は、話す主体が目的をもって変化させるのだという目的主義なのですよ。すごく革新的でしょう。」(p. 239)と述べてありました。つまり、ことばは原因で説明することはできず、目的で説明しなければならないという考えです。「言語の構造が条件をそろえる。だからその点では彼は構造主義者なのですよ。だけど、目的をもってそのなかから変化の芽を選択するのは、話している人間だというのが彼の結論なのですよ。」(p. 242)とも述べてありました。コセリウは、書斎に言語美学の本がたくさんあったそうです。「人間は美的な感覚を実現するために、自分の欲求を実現するために言語を話すのだから、その美的な感覚を求めるところで言語を創造して変化させるという。」(p. 242)というように、コセリウは言語美学にかなり影響を受けた言語論を展開したようです。コセリウが興味を持っていたことの一例として、ラテン語の複合未来系がどのように生じたのかということがあるそうです。「これは、彼の考えによるとキリスト教の影響なんです。つまり、神に対する自己という存在の意識が生じてきた。それが文法をつくり変えたと彼は言う。だから目的論なのです。ラテン語をつぶして、ロマンス語をつくってきたというのは、信仰を求める民衆がラテン語をつぶして自分のことばをつくったということです。彼がそこまで言い切っているかどうかわからないが、ラテン語には冠詞がなかったのに、なぜロマンス諸語に冠詞が発生したかという問題もここから来ている。」(p. 250)ちなみに、日本人の学者は海外の大物言語学者に対して、「これについてどう思いますか」という質問はするが、「私はこう思うけど、あなたはどう思うか」というタイプの質問は少ないと喝がいれてありました。私も肝に銘じて気をつけたいと思います。最後に、本書の締めくくりについて。トワッデルの言に、言語を言語をもって研究するのは「木でできたストーブのなかで薪を燃やすようなものだ」という比喩があるそうです(p. 234)。言語は、とても面白い言い方だなと思いました。言語学は「自然と人工の両方に跨った、世にも奇妙で絶妙な、最も人間らしい矛盾に満ちた領域を扱っている。だから言語学はなかなかやりにくい。」(p. 255)また、常に変化しているエネルゲイアが研究対象なわけですから、「記述する=動きが止まる」ということで矛盾にも満ちた分野でもあります。そこで、田中先生は「人類の歴史の中で、言語がもつ意味、言語の価値、言いかえれば人間が言語するということの意味は、歴史をとおしていつも一定ではないということ」(p. 256)を仮定し、研究を進めているとのことです。この中で言及されていたのが、マルの片腕であったV.アバエフの論文で「治術としての言語とイデオロギーとしての言語」(1934)でした。「それによると言語の意味の中核をなすのは技術的な意味であり、それを外から被って包み込んでいるのが、呪術的・宗教的な意味である。人類の近代は、技術的な中核が肥大して、刻々と呪術的・宗教的意味を失わせる過程にほかならない」(p. 257)と述べられているそうです。

本書では、一見シニカルな言が結構目立つのですが、両言語学者の日本語、言語、そして日本の言語学への愛を感じることができました。とても面白く読むことができましたし、ドイツやロシアの言語学についても色々と情報を得ることができて、とても勉強になりました。

2009年8月25日 (火)

山下・沢野(2008)

本書の詳細は次の通り。

山下暁美・沢野美由紀(2008).『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』.アルク.

感想:日本語文法について勉強する必要が出てきたため、まずざっと全体的に日本語文法を見ておきたいとの理由から本書を読みました。タイトルにあるように、とても分りやすく、要点も簡潔に書いてありました。そして、以前から国文法と日本語文法は違うということを聞いていたのですが、本書を通読してその意味がやっと分りました。日本語文法には形容動詞という考え方はないし、動詞の分類の仕方や活用形を指す用語も随分と異なっていました。また、語用論的な観点をかなり強く押し出してあり(これは日本語文法である以上当たり前なのかもしれませんが)、この言い方は年上の人にはしない方がいいであるとか、こういったニュアンスが出るとか、そういったことも丁寧に書いてありました。一冊、ざっと読みきってしまう上ではとても有用だと思いました。ちなみに、内容は以下の通りでした。

名詞文、形容詞文、動詞の分類、辞書形、ます形、て形、た形、可能形・受身形・使役形、条件、自動詞・他動詞、テンス、アスペクト、モダリティ、終助詞、副詞、接続詞、待遇表現、敬語、初級の指導、中上級の指導、授受表現、あいづち、許可・義務・勧告、命令・依頼・誘い、忠告・感謝、原因・理由・断り・謝罪、意見・ほめ

僕自身は語用論的な側面がかなり色濃く出てくる後半を特に面白く読みました。日本語文法をとりあえず全体的に見てみたいという人にはとてもオススメの本だと思います。

2009年7月28日 (火)

斎藤(2009)

本章の詳細は次の通り。

斎藤兆史(2009).「文体論の歴史と展望」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 201-235).朝倉書店.

感想:いつもお世話になっている先生が書かれた章でした。この章は、まさに「20世紀文体論史」とでもいうべき章で、なかなかその発展の流れが捉えにくい文体論の歴史が包括的に記述されていました。著者は冒頭で「文体の研究、あるいは言語と文学をつなぐ分野の研究が、20世紀に入って言語研究と文学研究が発展した結果として生まれたものではないことは、はじめに確認しておきたい」(p. 201)と述べることからこの章を始めます。文体論の歴史というと、ついついプラーグ学派とイギリスの実践批評だけをレビューしがちなのですが、著者はフランスの文体論とドイツの文体論もカバーしてあり、非常に広い視野を持つことができます(実際、フランス文体論とドイツ文体論はあまり文献がなく、私も院生の頃はとてもマニアックな文献にどんどんと入っていくことでしかあまり勉強することができなかったように記憶しています)。

フランス文体論に関しては、それがstyleという語を初めて学問の名前につけたこと、及びそれがあくまでもラングのレベルでの文体論であったこと、ヤコブソンとレヴィ=ストロースによる研究を契機として「文学言語の特徴を科学的に記述すること」(p. 203)が始まったこと(しかしこういった分析は当時のフランスでは詩学や記号論と呼ばれた)、バルトによって「文学を動的な言説の場と捉える」(p. 204)視点が現われたこと、が指摘されていました(しかし、フランスでの「文体論」という語の意味合いは注意が必要なようです)。フランスで起こった研究のうち、伝統的なフランス文体論は「伝統的なテクスト解釈学(explication de texte)の流れを汲みつつ、文学的言説の修辞構造を再び関心の中心に据えるようにな」(p. 205)り、構造主義的なアプローチは文学批評と合流したと述べられていました。

次はロシア・フォルマリズムからプラーグ学派へと続く流れについてです。この流れについては、様々な文献でよく解説される箇所ですが、著者によるこの流れの説明は非常に丁寧で分りやすいと思いました。

次はドイツの文体論です。フォスラー、シュピッツァー、アウエルバッハ、について説明されていました。著者はドイツ文体論の特徴として、「ドイツの文体論は、一群のテクストの中に一貫した精神性や思考パターンを探ろうとする」(p. 209)、「ドイツ文体論は、最初のテクスト読解に当たっての直観主義、分析に当たっての精神主義あるいは観念論的アプローチ、さらにテクストを言語共同体と文化的伝統の中に位置づける集団主義的解釈に特徴がある」(p. 209)といった点を指摘していました。

そして、いよいよイギリス文体論です。ここでは、なかなか議論が整理されることがない、リチャーズから文体論が登場するまでの動き、及び初期の文体論の特徴、がまとめてあり、とても貴重な記述がたくさんありました。まず、リチャーズの実践批評が扱われ、文体論にとって両義的(文体論にとって肯定的な側面と相反するような側面)にその発展に一役買ったことが指摘されます。リチャーズは実践批評というものを生み出した点では文体論にとって肯定的な貢献をしたのですが(ただし、彼はあくまでも理論的な手引きを生み出したのであり、具体的な分析の手続きに応用したのは彼の弟子になるリーヴィスやエンプソンになるそうです)、「詩がもっとも高い倫理的価値を有するとの信仰」についてはアンチテーゼとなりました。リチャーズに関して、「文学」の脱神秘化を目指したこと、テクストそのものに注目を払うこと、読解や創作の心理的過程を重視すること、などが文体論との関係での意義として指摘してありました。また著者は、1958年の文体学会でのリチャーズによる文体論の基本理念についての引用を行い、これをもってしてイギリス文体論の出発点としたいと述べていました(p. 213)。

次にリーヴィスについて説明されます。彼は決して文体論学者ではないそうですが、文体論に対してアンチテーゼを提供したという点で文体論史において避けては通れない人物であると著者は述べています(p. 213)。リーヴィスはリチャーズから文学に倫理的価値があるという考え方を引き継ぎ、実践批評的な分析方法は「批評的感性を鍛えるための精読へと形を変えた」(p. 213)と著者は指摘しています。また、彼は英文学研究の地位を高め、「人文教育の中心に据えた」という貢献をした人物でもあるそうです。リーヴィスに関する確認事項として、著者は、(1)(リチャーズは詩の質よりも感性を育てる読みの過程を重視したが)文学作品自体の倫理性を重視したこと、(2)言語に興味は持っていたものの文学を言語的に分析することには不賛成の立場であったこと(彼は実践批評をかなり偏った形で引き継いだそうで、言語分析を重視したエンプソンに対しては批判的だそうです)、(3)彼はある基準にしたがって教材となる文学教材を選びましたが、その基準が直観主義的であったこと、が指摘されていました。そして、Carterらの実践文体論の格好の標的となったそうです(ただし、その批判の対象は技術的な問題というよりも、リーヴィスが確立した英文学の正統性というイデオロギーに向けられていたそうです)。

次は文学的文体論についてです。これは1930年代から1960年代までの文体研究と1970年代の文学研究志向の文体論を指しています。著者は総じて、「この時期の文体研究の業績はほとんど単発で発表されており、イデオロギー的な共闘関係で結ばれたものではないが、全体に共通する傾向を見出すのはさほど難しいことではない。①まず、文体学者たちはみな多かれ少なかれ実践批評を意識しており、自分たちの文体分析の工夫をその理論との比較において論じようとしていること、②分析の手続きが実験的で、多くの場合、その場限りのものであること、③関心の対象が詩から散文に移り、同時に分析の枠組みがより複雑で全体論的になっていること、などである。」(p. 216)としています。ここでは多様な研究者に言及がされていて、Empson、Davie、Brooke-Rose、Nowottny、Lubbock、Watt、Lodge、Page、Pascal、Holloway、が扱われていました。それぞれ丁寧に解説がしてあります。私個人としては、話法の研究の発展に貢献したPageの研究には大変関心を持ちました。なお、1960年代後期からは、文体論とは何かを論じる研究が増加したことも触れてありました。

次は言語学的文体論についてです。イギリスで最初の一般言語学の講座をもったファースが言語の文体的側面について研究して以来、彼の状況的脈絡という概念とあいまって、文体論発展の基礎が作られました。「イギリスの言語学と文体論は、言説が発生する状況やその文脈的な意味を中心的な関心事としてきた」(p. 222)と著者は評しています。そして、ハリデーやカーターによる文体論が展開されることになりました。しかし、「二人の研究には、議論の方向性、分析の目的において決定的な違いがある。ハリデイは、まず言語学的な道具をずらりと並べてから分析を始め、もっぱらテクストの言語的特徴の記述に集中するが、カーターはまずテクストへの直観的な反応から議論を始め、その反応がテクストの細部の言語事実によって裏づけられるかどうか、物語の解釈という形で敷衍できるかどうかを関心の中心に据えて分析を行なっている」(p. 223)と指摘してありました。これは、ハリデーが言語学者として、カーターが文体論者として知られているという点と関係があるのだと思いました。その他、昨年お亡くなりになったシンクレア、クワーク、ファウラーに言及がしてありました。ファウラーの研究の変遷(生成文法を使ったアプローチ、言語的批評、など)が簡単に示してあり、個人的にとても面白く読みました。

次は教育的/実践的文体論です。ここではウィドソンの有名な研究についての簡単な説明がなされ、リーチ、私のランカスター大学大学院時代の指導教官だったショート、カーター、などに言及されていました。この学派の特徴として、「まさに「学派」と呼ぶにふさわしい集団を形成し、共通の方法論、イデオロギーの下に多くの共(編)著書を世に送り出しているということ」(p. 226)が指摘してありました。その中で、リチャーズ流の心理主義やシュピッツァー流の直観主義に再び注目することになったそうです(文体論の原点回帰(ただし、単純な古い文体論への回帰というわけではなく、フィッシュによって批判された言語学的文体論の過度の科学的思考への反動と捉えるべきだと著者は指摘しています(p. 227)))。1990年代に入ると、教育的/実践的文体論は2つの方向に進んでいくことになりました。1つは学理の理論的な整理であり、もう1つは実践用の教材作成という方向だそうです。

最後は最新の文体論事情についてで、認知文体論とコーパス文体論について触れてありました。

この章は、あまり描かれることのない文体論の歴史を、包括的かつ詳細に描いており、とても貴重だと思いました。特に、フランスとドイツの文体論について触れていること、イギリスにおけるリチャーズから古い文体研究への流れについても詳しく説明してあること、古い文体研究について整理がされていること、言語学的文体論や教育/実践的文体論について詳しい説明がなされていること、など、いずれも詳しい文献があまりない事柄について詳細に記述してあり、とても勉強になりました。文体論という分野について、その全体像をつかめるという点で非常に重要ですし、文体論をこれから志す人たちにとってはとても有用な文献だと思いました。

なお、この章をもって、本書を読み終えました。とても面白く、一気に読み終えてしまいました。いずれも非常に貴重な文献であり、これが日本語で出されたこと、言語学のシリーズ本の1冊であること、など、今後の文体論発展においてとても意義深い本であると思いました。何度も読み返したい本です。

大堀(2009)

本章の詳細は次の通り。

大堀壽夫(2009).「日常言語の詩学」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 172-200).朝倉書店.

感想:著者はこの章で、文学への言語的アプローチについて概観し、次に詩的機能の日常言語における広がりについて紹介していました。文学への言語的アプローチに関しては、逸脱ないし偏差として文学の言語を捉えるという考え方、構造言語学のモデルに基づいて文学の言語を研究したもの(ヤコブソンによるモデルや二次的記号体系という考え)、が紹介されてありました。また、詩的機能の日常言語における広がりについては、最初にヤコブソンの6機能モデルおよびムカジョフスキーが説明した前景化という概念を紹介することで、まずその基礎(詩的機能に関する基本的な研究)を整理し、次に認知意味論による比喩の研究(イメージスキーマ自体は形を変えずに投射される場合と、XYZ構文のように複数の概念構造から部分的な抽出を行い新たな概念を想像する場合の両方)と社会言語学や文化人類学的言語学による談話構造の研究が紹介され、日常言語とされるものにも文学の言語に通ずるような特性が確認され、かつそれが日々の言語使用の中でかなり重要な働きをしていることが指摘されていました。

とても面白い章でした。古典的な研究から融合理論などのような最新の理論までを網羅的に紹介してあり、頭の整理を行なうことができると思います。また、概念メタファーと融合理論はしばしば敵対しがちですが、著者は後者の方が射程が広く、前者を後者の1つのサブケースであるとする立場を取っていました(p. 188)。両者の関係については、私がランカスターで融合理論について勉強していたときも、本当に分からなくて悩んだものですが、その頃のことを少し思い出したりもしました。この章は様々な理論が扱われていますが、それぞれの理論が豊富な例をもとにして丁寧に説明してありますので、各理論になじみのない人でも、見識を深めることができると思います。

高橋(2009)

この章の詳細は次の通り。

高橋和子(2009).「文学と言語教育-英語教育の事例を中心に-」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 148-171).朝倉書店.

感想:今年(2009年)の日本英文学会で学会発表を聞かせていただいた先生が執筆された章で、私の研究テーマにも大きく関係のある章でした。著者は、特に過去20年、学習指導要領や大学の教育体制の事情で、文学教材が教室から減ってきたことをまず確認します。次に海外での動きを整理し、文学教材排除とその再評価という流れを説明します。そして、日本と海外で認識がズレていること(日本では依然として排除の流れが強い)が指摘されていました。そして、そのズレの原因として、まず、(1) オーセンティックという概念の誤解、(2) 文学的言語が特殊であるという強い認識、(3) 文学教材=文法訳読式教授法という定式化(コミュニケーション能力の育成には向かないという考え)という点についてその誤解を解いていく作業がされていました。(1)に関しては、「オーセンティック」という概念を正確に理解することを促すことで、(2)に関してはCarter & Nasuのliterarinessの概念、文学作品には様々な日常風景が取り込まれている点を理解すること、Widdowsonによる言語用法と言語使用という2つの尺度、を指摘することで、(3)に関しては実際に様々な実践研究に言及することで、この間違いを正そうとされていました。また、海外と日本のズレの4点目として、(4)海外のL1研究やESL環境の研究をそのまま取り入れてきており(日本はEFL環境)、日本の状況に即した教育を行なうという視点が欠けていたという点について詳しく議論が展開されていきました。著者は国語教育の研究に目を向け、国語教育での文学教材指導について様々な点が説明されてありました。しかし、国語教育自体も文学教材を敬遠する動きは起こっており、現在は文学教材反対派と擁護派それぞれで、様々な動き及び主張がなされている最中のようです。

本章は、特に英語教育における文学教材のあり方や指導法について国語教育から学べるところがあるのではないかということが大きな主張として提示されていたように思います。私自身、あまり国語教育についての研究にはそれほど詳しくないため、その動向について色々と勉強することができました。また、この章の中では、著者は社会の動向ということから文学教材を取りまく動きについて整理がされることが多いのですが、その整理のされ方がとても丁寧であり、その議論にはとても説得力がありました。とても面白かったです。また、英語教育における文学教材のあり方に関する議論が、言語学のシリーズ本の中にそのひとつの章としておさめられたという点も非常に大きなことであると考えています。今後、この章がきっかけとなって、活発な議論が様々な学会で繰り広げられるといいなぁと、この分野に関心を持つ1人の研究者として思ったりもしました。

奥(2009)

奥聡一郎(2009).「文学言語の軽量化とその展望」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 118-147).朝倉書店.

感想:いつもお世話になっている先生の執筆された章でした。この章は著者はまず、「文学言語を数えることへの関心は、このように著者推定(authorship)に始まるといってよい」(p. 118)と指摘し、どういった特徴がその役に立つと考えられたのかということの紹介がされていました。語の平均長、「語のスペクトル」という考えが紹介されていました。また、プラトンの『対話集』の執筆年代決定に触れ、稀出語、語の生起頻度、不変化詞、文の長さ、に触れてありました。文の長さに関連して四分位範囲とK特性値、語の生起頻度に関して識別指標、といった考えも紹介されていました。また、日本の計量分析の歴史についてもかなり包括的に言及がなされており、海外の動向だけでなく、日本での古典文学の研究についても知ることができました。さらに、リーダビリティーについても整理されており、これまで提案された様々な公式が紹介されています。しかし、その問題点も指摘されており、「公式では数値化しやすい要素、すなわち先にあげた、基準となる難易語の設定とそこからの逸脱の程度、音節、語や文の長さという基準が主となっていた。その形式的な要素に依存してきている点で数多くの批判がなされてきた」(p. 132)と述べられていました。そして、「読み手の理解度も視野に入れた「わかりやすさ」(comprehensibility)の形で今後は公式化されることが望ましい」(p. 133)と指摘されていました。

次に計量文体論について整理されていました。文学言語についての考察は以前は修辞学がその枠組みとして機能していましたが、18世紀頃には書き方の処方程度にしか用いられなくなってしまい(p. 134)、20世紀に入って、バイイの「文体論」とシュピッツァーの「環的解釈」を経て、文体論において「計量的な基盤が議論可能に」(p. 135)なったそうです。それは、「言語的な偏差へのアプローチの仕方」(p. 135)であり、ギロー(1959)による研究から有名な引用がなされていました。著者は、計量文体論の理論的基盤(及びその基盤に存在する課題点)に触れ、分や語の長さや頻度以外の計量分析として韻律分析を詳しく紹介されていました。さらに、電子化されたテクストを用いた先駆的な研究としてMilicによる研究を紹介し、その問題点を指摘した後(データの量が小さいこと、統計的な検証がなされていないこと、分析結果と解釈が乖離していること)、コーパスについて説明がなされていました。

この章は、計量文体論概説といった印象を受けました。文学言語を計量的に測定しようとしてきた先人達の研究成果の大きな流れを知ることができ、それが現在のコーパス研究につなげられているので、非常に広範に学ぶことができました。この分野はあまり私は勉強していないこともあり、とても勉強になりました。コーパスを用いた文学作品分析を行なう際に最初に読むと、コーパスというツールはどういった流れの中で出てきたものかを知ることができ、とてもよいのではないでしょうか。大変有用な情報が詰まっていた章で、とても面白かったです。

2009年7月23日 (木)

北(2009)

この論文の詳細は次の通り。

北和丈(2009).「ユーモアの言語」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 92-117).朝倉書店.

感想:いつもお世話になっている先生の論文を拝読しました。私自身、ユーモアの言語研究についてあまり知らなかったので、大変勉強になりました。そして、同時に、ユーモアの言語野分析の難しさも知ることができました。著者は、この分野の研究の流れをとてもコンパクトにまとめてくれているので、門外漢の私のような者にはとてもありがたかったです。著者は、これまでの大きな理論として、優越の理論(または敵意の理論)、解放の理論、不調和の理論(ズレの理論)の3つを紹介してくれていました。そして、それぞれの問題点も簡潔にまとめてあります。そして、不調和の理論は文体論と出会うこととなり、Nashによる研究、Raskinによる研究(スクリプト意味論的ユーモア理論)、ラスキンとアッタルドによる研究(汎用型言語ユーモア理論)が紹介されていました。前者2つの研究は偶然に1985年に発表されたもので、ユーモアの言語研究にとっては1985年は非常に重要な年なのだそうです。最後は、汎用型言語ユーモア理論(あるいは現在のユーモアの言語研究)の課題が指摘されていました。それらは、研究対象の「狭さ」と「甘さ」という言葉で表現されていました。また、ユーモア研究は常に英語のユーモアを対象としているため、日本語のユーモア研究の確立も重要であるという点が指摘されていました。

私にとっては全く新しい分野の研究だったので、とてもたくさんのことを学ぶことができました。また、本章の文章自体にも著者のユーモアを感じ取ることができ、とても楽しく読むことができました。特にこれからユーモアの言語研究をしようと考えている人にとっては、とても貴重な論文になると思いました。

青山(2009)

青山英正(2009).「幕末志士の歌における忠誠の表現と古典和歌-言葉からのアプローチ」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 65-91).朝倉書店.

感想:僕は日本語の研究になるととかくダメダメになるのですが、非常に面白く拝読しました。志士の歌は類型性や表現の拙さが指摘され、あまりこれまで本格的に研究されてこなかったそうです。そして、その言葉についてあまり分析されることはなく、単に愛国心などといった概念で一括される傾向がありました。著者は、先行研究を引用しながら、志士の歌におけるこういった研究の風潮を示していました。そして、「やまとだましひ」と「かばね」という語を中心に、それが元々はどういう意味であり、どのように、そして何がきっかけとなって、変化したのか、ということについて丁寧に文献をあらいながらしめしてありました。私自身、「やまとだましひ」という語がもともとは、実務的能力や女心を指していたということを知ってとても驚きました。実際に様々な歌を引き合いに出しながら、著者は次のように志士の歌を評しています。

「分析の結果浮かび上がってきたのは、哀傷歌などに用いられてきた常套的な歌語と、幕末思想語や万葉語などとを雑多に混在させた、伝統的な和歌表現から見れば明らかに異質と言える彼らの歌の姿である。もちろん、歌に新味をもたらすための俗語の大胆な使用は古くから多くの歌人が試みてきた(中略)。しかし志士の歌の場合、それらの使用がたいていの場合類型的であるのみならず、しばしば意味上の、あるいは文法上の無理を犯してまでなされていた点に特徴があった。」(p. 85)

「このような特徴は、一つには言うまでもなく志士たちの詠歌技術の未熟さに由来するが、もう一つには彼らの表現しようとした内容が、自ら死に赴こうとしていること、その死が主君への忠誠心ゆえであることといった、それまでの和歌にあまり詠まれなかった主題にまつわるものであった点にも由来すると思われる。」(pp. 85-86)

著者は、最後に2点今後の研究の展望について示し、研究の意義についても述べています。著者は、言語に注目することで、「従来の文学研究においてはほとんど無視されていたか、あるいは愛国心といった観点からのみ評価されていた志士たちの歌から、そこに込められていたであろう彼らの思想や歴史認識、さらには彼らの希望や祈りをも、より豊かに浮かび上がらせることができるのではないか」(p. 90)と述べています。著者のこの主張は、まさにこの論文の面白さに証明されていると思いました。

あまり日本語学の研究を読むことはないのですが、読んでいてとても刺激を受けました。フィロロジーの論文を読むと、いつもとても勉強になります。また、志士の歌というトピックが私にとってはとても斬新で、とても面白かったです。

2009年7月13日 (月)

李(2009)

この論文の詳細は次の通り。

絳.(2009).「文体分析の概観と実践-ヘミングウェイ、ダフィ、コープの作品を中心に-」.In斎藤兆史(編),『言語と文学』(pp. 31-64).朝倉書店.

感想:この論文では、Hemingwayの"Hills Like White Elephants"を例として、様々な批評方法が紹介されていました。具体的には伝記批評、新批評、元型批評、新歴史主義批評、フェミニズム批評、が紹介されていました。そして、どの批評方法も絶対的なものではないということが指摘されます。次に文体論によってこの短編小説が分析され、その特徴が示されます(p. 40)。著者は、「文体論は社会学的イデオロギーを持たないが、方法論的イデオロギーを持っている」(p. 49)と指摘しています(しかし、この主張は議論の余地があるのではないかと私は思いました)。具体的には視点と焦点化を例とした分析を通して、文体論の紹介がなされていました(この分析自体とても面白かったです)。しかし、文体論とて絶対的な分析方法ではありません。著者は、「研究者の主管に影響される方法論であると自覚し、その局限性を十分に認識(ときには言及)した上で研究を進める前提があれば、文体論研究がテクスト分析において有益な示唆を与えてくれるはずである」(p. 50)と指摘しています。

次にDuffyの'Words, Wide Night'とCopeの'An Attempt at Unrhymed Verse'を例にcontextualized stylisticsの実践がなされ、教育への示唆も与えてありました。分析自体とても面白く、まさに文体論によってむしろ解釈が豊かになるということを実感することができました。著者は最後に「文体論という学問の今後の発展については予測できないが、その可能性は一言で言えばやはり「結合」、つまり他の分野との結合にあると思う。文体論の原点の一つが言語学であるので、言語学が学問として発展すれば、文体論もその知識や手法を吸収するであろう。」(p. 62)と述べてありました。

著者は、何か一つの主張をする際に、必ず事例となるような分析を示しており、非常に説得力がある章となっていたと思います。著者の分析もとても面白く読みました。とても勉強になりました。

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